07 窓から入る爽やかな風を頬に受け、うとうと眠りに入ろうとしていた時だった。 いきなりノックもなく開いた自室のドアと、靴を鳴らして入ってきた人物に、眠りの境界線から引き戻される。 そしてその人は私に気を遣うわけでもなく、ドカッとソファーに座り込んだ。 「気分はどうだ」 そんな気遣いの言葉と、足を組むまでの一連の動作は全くもってマッチしていない。 いきなり過ぎて頭がついていかなかった。 まずいきなり現れたことに驚き、兵長という称号を持つ彼に会うのはあの日以来だったな、とか、あれから一週間ぐらい経ったな、とかいう考えが先行する。 その後で、聞かれた気分のことに思考を移し、少し考えてから口を開いた。 「うーん、悪くはないです」 言いながら、ああそういえばこの人とはハンジと同じような仲だったのだから、敬語はおかしいか、と思うも、いきなりタメ口で話すのは躊躇われた。 彼はじっとこちらを見ている。 そこでふと、ハンジの言葉を思い出した。 「リヴァイ兵長は最近どうですか?」 努めてごく普通に、差し障りない会話をしてみる。 ハンジに言われたキーワードを入れて。 リヴァイ兵長の様子をうかがうと、彼はハンジの言う通り、驚いたように目をカッと見開いた。 ――のも束の間、スッとその目を細めて「ほぅ」と一言。 「お前はいつから俺を敬うようになったんだ?」 ……なんだろう。なぜか、怖い、とてつもなく。 睨まれてるわけでないものの、冷ややかな視線と圧力がかった態度が怖い! なんなんだろうこの威圧感は。 ソファーの背もたれに片腕を回し、足を組んで座っているその姿が威圧的なのだろうか。 それとも、射ぬかれるような眼差しが原因なのだろうか。 どちらにせよ、兵長の立場につく威厳はそこにあるのだろうな、と身を持って体験した気がする。 ハンジの言う通りするんじゃなかったと後悔していると、ため息が耳に届いた。 「兵長呼びはやめろ。気色悪い」 「はぁ…すみません」 「敬語もだ。***はそんなやつじゃないだろ」 「そうです……そうかな」 「俺に遠慮なんかしないでずけずけ物言う奴だったじゃねぇか」 「え!」 他人へこんなに圧力をかけられる雰囲気の人に、果たして私は遠慮なしで喋れたのだろうか。 自分の性格は把握していたつもりだったけど、私はそこまで神経の太い人間だったのか。 「ここで嘘なんか言っても仕方ないだろ」 「……ですよね」 信じられない、という心境が顔に出ていたのだろう。 私の気持ちを察知するかのような言葉が返ってきた。 とりあえず、彼とは仲が良かったということで確定しておこう。 ハンジからだけじゃなくて本人からも聞いたら、彼に対する壁が少し低くなった気がする。 「それより、怪我は完治するのか?」 「うん。時間はちょっとかかるけど、リハビリ頑張ればまた壁外調査に出れるって」 「そうか」 そう言うと、彼の視線は私から離れ、少し伏せ気味になった。 どこを見るでもないような視線と、訪れた沈黙。 何か話を繋げたほうがいいかな、と思った時、大切なことを思い出した。 「あの、助けてくれてありがとう」 私は意識が戻ったあの日から、彼に一度もお礼を言っていなかった。 命の恩人を忘れるという、ずいぶん無礼な態度をとっていたことは自分でも分かっている。 それなのに彼はこうして来てくれたのだから、本当は優しい人なのかもしれない。 離れていた視線が合う。 何かを考えてるかのような表情と続いた沈黙の後、彼は口を開いた。 「記憶はいつ戻るんだ」 予想していたのとはかけ離れた返答に、不意をつかれた。 狼狽えが表に出てしまっているかもしれない。 「記憶は……いつ戻るか分からないって言われた。でも一時的なものみたいで」 彼に対するタメ口が慣れないものの、そんなこと気にするより先に罪悪感でいっぱいになった。 すみません、と謝ると、全くだな、と返ってきた。 「恩を仇で返しやがって」 彼がどういう心境で言ったのか、いまいち掴めない。 咎めるような言葉だけど、雰囲気は咎めていないように思える。 やれやれ、といったように感じるのは、気のせいだろうか。 すみません、ともう一度謝ると、しょうがねぇことだからそれはもういい、と言われた。 「とりあえず無事で何よりだ」 そう言うと彼は組んでいた足をほどき、立ち上がる。 そのままドアへ向かった。 「あの、本当にありがとうございました!」 彼の背に言葉を投げる。 すると顔だけ軽くこっちに向けた。 「敬語はやめろ」 そしてそのまま部屋から去っていった。 しばらく、彼が出ていったドアを見つめる。 なんとも表現しにくい気持ちが胸に広がり、早く記憶が戻ればいいのに、と切に思った。 *backnext# [戻る] |