Chemical Wizard Punitive drops 午後の授業は、『魔法生物飼育学』だった。 ウスノロの森番が教えると知っていれば、こんな科目は選ばなかったというのに。 あの忌々しいグリフィンドールと合同授業という点も不愉快だ。 小屋とも呼べないような森番の住処に向かいながら、ドラコは舌打ちした。 「さあ、急げ。早く来いや!今日はみんなにいいもんがあるぞ!すごい授業だぞ!みんな来たか?よーし。ついてこいや!」 がなり立てる声が耳触りだ。 知能の足りない言動に辟易とするが、奴の足が森の方に向いているのに気づき、ギクリとする。 一昨年、あの森でひどい目にあった。 もう一度あそこに入ろうだなんて、冗談じゃない。 思わず立ち止まったドラコを、クラッブとゴイルが追い抜いていった。 「どうした、ドラコ?」 すぐ後ろから、静かな声がした。 振り向けば、少し低い位置からドラコを見上げる目があった。 ユーリだ。 昨日汽車の中で震えていたのが嘘のように、平然とした顔でドラコを見つめている。 「何か忘れ物か?」 「い、いや、何でもない」 「そうか。じゃあ行こう」 ユーリは特に気にすることもなく、ドラコの袖を軽く引いた。 引かれるがままに歩き出すと、ユーリはドラコの少し前をゆったりと歩いていく。 こいつを相手にすると、調子が狂う。 近くに寄られると、背筋がくすぐったいような変な気分にさせられる。 それは、グリフィンドールのくせに騒がないせいなのか、見慣れないアジア系の見た目のせいなのか、それとも、父上に仲良くしておけと言われたせいなのか。 森の外れまで連れてこられ、ユーリの手が袖から離れる。 どうしてかその手を追いかけ、中途半端に持ち上げた手が宙を彷徨った。 森番が連れてきたのは、ヒッポグリフとかいう魔法生物だった。 獣と鳥を合わせたような妙な形のそいつらに、真っ先に歩み寄ったのはユーリだった。 森番の呼びかけに無言で進み出て、ヒッポグリフの一匹に頭を下げる。 すると、ヒッポグリフは同じようにお辞儀を返したかと思うと、思い切り頭をユーリに押しつけた。 少しよろめいて目を瞬かせたユーリだが、すぐにちょっと微笑んでヒッポグリフの身体に触れる。 それを見て森番が手を叩き、続けてポッター、その後には他の生徒達にも同じことをさせた。 森番の言うことなんて聞く気は無かったが、目ざとくドラコを見つけた森番がやかましく叫ぶので、渋々一匹のヒッポグリフに近づく。 それがユーリの側にいた一匹だったことに、深い意味などない。 ただ、適当に手懐けて、後の世話を押しつけたかっただけだ。 言われた通り頭を下げ、向こうが頭を下げるのを待っていれば、すぐに向こうもお辞儀を返した。 あっさりと手懐けられたヒッポグリフにほくそ笑み、何となくユーリの方を見る。 ユーリは、目の前の黒いヒッポグリフに向かって、笑っていた。 いつもの、どこか遠いところを見るような目ではなく、真っ直ぐにヒッポグリフを見つめる目で、いつもよりずっと優しげに笑っていた。 急に胸が苦しくなったような気がして、サッと目を逸らした。 その先には、先程ポッターが手懐けていたヒッポグリフがいた。 ジッとこちらを見る目が気に食わず、ハッと鼻で笑う。 「……おまえ、全然危険なんかじゃないよなぁ?そうだろう?醜いデカブツの野獣君」 その途端、ヒッポグリフは前脚を振り上げた。 一息もしないうちに鉤爪がドラコを掠め、一拍遅れて鋭い痛みが走る。 ヒッポグリフが再び鉤爪を振り上げた。 ギラリと光る鉤爪が見えたかと思うと、肩に強い衝撃が加わり、ドラコは地面に倒れていた。 腕に走る激痛に呻くが、突然の大声がそれをかき消した。 「落ち着けっ!」 ただの一言に、周囲も、ドラコ自身も口を噤んだ。 ヒッポグリフの鳴き声だけがするようになった空間で、ドラコはようやく辺りの様子を認識した。 ざわつくヒッポグリフ達から距離を取る生徒達と、まだ興奮したふうのヒッポグリフに首輪をつける森番、そして、その前に立つ、ユーリの背中。 呆然とそれを見ていると、不意にユーリが踵を返した。 ほんの少し背中を丸めるようにして、何故か胸元を押さえていた。 不機嫌そのものといった顔をして、ドラコには目もくれず歩いていく。 足早に傍を過ぎていったローブの裾から、いくつもの赤い雫が飛び散った。 一つがドラコの頬に当たり、息を吸い損ねた喉が引き攣ったような音を立てる。 ユーリの通った場所には、飛んだ雫と同じ色の足跡が残されていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |