16 ああやばい、と思うも、時すでに遅し。 一気しすぎの蓄積分が、いきなり襲ってきた。 視界はだいぶ揺れ、同時に頭の中も揺れている感覚がする。 顔をあげているのも辛くて、立てた膝に顔をうずめ、目をつぶる。 それでも、座っている地面が回っているかのような錯覚は治まらなかった。 「おい、大丈夫か」 リヴァイの声が聞こえるけれど、顔をあげられない。 この中で、彼が一番アルコールに強かった。 私はこの状態だし、ハンジが床に突っ伏して寝始めたのは、数分前に確認済みだ。 「***、平気かい? 吐けるなら吐いといた方がいい」 つい30分前に来たエルヴィンが言った。 彼は来たばかりということもあり、あまり酔っていない。 吐けるかな、と自分に問うけれど、躊躇いが勝った。 リヴァイの部屋ということもあるし、何よりぐるぐる回る気持ち悪さで動きたくない。 「とりあえずベッド使っていいから横になれ」 潔癖症らしからぬリヴァイの言葉が耳に届く。 申し訳ないと思いつつ、少しでも楽になりたくて彼の言葉に甘んじた。 お礼を言ってベッドによじ登り、体を丸めて横になってみるけれど、揺れる視界は治まらない。 それどころか、いよいよ動悸も感じ始め、浅く速い呼吸になった。 「しょうがねぇな。エルヴィン、そこで寝てるクソメガネを部屋に戻してやってくれ。俺はこいつを看る」 「分かった。***を頼む」 そんな二人の会話を聞いて、うっすら目を開ける。 揺れる視界の中、エルヴィンがハンジを起こそうとしているのが見えた。 私も、一緒に帰る。 そう言おうとした途端、込み上げてきた吐き気。 止められそうもなく、思わず起き上がった。 ――やばい。 目が回っていることも忘れ、後ろでリヴァイとエルヴィンの声を受けながら、彼の自室にあるトイレへと駆け込む。 入ると同時にトイレのドアを閉め、急いで顔を下げた。 胃に入っている物を吐き出そうと、体が頑張る。 けれどアルコールで吐いた経験があまりないため、上手く吐き出せず、苦しい。 ***、とドアをノックする音が聞こえるけれど、待って、とだけかろうじて返事した。 リヴァイの部屋で、吐いてしまうなんて。 申し訳ないのと、情けないのと、なにより苦しいのとで涙が出てきた。 やっとのことで吐くことができ、トイレットペーパーで口を拭って流す。 あまりに苦しくて手は震えるし、吐いてもまだ視界は揺らいでいるし、すぐには立てなかった。 こんな姿を見られたくないのに、今度はノックせずにリヴァイが入ってくる。 「大丈夫か」 そう声をかけてくれるリヴァイに、ごめん、と謝った。 すると彼がしゃがむ気配を感じ、直後背中から伝わる温かさ。 リヴァイが、背中をさすってくれている。 ごめん、ともう一度彼に謝った。 「なんで謝ってんだ」 「だって、吐いちゃった……」 「何言ってる、吐いた方がいいだろ。少しは楽になったか?」 つくづく、この人は本当は優しい人だと感じる。 リヴァイがさすってくれたおかげで、だいぶマシになってきた。 「ありがとう。ちょっと良くなってきたから、今のうちに帰るね」 「帰れるのか?」 「うん、大丈……」 大丈夫、ではなかった。 立ち上がろうとした直後、まるで貧血のような症状に、それ以上体を動かすことが出来なかった。 「全然大丈夫じゃねぇじゃねぇか」 リヴァイの声が聞こえた、次の瞬間だった。 彼が近づくのを察すると同時に、ふわりと感じる浮遊感。 驚いて顔をあげると、あまりにリヴァイの顔が近くて、すぐに下げた。 「え……あ、の! リヴァイ!」 「なんだ」 「私、重い!」 「どこが。ちゃんと食ってんのか」 「あと! 汚いし!」 「汚くねぇから大人しくしてろ。またぶり返すぞ」 これはいわゆる、世間で言われるところのお姫様抱っこというやつで。 人生初、何よりリヴァイにされていることに、顔や体から火が出そうなほど恥ずかしかった。 私を支えている腕と、すぐ近くにある胸板。 小柄で細身だけど、やっぱり筋肉はしっかりついている。 残っている酔いと今の状態の緊張で、心臓が速い。 ――と同時に、不思議に思う。 なんだろう……違和感を、感じた。 この感覚、何故か身に覚えがあった気がした。 何故だろう、と思った途端、生じる頭痛。 酔いのせいか、はたまた別の理由か……分からないけれど、とにかく頭が痛い。 「どうした?」 いきなり黙った私を心配してか、リヴァイが問いかける。 彼を再び見上げた。 なんで、こんな違和感を感じるのだろう。 「いや……大丈夫、ありがとう」 リヴァイは眉を寄せる。 私の言葉を信じてないようだったけれど、彼はそのままベッドへ足を運び、私をゆっくり下ろした。 「とりあえず寝ろ。分かったな」 有無を言わせない言葉。 でも感じる優しさ。 昔の私も、この人に惹かれたんじゃないだろうか。 そう思いながら、少し楽になった私の体は、いつの間にか眠りへと入っていった。 *backnext# [戻る] |