06
「今年二人は受験生だね?進路はもう決まった?」
「いえ、まだ何も。」
「日奈ちゃんは?」
「何も決まってません…。」
佐奈は苛立ちのあまりバレないように小さく貧乏揺すりをした。
夏目はいつもそうなのだ。
佐奈に話題を振り、最終的には日奈の動向を伺ってくる。
特に忠志が居ない時が酷く、最初から佐奈は居ないものとして扱われた。
「進学?就職?」
「まだ本当に何も…。」
「就職なら僕の職場に来ると良い。日奈ちゃんが出来そうな仕事もあるからいつでも頼って。」
「はい…ありがとうございます。」
あっという間に蚊帳の外。
こんな事を平気でする夏目が昔から嫌いだった。
それでいて佐奈は夏目と関係を持ったことがある。
日奈にも誰にも話した事はないが、佐奈の初めての相手は夏目だった。
何故嫌いな人間と関係を持ったのかと言えば…若気の至りとしか言い様がない。
ただ心のどこかで日奈以上に自分も愛されるかもしれないと期待していた部分が大きかった。
「遙斗さんは相変わらず日奈が大好きなんですね?」
「…そうだね。否定は出来ないな。」
それなら最初から日奈だけに声をかけろ、と佐奈は思った。
いつだって一度は佐奈に声を掛けて、次の瞬間には日奈を呼びに行くように差し向けてくる夏目。
思い出すだけでも腹が立った。
「私はお邪魔かなぁ…ケーキも食べ終わったし部屋に戻りますね?遙斗さん、ケーキ美味しかったです。」
「そう、喜んで貰えて良かったよ。」
佐奈はフフ…と笑って退席をした。
そして部屋を出るや否や、適当な壁をドンと蹴って呟いた。
「あんなに不味いケーキは初めて。」
夏目が持ってきたチーズケーキ、それは日奈が幼い頃に好きだったものだ。
今現在も好きなのかは知らないが、日奈の為だけに買ってきたのは一目瞭然だった。
「遙斗さんも日奈も大嫌い。」
口内に残るチーズケーキの味が不快で、佐奈はキッチンへ行くとジュースを一気に飲み込んだ。
口いっぱいに広がるジュースの味に、佐奈は勝ち誇った笑みを浮かべる。
しかし笑えば笑うほど悲しみが溢れ、目に涙が溜まってしまった。
「二人とも…嫌いよ…大嫌い。」
スンと鼻を鳴らしながら目を両手で覆う。
今度はキツく蓋をして、泣くもんかと無理矢理笑ってみせた。
「まさか嫌われた?」
「そうかもしれませんね…。」
「これでも俺は優しくしてるつもりだけどな。」
夏目は長い脚を組みながら鼻で笑って言った。
本当の笑顔と作りものの違いぐらい簡単に分かる。
ずっと苛立ち気味な様子だった佐奈を思い出し、夏目は日奈を睨み付けた。
「もっと優しくして下さい…。」
「知らねぇよ…お前に言われたから話し掛けてやってんだ。これ以上何求めんだよ。佐奈を抱けって?」
「いえ…佐奈ちゃんには虎くんが居るから…。」
「ふーん…あの餓鬼か。」
夏目は興味なさげに腕を組んで脚を入れ替えた。
実のところ、夏目が芳野家へ来る度に佐奈へ話し掛けるのは日奈にそう言われたからだった。
佐奈は周りの態度に敏感で傷つきやすい。
だから佐奈に対して優しく話し掛けて欲しいと頼んだ結果がこれだった。
「それならもう良いだろ?ただでさえ疲れてんのに、あの子のあんな嫌そうな顔わざわざ見たくねぇよ。」
「……。」
「人間合う合わないがあるだろ?あの子と俺は合わないんだよ。」
そう言って溜め息を吐いた。
「それより…本当に来るか?清掃員ぐらいなら出来るだろ。」
「考えておきます…。」
「分かった。決めたらすぐ言え。」
夏目は立ち上がって帰る支度を始めた。
日奈も立ち上がり、夏目を見送る為に玄関まで着いていった。
「また来る。じゃあな。」
「……。」
「返事。」
「はい、待ってます。」
ニコリと適当な笑みを浮かべれば、夏目はその反応が気に食わないと靴の先で日奈の足を軽く蹴った。
「気持ちわりぃ顔で笑うな。」
最後の最後で機嫌を損ねてしまった。
日奈は顔を引き締めて謝る。
夏目はそんな日奈を睨み付けて帰っていった。
目の前でパタンと扉が閉まる。
白い扉をぼーっと眺め、日奈は小さく呟いた。
「夏目さんって面倒くさいな。」
日奈は冷たい目でここには居ない夏目を見ていた。
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