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Chemical Wizard
疑惑の予兆


新学期最初の授業は、『占い学』だった。
早めに朝食を終え、北塔にある教室に向かったが、今までの教室の中で一番面倒な場所だった。
最上階というだけで辛いのに、そこまでの道のりがやけに入り組んでいた。
去年の事件で体力の落ちているユーリには、苦行のようにすら思えた。

息も絶え絶えになりながら、ようやくたどり着いた踊り場でしゃがみこむ。
早めに来たおかげで誰もいないのが幸いだった。

呼吸が整い立ち上がれるようになった頃、同じく『占い学』を受講する生徒達がちらほらとやって来た。
壁にもたれて待っていると、階下から叫び声が聞こえ、思わずそちらに目を向ける。
すると、いつもの三人組が息を切らして登ってくるところだった。

「おはよう、みんな」

「おはよう、ユーリ」

「久しぶり。ユーリも『占い学』を選んだのね」

「ああ」

入り口のない踊り場に疑問符を飛ばしていると、天井からはしごが降りてきて、全員が黙り込んだ。
ロンにせっつかれたハリーが最初に登り、その後に続いてぞろぞろと生徒が登って行く。

はしごの先にあった教室に入ると、ユーリは思い切り眉をひそめた。
妙に気温が高い。
こういう場所で長く座っていると、立ち上がった瞬間にめまいを起こしやすいのだ。

「ようこそ。この現世で、とうとうみなさまにお目にかかれてうれしゅうございますわ」

か細い声に目を向けると、暗がりからトレローニー先生が現れるところだった。
先生の言葉に従い、生徒が椅子にかけていくので、ユーリもそれに従う。
暖炉から一番遠い長椅子に腰かけると、不安でたまらないといった顔をしたネビルが隣に座った。

トレローニーは暖炉の前の椅子に座り、か細い声で話し始めた。

「『占い学』にようこそ。あたくしがトレローニー教授です。たぶん、あたくしの姿を見たことがないでしょうね。学校の俗世の騒がしさの中にしばしば降りて参りますと、あたくしの『心眼』が曇ってしまいますの。みなさまがお選びになったのは、『占い学』。魔法の学問の中でも一番難しいものですわ。初めにお断りしておきましょう。『眼力』の備わっていない方には、あたくしがお教えできることはほとんどありませんのよ。この学問では、書物はあるところまでしか教えてくれませんの……」

ハリーとロンが、ハーマイオニーの方を見るのが見えた。
当のハーマイオニーはといえば、何に驚いたのか、肩を跳ねさせていた。

大きなメガネ越しに見える目が、一人ひとりの顔を見る。

「いかに優れた魔法使いや魔女たりとも、派手な音や匂いに優れ、雲隠れ術に長けていても、未来の神秘の帳を見透かすことはできません。限られたものだけに与えられる、『天分』とも言えましょう。あなた、そこの男の子」

先生が唐突にネビルに話を振った。
驚いたネビルが椅子から落ちそうになったので、咄嗟に襟首を掴んで支える。
小さく呻き声が聞こえたので、心中で謝っておいた。

「あなたのおばあさまはお元気?」

「元気だと思います」

「あたくしがあなたの立場だったら、そんなに自信ありげな言い方はできませんことよ」

その返答に何か引っかかるものを感じた。
それが何かと考える間も無く、トレローニーは話を続ける。

「一年間、占いの基本的な方法をお勉強いたしましょう。今学期はお茶の葉を読むことに専念いたします。来学期は手相学に進みましょう。ところで、あなた。赤毛の男子にお気をつけあそばせ」

急に矛先を向けられたパーバティは、後ろに座っていたロンを見つめると、少し距離を取った。

「夏の学期には、水晶玉に進みましょう___ただし、炎の呪いを乗りきれたらでございますよ。つまり、不幸なことに、二月にこのクラスは性質の悪い流感で中断されることになり、あたくし自身も声が出なくなりますの。イースターのころ、クラスの誰かと永久にお別れすることになりますわ」

この辺りでユーリは、『占い学』を選んだことを後悔し始めていた。
トレローニーの『占い師』としての才能は未知だが、少なくとも教師としては問題がある。
彼女の占いに何が出たのかは知らないが、過剰に生徒を怖がらせる必要はないはずだ。

それに、二月の流感に関しては、ユーリにも予言、というより予測できる事象である。
毎年その時期には風邪が流行っているからだ。

思い切って毛色の違う科目を選んでみたが、双子の言う通り、この科目を選ばない方が良かったかもしれない。




トレローニーの指示に従い、ペアになったネビルのカップを覗き込む。
薄眼で見れば図形に見えなくもないが、向きや捉え方によって如何様にもなる。

魔法というよりは、心理学に近い分野になるだろう。
読み取る人間に望みや恐れがあるからこそ、それを示す図形が存在するのだと錯覚する。

「ユーリ!短剣だよ!きみ、近いうちに事故に遭うんだ!」

ユーリのカップを見ていたネビルが悲鳴を上げた。
これだけ怯えていれば、たとえ良いサインが出ていても、「そんなわけない」と無意識に目を逸らしてしまうだろう。

「……ネビルのカップには雲がたくさんある。『疑心暗鬼』だ、ちょっと深呼吸しなよ」

嘘とも言えない解釈を告げると、ネビルがほんの少し落ち着いた表情になる。

しかし、急な悲鳴に飛び上がり、手の中のカップを落としてしまった。
高い音を立てるカップに目もくれず、ネビルは悲鳴のした方___ハリーとロンの近くの椅子に沈み込み、目を閉じているトレローニーの方を見つめた。

二人のテーブルに生徒が集まっていく。
ネビルも震えながら駆け寄っていくので、ユーリも仕方なく腰を上げた。

「まあ、あなた、あなたにはグリムが取り憑いています」

「何がですって?」

「グリム、あなた、死神犬ですよ!墓場に取り憑く巨大な亡霊犬です!かわいそうな子。これは不吉な予兆___大凶の前兆___死の予告です!」

ガシャン、と大きな音がして、視線がユーリの方に集まった。
近場のテーブルに思い切り手をついたせいで、カップとソーサーがぶつかり合ったのだ。
唖然とする生徒達とトレローニーの前で、耐え切れず床に膝をつく。

油断していた。
教室に入る時あれだけ警戒していたのに、すっかり忘れて普通に立ち上がってしまった。
そのせいで、ひどい立ちくらみを起こしてしまっている。

ぐわんぐわんと耳鳴りがして、世界がゆっくり回るように揺らいでいる。

「ああ、あなた」

トレローニーの声が、膜を隔てたように聞こえた。

「それはまだ、前触れでしかありませんわ」

ここまでにいたしましょう、とトレローニーが言うのに、ユーリは小さく舌打ちをした。








「ユーリ、医務室に行こうよ!何かあったら大変だよ!」

「だから……問題ないって言っただろ。ただの立ちくらみだって」

「問題がなかったら、あんなふうに倒れたりなんかしないよ!トレローニー先生は前触れだって言ってたじゃない!」

『占い学』が終わり、その次の『変身術』が終わっても、ネビルはずっとユーリを気にしていた。
確かに立ちくらみを起こしたのは事実だが、あれは環境が悪かったことが大きいし、何より立ちくらみ程度なら日常茶飯事だ。
しかし、ネビルは必要以上にユーリを気にし、医務室に行くよう勧めてくる。
それに加え、ディーンやシェーマスもチラチラとこちらを窺っているのが、視界の端に見えた。

ネビルが三たび口を開こうとした時、バーンとテーブルを叩く音がした。
ネビルが『占い学』の時のように飛び上がり、振り返る前に怒鳴る声がした。

「『占い学』で優秀だってことが、お茶の葉の塊に死の予兆を読むふりをすることなんだったら、私、この学科といつまでおつき合いできるか自信がないわ!あの授業は『数占い』のクラスに比べたら、まったくのクズよ!」

ハーマイオニーはそう言い捨て、鼻息も荒く去っていった。
残されたロンは不機嫌で、ハリーはとても複雑な顔でシチューを突いている。

「……先生の言ってた前触れが事実なら、医務室に行こうが行くまいが、運命は同じだと思わないか?」

屁理屈を述べてみたものの、ネビルの意識はすでにユーリから逸れているようだった。



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あきゅろす。
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