[携帯モード] [URL送信]

Chemical Wizard
古城に至る

姿見の前に立ち、そこに映る自身を見つめる。
平均を大きく下回る身長と、一昨年の事件が後を引いて肉付きの悪い体躯。
端的に言うと貧弱なユーリだが、それでもアレスに片手で抱えられたのは大分ショックだった。
彼が鍛えているのも要因の一つではあるだろうが。

性別を間違えられるのには、顔立ちや髪だけでなく、体格も影響しているのだと分かっている。
だから少しでも筋肉がつくようにトレーニングをしたり、栄養面を考えるようにしている。
しかし今一つ効果が出ていない。

納得がいかないのは、同じ食事をしているシリウスのことだ。
アズカバンでの生活や脱出後の生活で窶れていたシリウスは、この二ヶ月で随分肉付きが良くなった。
リーマスは「昔に戻ったみたいだ」と笑っていたが、ユーリとしては羨ましくてならない。
こちらは仮にも成長期のはずなのだが。

一つため息を吐いて、当初の目的に意識を戻す。
先日仕立て直した新しいローブは、一年間での成長を見越して___期待してというべきかもしれないが___違和感がない程度に大きめになっている。
去年のローブも同じように大きめに仕立ててもらったため、身長が伸び悩んだこともあり、十分に着続けることが出来る。
とはいえ、去年の学期初めに破いてしまったために、結局は一昨年のものを多用していたのだが。

長めの袖に隠れるように、手首にはお守りの紐が巻かれている。
アレスが入念に魔法をかけたそれは、攻撃や呪いなど、こちらに向けられた悪意から身を守る効果があるという。

アレスの過保護さは、他者への警戒心の裏返しだ。
他者を全く信じていないからこそ、他者が身内を傷付けることを危惧している。
そのせいで、傍目には過剰なほどの守りを施すのだ。
身内と認定している者達___親友の、その忘れ形見であるユーリを失わないように。

手放したくないから甘やかし、失いたくないから加護を与える。
新しくもらったお守りの紐、これまた新調した特別製の手甲。
どちらにも強力な守りの術がかけられている。
きっと、いつかの「失神呪文」の雨さえ防ぐような術が。

ただ学校に行くだけなのに、そんな魔法をかけておく必要があるのか。
浮かんだ疑問には、この三年間の記憶を振り返るだけで答えが出てしまう。

どうして平穏でいられないのか。
その疑問には、おそらく正解がない。

長く息を吸い、深く、深く吐き出す。
そして、試着していたローブを脱いで、トランクに詰め込んだ。

今日で夏休みが終わり、明日からまた学校が始まる。








キングズ・クロス駅に行くのは、ユーリとアレスだけになった。
先の「闇の印」の件で魔法省の警戒が強まり、シリウスの行動が制限されることになったからだ。
当然シリウスは抗議したが、このタイミングで「闇の印」が現れて、しかもその現場に居合わせたともなれば、可能性が低くとも、疑いの目が向けられるのは避けられない。
世間を混乱させるわけにはいかないと、固い文体の手紙が告げていた。

シリウスは自宅(ユーリの家ではあるが)待機を命令され、見張り役であるリーマスも同じく留守番をしている。
二人には引き続き、ユーリがホグワーツにいる間の家の管理を任せた。
空いた時間に内職をこなすリーマスに対し、行動を制限されたシリウスは退屈するかもしれない。
いつぞやアレスがチェスを持ち込んだように、何かしらの暇つぶしを手に入れてくれるといいが。




キングズ・クロス駅は、常と同じように混雑していた。
非魔法族の目を避けて九と四分の三番線に入り込めば、雨に苛立ちせかせかしていた気配が、少し違った色を帯びて感じた。

高揚、これはきっと今年の新入生のものだろう。
不安、これは新入生もそうだろうが、それを送り出す家族のものもある。
憂鬱、これは休みが終わってしまったことを嘆く上級生のものだろうか。

正負の感情が入り混じるホームを抜けて、ユーリとアレスは最後尾近い車両に空いたコンパートメントを見つけた。
トランクをコンパートメントに運び入れたアレスは、周囲を一瞥し、安全を確認している。

「列車の安全を確かめたところでひよこの餌にもならないがな。ホグワーツそのものの守りはまだマシだが、馬車での道中なんて狙われればひとたまりもない」

不満げに言ったアレスが、ユーリの頭を撫でる。
体温の高いアレスの手からは、髪越しにそっと触れられるだけでも熱を感じられる。

「休暇中にも話したが、今年は外部の人間がホグワーツにやってくる。気をつけろよ。何かあったらすぐにアンバーを飛ばせ。そうじゃなきゃ、セブルスに頼れ」

「分かってる、気をつけるよ。……何がなくても手紙は欲しいんじゃないの?」

「それは……まあそうだな」

「去年と同じように、不定期になるけどちゃんと送る」

「元気でいろよ。……危ないことは、するな」

「自分から危ない目に遭おうとは思わないよ。アレスも、元気でいてくれ」

汽笛を鳴らす音が聞こえた。
アレスは最後にユーリを抱きしめて、コンパートメントへ送り出した。
ユーリが窓から顔を出すと、アレスが寂しげに笑って手を振った。

汽車がホームを離れ、カーブを曲がって見えなくなるまで、アレスはユーリを見つめていた。








朝から降り続けていた雨は、午後になり、夕方になるにつれて、より荒れた天気へと変わっていった。
ホグズミード駅に到着する頃には土砂降りになっていて、ユーリはないよりマシかと思い、ローブに「防水呪文」をかけた。

いつもはローブのフードに潜り込むファルは、天気を見て思うところがあったのか、ユーリのセーターとシャツの隙間に入り込み、腹の辺りに巻きついている。
アンバーは飛ぶことも大変だろうと思い、籠に入れたまま汽車に置いていくことにした。

セストラルの引く馬車に乗り込むまでに、バケツをひっくり返したような雨に打たれてびしょ濡れになった。
「防水呪文」で多少は免れたものの、足元は濡れ、指先が冷え切っている。
馬車の中で震える他の生徒達を横目に、広い湯船に浸かりたいと考えた。




ホグワーツ城に辿り着き、玄関に至る石段を上っていると、マクゴナガルの怒声が聞こえた。
雨音に遮られても耳に届く言葉から、どうもピーブズが悪戯を仕掛けていたのだと認識する。
混乱しかけていた生徒達だが、マクゴナガルがキビキビと誘導し、忙しなく大広間へと進んでいった。

大広間に入り、暖気にホッと息を吐く。
毎年のことながら、金の食器や無数の蝋燭など、豪華な調度だなと思う。
グリフィンドールのテーブルに辿り着くと、席につくところだったハリー、ロン、ハーマイオニーと目が合った。

「ユーリ、久しぶりね!」

「久しぶり、三人とも。ワールドカップ以来だね」

三人の隣に行こうかとも思ったが、すでに席は埋まっていたので他の場所に目を向ける。
少し離れた場所にいたフレッドとジョージが、こちらに気が付いた。
鏡写しのようにそっくりな顔が、全く同じような動きでニヤリと笑う。
お誂えのように空いていた隣の席にずれ、二人は間に空席を作った。
そして、紳士ぶった仕草で両側から空席を指し示す。

それを見てユーリは思わず笑い、素直にその席についた。

「ご機嫌麗しゅう、姫!」

「ご機嫌よう、二人とも。ワールドカップの試合分析、流石だったよ」

「ま、おれたちも試合をする側だからな。見るだけの奴らよりはずっと分かるってもんだ」

「それは純粋に賞賛する。改めて見ると、クィディッチの試合って情報量が多いな。非魔法族の球技はボールが一つのものばかりだし、箒を使えないから地上での二次元的な動きに限られてる。クィディッチは役割も違うボールが複数、それを三次元的に動きながら扱わなきゃならない。正直、試合を見てるだけで頭がパンクしそうだった」

「うーん、その次元っていうのが何かは知らないけど、経験が最高の先生、だ。実際にやるときは、そう小難しく考える必要はないぜ」

「たしか、姫は『飛行術』もそう苦手じゃなかっただろ。一度練習を見に来たらいい」

「天気が良い日ならね」

空の様子を写す天井を見上げ、そう言った。
双子が同じく荒れた様子の天井を見上げ、揃って顔を顰める。
他の生徒達と同じように、二人もびしょ濡れのままだった。

大広間の扉が開き、全員が静まり返る。
ハグリッドに率いられ、一年生が列になって歩いてくる。

新学期の始まりを、今まさに迎えた気になった。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!