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虎はようやく冷静になる。

分かっていた。

分かっていたからこそ、佐奈の隣に居たかった。

佐奈は今でも、もう帰っては来ない母の存在を愛していた。

絶対的なその存在を越えることも並ぶことも難しいと知っていて、いつの日かを夢見ていた。


「知ってる…分かってたはずだけど…。」

「虎君は、ずっと頑張ってるよ。」

「そうだな…、」


虎は自虐的な笑みを浮かべる。

答えはとっくの前に自身で出していた。


「佐奈ちゃんと、別れたい…?」


虎は何も言わなかった。

答えられなかった、と言った方が正しいのかもしれない。

今の虎には佐奈と別れる考えはないが、以前のように佐奈を幸せにする自信が無いのも事実だった。

そんな本音がとっさに出てこない。

それほど虎はいっぱいいっぱいになっていた。


「私もね、寂しいよ?虎君と一緒、私はママになれないもの…。だけどね…私は佐奈ちゃんを諦めない。」

「随分…妹想いだな。」

「だって、佐奈ちゃんにはパパも虎君も居るけど、私には佐奈ちゃんしか居ないでしょ?」

「知らねぇよ…、」


虎は呆れたように言ってから、那智の存在を思い浮かべた。

佐奈しか居ないと日奈は言ったが、最近は那智と行動を共にしている。

それでいて佐奈しか居ないという発言をした日奈が、どこか引っかかった。


「那智は?」

「那智君…?」


日奈はウーンと考え込んで、質問の意図を理解した。

そして那智との関係について、一番当てはまるだろう表現を口にした。


「那智君との関係は、ぬるま湯に浸かっているような…冷たくも暖かくもない関係。だから、そんなに重要じゃない。」

「…そんな事言ってる時点で十分冷たいな。」

「そう…?楽、だよ。可もなく不可もなく…。」


消えていく小さな声に、虎は思うところがあった。

今まで一人で居た日奈にとって、那智が特別であるに決まっていると践んでの考えだった。


「お前もさ…誰かに愛されたいとか思ってんの?」

「思わない…。」

「は?なんで?」


本来ならば大半の人が肯定するだろう質問に、日奈は否定を示した。

予想に反した答えに、虎は奇妙な顔をする。


「何を持って愛と呼ぶのかな?虎君は、本当の愛を知っている?」

「はぁ?」

「愛は、この世に一つしかない。私の中にだけあるの…。だから他は愛とは呼ばない。ピンポン球みたいに軽くって、中身のない空気みたいなもの…。それって必要?」


日奈ならではの持論を展開されたが、虎には理解出来なかった。

むしろ、その考えの冷たさに苛立ちさえ感じた。


「じゃあ何?例えば他人に優しくしてもらったとしても、お前はそれをピンポン球だって言うの?」

「だって…確証がないものを信じられない。ただでえさえ愛なんて形に出来ないんだから…。だから、この身体の全神経が震えるような愛以外を私は認めない。それはこの中にしかない。」

「……自己愛?」

「…そう言う部分も含まれてるのかな?でも、全然違う。」


虎は言葉をなくし、黙り込んだ。

日奈はやっぱり可笑しいと、改めて感じるばかりであった。


「私は本当の愛を知ってる。私には…分かるの。多分、他人には理解出来ないと思うけどね…?」

「あぁ…全く理解し難い。佐奈と割ったら良い感じなんじゃね?お前の冷たさと、佐奈の暖かさ。」

「……。」

「帰るわ。」


日奈と出会って疲れがどっと溜まった虎は、俯き気味に帰っていった。




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