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Chemical Wizard
抵抗

ムーディに対し前向きな評価をして一か月も立たない頃、「服従の呪文」を生徒一人ひとりにかけるなどと言い出した。
抵抗力を試すというのは納得できなくもないが、それの一発目が「禁じられた呪文」であるのは極端すぎる。

「でも___でも、先生、それは違法だとおっしゃいました。たしか___同類であるヒトにこれを使用することは___」

生真面目でルールを重んじるハーマイオニーが、そんなふうに声を上げる。
しかし、破天荒なムーディがそんな言葉に怯むわけがなかった。

「ダンブルドアが、これがどういうものかを、体験的におまえたちに教えて欲しいというのだ。もっと厳しいやり方で学びたいというのであれば___いつかだれかがおまえにこの呪いをかけ、おまえを完全に支配するそのときに学べばよいというのであれば___わしはいっこうにかまわん。授業を免除する。出ていくがよい」

それは、あまりに残酷な宣告だと思った。
貴重な機会であるというのは確かだし、彼女にとって、授業から出ていくなど堪えられないことだろう。

そもそも、思春期只中のクラスメイト達が、免除すると言われたところで出ていくとも思えない。
「禁じられた呪文」を怖がっていると思われたくない。
自分だけ経験しないことに疎外感を覚える。
あわよくば術を耐えて、「自分は特別だ」と思わせたい者だって、一人や二人いるはずだ。

ムーディはそんな心理を理解しているのかいないのか。

ここで「はいそうですか」と教室を出て行かない自分には、ムーディの授業を否定する権利はないだろう。
でも、少しばかり疑念を口にする権利くらいはあるのではないか。

「……校長先生は、俺たちが『服従の呪文』をかけられる可能性があると、そう考えているということでしょうか?」

ムーディの両目がユーリの方を向いた。
他の生徒たちもユーリを注視する。
その視線の中には、恐怖を孕んだものも含まれていた。
指摘した可能性を、自分自身に凶悪な術がかけられるかもしれないことを、考えたくもないと言わんばかりに。

ムーディは表情を変えない。
答えに窮することもなかった。

「依頼をしてきたからには、そういうことだろう。いつどこに出るかも分からん相手だ、誰かに守られるのではなく、自分を守る術を覚えねばな」

「俺たちのような未熟な魔法使いを『服従』させる理由なんてあるんですか?『服従』の標的になり得るのはそれだけの価値がある者___能力や権力がある大人の方でしょうに」

「……わしは依頼を受けただけだ」

「そうですか。俺はてっきり___『服従の呪文』を使うような誰かが、この学校の誰かを狙っているのでは、と邪推したのですけれど」

不穏な騒めきが広がった。
それに混じって、息を飲む音が聞こえる。
視線を向けずとも分かる___心当たりのあるハリーと、その事情を知っているであろうロンとハーマイオニーだ。

ここで不安要素を表沙汰にするような発言はよろしくなかったかもしれない。
しかし、ダンブルドアの要望であるということが、どうにも癇に障った。

守りを固めるのではなく、守り方を教えるというやり方が、どうにも解せない。
まるで、下手人とハリーが直接対峙することを想定しているかのような。
ともすれば、それを望んでいるかのような。

ムーディの口元が不穏に歪む。
硬質な足音と共に、ユーリに近づいてくる。
周囲の生徒が、一斉に距離を取った。

ムーディがぐいと顔を近づける。
不思議なことに、あれだけ飲んでいるアルコールの匂いを感じなかった。

「生憎だがな、奴の思惑はわしには分からん。だがまあ、おまえのように小賢しい小僧が狙われると厄介だ___丁度いい、おまえからやってみるか」

そこに立て、と教室の中央を示される。
再度口を開こうとして___引き結んで指示に従った。

去年の「まね妖怪」を思い出すが、去年とは違い、対峙するのはムーディである。

大きく息を吸い込んで、緩やかに吐き出す。
意外なことに、ムーディは急かすこともなくそれを待っていた。

腕を持ち上げ、握った杖をムーディに掲げ見せる。
抵抗とは、魔法を含むのか否か、言外に問いかける。
敏い、あるいは勘のいいムーディは即座に答えを返した。

「杖は持ったままで構わん___しまってどうにかなると思うならそれでもいいがな___わしの『服従の呪文』に抗ってみせろ。方法は問わん」

それだけ述べて、前触れなく杖を振り上げた。

「インペリオ!服従せよ!」

途端、強烈な多幸感に襲われた。
正の感情を流し込まれ、本来の自分の感情を押し出されていくような。
貧血を起こした時にも、ぬるま湯に浸かっている時にも似た浮遊感。
周囲の様子が画面を通して見ているかのようで、どこか夢見心地な気分だった。

どこか遠くから、低い声が響いてくる。
トンネルの外で、もう一方から呼びかけるのを聞くかのような、反響を伴ったような言葉。

踊れ、と。

命令形のその言葉に、自分の思考が引き戻される。
本能か理性か、あるいは両方か、こちらを支配せんとする声を拒絶する。

誰の言葉か知らないが___いや、それがムーディの声であると、今認識した。
どういう意図でそんな命令をするのか___いや、そもそも命令に従う義務はない。

踊れ、と再度声がした。
それが異様に不快で、知らず知らず心を『閉ざす』。

(___彼は、『抗え』と言った)

右手を握る。
そこには杖がある。

視線をムーディに合わせる。
無理矢理にピントを合わせた目が、僅かな驚愕を見せるムーディを映す。

「___エクスペリアームス!」

放たれた赤い閃光。
拙いその一発は、あまりにも簡単に防がれた。
しかし、その瞬間に現実に戻ってきたような感覚があった。

多幸感が遠ざかる。
曖昧になっていた五感が鮮明になる。
地に足がついたような感覚になる。
そのギャップか、頭が重くなったような、鈍く痛んでいるような。

しかし、平衡感覚は正常だ。
全ての不快感を無視し、「武装解除呪文」を放った姿勢で、杖を構えたままムーディを見据える。

ムーディも同じように、こちらに杖を向けている。
その口元が、ニヤリと歪められた。

「……なるほど、おまえが敵になると、それなりに厄介だろうな」

「……褒め言葉として受け取っておきますよ」

応じた声には、疲労が滲んでいたかもしれない。




当然のことだが、授業はユーリの実習だけで終わらない。
その後も生徒一人ひとりに対して「服従の呪文」は行使された。

ほとんどの生徒は「服従の呪文」に抗えず、ムーディの命令に従った。
歌い、跳びはね、物真似をし、体操の技を披露した。
中には侑李と同じく踊れと命じられたであろう生徒もいた。
この命令全てをムーディが考えていると思えばなかなか滑稽な話だが、実行させられている生徒にはたまったものではないだろう。

しかし、一人抗えた生徒がいた。
恐らくは、この授業の本命であろう、ハリーだ。
一瞬命令に従う素振りは見せたが、実行するその瞬間、不自然に動作が止まったのだ。
結果として強かに足をぶつけていたが、ムーディにとってそんなことは二の次で、重要なのは抗ったことだ。

やや興奮した口振りで、ハリーが完全に「服従の呪文」に抗えるようになるまで繰り返した。
これが「標的」であるが故か、「可能性」を見出したからなのかは定かではない。
ともあれ、ハリーが「抗いかけた」から繰り返したことは確かだろう。

「虐待の域だろう、これは」

フラフラになったハリーを見つつぼやく。
その隣では、「服従の呪文」が解けきっていないらしいロンが妙な歩き方をしている。
「服従」していた時の命令を引き摺って、一方の足だけがスキップしているのだ。

「ユーリはいいよな……『服従の呪文』をものともしなかったんだもの」

「ロンは魔法を許容しやすいんじゃない?」

「……どういうこと?」

「俺もハリーもハーマイオニーも、非魔法族として育ってきたからね。ロンほど魔法に親しみがないんだよ。魔法を使うことは特別だから、自然と意識が向く。……そうだな、異物、として認識しているというか。だから、心の壁みたいなものが、ロンより一枚多いんじゃないかな」

「……だから、『服従の呪文』に逆らえないってこと?」

「逆らえるかどうかは、また別の問題だと思う」

「結局、ユーリは何で平気だったんだ?」

「……命令されるのが心底嫌だった、から?」

「うへぇ」

小さく唸るロンを、軽く肘で小突いた。




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あきゅろす。
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