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Chemical Wizard
再来


「ユーリ、今年の冬休みは帰ってくるのか?」

「……ずいぶん気が早いね」

アレスがそんなことを言ったので、ユーリは呆れ混じりの声で返事をした。

「確かにそうだけどな……休みに帰ってきてくれないと、来年の七月まで会えないんだぜ?そう思うと、寂しくて」

アレスがヘニャリと眉尻を下げる。
精悍で整った顔立ちのアレスがそんな顔をすると、情けないを通り越していっそ可愛らしく見える。

「今年はよっぽどのことがない限り帰ってくる予定だよ。アレスが望むなら、休みの間家に泊まってくれてもいいし」

「本当か?!」

「もちろん。一人でいたところで、することは読書か勉強くらいだから。それに、武術の残りも教えて欲しい」

「そうか。帰って来てくれるか!」

途端にデレデレと締まりのない顔をするアレス。
未だにこのギャップには慣れない。
鼻歌でも歌い出しそうな様子に、思わず苦笑する。

「そういえば、次の仕事の予定は大丈夫なのか?」

「しばらくは自由の身だ。特に大きな案件も入ってないし、元々時間に追われるような仕事でもないからな。それこそ、緊急の依頼がない限りは」

「じゃあ家に帰るんだね?」

「ああ。久しぶりにゆっくり風景画でも描いてるよ」

そんな会話を交わしているうちに、アレスの運転する車はキングズ・クロス駅にたどり着いた。
時計は十時半を示している。
去年と同じように後ろの方のコンパートメントに入り、アレスに手伝ってもらってトランクも運び込んだ。

「今年は出発まで見送れるからな。アンバーも出してやったらどうだ?」

「そうだね。___おいで、アンバー」

コンパートメントから籠を持ち出し、鍵を開けた。
アンバーが勢いよく飛び出し、滑るように空中を飛び回る。
何回か円を描いてから舞い降りてきて、ユーリの伸ばした左手を掴んだ。

ちなみにユーリの左腕には、アレスが魔法をかけた特別製の手甲が嵌められている。
ただの布に近い材質にもかかわらず、アンバーの鉤爪が貫通しないほど丈夫な作りだ。
アレス曰く、羆に噛みつかれても平気らしいが、そんな事象がホイホイ起きてもらっても困る。

「今年も手紙をよろしく頼むぞ、アンバー。上等のベーコンを用意して待ってるからな」

アレスが背を撫でると、アンバーは不機嫌そうに翼でアレスの手を押しのける。
これは気性の荒いアンバーにしては破格の対応だ。
他人がこんなことをしようものなら、アンバーは肉を抉る勢いで鉤爪を繰り出してくる。
一応は、アレスを信用できる人間だと認識しているのだろう。

「そういや、お前の友達が見当たらないな。ダイアゴン横丁で見たあの一家、そう簡単に見逃さないと思うんだが……」

人が増え始めたプラットホームを見渡すが、オレンジがかった赤毛は一つも見かけない。

「家の都合かな?あれだけ兄弟がいると、移動も大変だろうし」

「そうだな。……まあ、前の車両に乗り込んでりゃ、こっちからは気づけないか」

ポツポツと会話を続けていると、ついに発車一分前となった。
コンパートメントの窓から身を乗り出して、泣きそうな顔をしたアレスを宥める。

「休みには帰るって言っただろう?今年もちゃんと手紙を送るし」

「……体調には気をつけろ。困ったことがあったらすぐに教えろよ。絶対に無茶なことは……」

「分かってるって……ほら、もう出発だ」

「……元気でな、ユーリ」

徐々に加速していくホグワーツ特急を見送るアレスの顔は、ひどく寂しげだった。




アレスの姿が見えなくなったところで、ユーリは席に座り直し、手持ちの本を開いた。
ホグワーツに入学してからは魔法薬学のことばかり考えていたが、ユーリはもともと読書家だ。
関連書や論文を読むのも悪くないが、やっぱり小説には代えられない。
昨晩焼いたクッキーをつまみながら、ユーリは手元の文字に集中した。




中ほどまで読み進めた頃、コンパートメントのドアが開かれた。
顔を上げると、どこかわざとらしいしかめっ面をしたドラコが立っていた。

「どうしたんだ、ドラコ?何か用?」

「……父上からだ」

細身の箱が差し出され、ユーリは首を傾げる。

「……何で俺に?」

「薬の礼だと仰っていた」

「あんな物に礼を?……開けても構わないか?」

「ああ」

ドラコに席とクッキーを勧め、箱に手をかける。
見るからに高級そうな包み紙を開くと、中にはリボンが入っていた。

「……何でこんな物を……?」

萌木色のリボンには、銀糸で刺繍が施されている。
手触りのいい生地と繊細な模様を見る限り、その辺りの店では買うことができない物に違いない。
しかし、それをユーリに、それもあんなちゃちな薬に対する礼として贈る理由がさっぱり分からない。

「……ドラコ、他に何か聞いてないか?」

「さあな。きっと父上はそのだらしない髪型を見咎められたのだろうさ」

「うーん……」

この髪型には理由があるため、あまり髪を結びたくはない。
しかし、使わないのも彼らに対する嫌味のようで憚られる。

「取り敢えず、君の父上に礼を言っておいてほしい。……クッキー、口に合わなかったか?」

「!ま、まあ、食べられなくはないな」

「そうか。じゃあ改良すべきところがあったら教えてほしい」

「……チョコチップの方はいくらかマシだが、紅茶の方は甘さが足りない気がするな。それに、歯触りも少し硬すぎる」

「分かった。次に作る時は直しておくよ」

「……その時は、気が向けば評価してやる」

そう言ってふいっと横を向くドラコに、アンバーが不機嫌そうに嘴を鳴らした。








上級生は、駅からホグワーツまで馬車で行くことになっている。
馬車を引くのは、黒い毛並みに白い目を持つ、骨張った身体の天馬だった。

「すごい、セストラルだ」

天馬の中でも、セストラルは希少種である。
肉食でありふくろうを襲うこともあるらしいが、このセストラル達はよく訓練されているようで、ユーリが近づいても静かに前を見つめている。

「おいユーリ、どこを見てるんだ。早く乗れ」

「ああ、ごめん。滅多に見れる生き物じゃないから……」

「……何を言ってるんだ?」

怪訝な顔をするドラコに、つられてユーリも首を傾げる。
そして、あることに思い至った。

「そうだ、セストラルは姿を消す能力を持っているのか」

「セストラル?何だそれは?」

「天馬の一種だよ。黒い身体にドラゴンみたいな翼を持ってる」

「……何でユーリに見えて、僕には見えないんだ?」

「それは……俺にも、分からない」

首を傾げたままセストラルの鼻先を撫でると、セストラルは微かにユーリの手に擦り寄った。








久しぶりに見るホグワーツ城は相変わらず巨大だ。
門を通り抜けた馬車は城の前で止まり、生徒達は馬車から降りて玄関へと向かった。
大勢の上級生が群がる中では、二年生のドラコや、その中でも一際小柄なユーリはただただ翻弄されるだけだ。
群れに流されているうち、いつの間にかドラコと逸れてしまった。

「まあ、いいか……うわっ!」

誰かが追い抜こうとしてユーリの肩を強く押し、バランスを崩した。
倒れかけたユーリだったが、誰かに腕を掴まれ、強く引き寄せられる。
抱き込むように受け止められ、ぱっと顔を上げると、眠たげな目がユーリを見下ろしていた。

「……キリル!」

「おうユーリ。学年末ぶりだな」

「えっと……とりあえず、ありがとう」

「ああ」

気の抜けた声を出したキリルは、ユーリの前に立って歩き出す。
ゆっくりとした歩調のキリルの背を追っていると、人波に流されず、楽に進むことができた。

「キリル、休みはどうだった?」

「あー、特に何もしてねぇ。宿題か寝るかだったな。一回だけ、ニュージーランド旅行に無理矢理連れて行かれたけど」

「へぇ。楽しかった?」

「悪くはなかったな。あっちは冬だったが気候が厳しくない。それに、温泉が多かった」

「温泉、って……観光は?」

「俺はパスした。特に興味もなかったしな」

「…………」

話しているうちに大広間へ着き、ユーリはキリルと別れてグリフィンドールのテーブルに向かった。
ざっと見渡したが、ハリー達の姿は見当たらない。

その代わり、フレッドとジョージと目が合い、満面の笑みと共に手招きされた。
特にめぼしい席もなかったので、おとなしくそちらに向かう。

「姫!ご機嫌麗しゅう!」

「長いこと会えなかったから、恋しくて胸が張り裂けそうだったさ!」

「久しぶり、二人とも」

わざわざスペースを空けてまで、双子はユーリを間に座らせた。
抵抗するのも面倒なので、特になにも言わなかった。

「ロンはどうしたの?姿が見えないけど」

「そういやそうだな。もしかして、特急に乗り遅れたか?」

「そんなにギリギリの時間だったんだ」

「家を出る時にゴタゴタしたんだ。ジニーは大丈夫かな?」

「パパとママがなんとかしてくれるさ。いざとなれば、ハリーがヘドウィグを飛ばすだろ」

「新学期開始前から遅刻で罰則なんて、笑えない話だ」

ユーリがなんの気なしに言うと、双子がそろってニヤリと笑った。

大広間の扉が開き、新入生が入ってくる。
不安げに辺りを見渡す新入生達に、ユーリは少しだけ顔を綻ばせた。

「どうした、姫?」

「いや、ちょっと去年を思い出した。去年の俺達は、こんなふうに見えてたのかなって」

ユーリの視線の先で、新入生が不安そうに、または興奮気味に組分け帽子を被っていった。
組分けは順調に進んでいく。
残りの新入生が片手で数えられるだけになった時、彼女の名前が呼ばれた。

「ウィーズリー、ジネブラ!」

「来たな」

ジニーが帽子を被ると、帽子は何かを呟き、すぐに「グリフィンドール!」と高らかに叫んだ。
グリフィンドールの生徒、とりわけウィーズリー兄弟が盛大に拍手をする。
少し照れくさそうにかけてきたジニーが、双子を目に留めて近寄ってきた。

「よくやったな、ジニー」

「さすがはおれたちの妹!」

「ようこそ、グリフィンドールへ」

ジニーのためにスペースを空けながら微笑むと、ジニーは嬉しそうに笑った。





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