20
虎はようやく冷静になる。
分かっていた。
分かっていたからこそ、佐奈の隣に居たかった。
佐奈は今でも、もう帰っては来ない母の存在を愛していた。
絶対的なその存在を越えることも並ぶことも難しいと知っていて、いつの日かを夢見ていた。
「知ってる…分かってたはずだけど…。」
「虎君は、ずっと頑張ってるよ。」
「そうだな…、」
虎は自虐的な笑みを浮かべる。
答えはとっくの前に自身で出していた。
「佐奈ちゃんと、別れたい…?」
虎は何も言わなかった。
答えられなかった、と言った方が正しいのかもしれない。
今の虎には佐奈と別れる考えはないが、以前のように佐奈を幸せにする自信が無いのも事実だった。
そんな本音がとっさに出てこない。
それほど虎はいっぱいいっぱいになっていた。
「私もね、寂しいよ?虎君と一緒、私はママになれないもの…。だけどね…私は佐奈ちゃんを諦めない。」
「随分…妹想いだな。」
「だって、佐奈ちゃんにはパパも虎君も居るけど、私には佐奈ちゃんしか居ないでしょ?」
「知らねぇよ…、」
虎は呆れたように言ってから、那智の存在を思い浮かべた。
佐奈しか居ないと日奈は言ったが、最近は那智と行動を共にしている。
それでいて佐奈しか居ないという発言をした日奈が、どこか引っかかった。
「那智は?」
「那智君…?」
日奈はウーンと考え込んで、質問の意図を理解した。
そして那智との関係について、一番当てはまるだろう表現を口にした。
「那智君との関係は、ぬるま湯に浸かっているような…冷たくも暖かくもない関係。だから、そんなに重要じゃない。」
「…そんな事言ってる時点で十分冷たいな。」
「そう…?楽、だよ。可もなく不可もなく…。」
消えていく小さな声に、虎は思うところがあった。
今まで一人で居た日奈にとって、那智が特別であるに決まっていると践んでの考えだった。
「お前もさ…誰かに愛されたいとか思ってんの?」
「思わない…。」
「は?なんで?」
本来ならば大半の人が肯定するだろう質問に、日奈は否定を示した。
予想に反した答えに、虎は奇妙な顔をする。
「何を持って愛と呼ぶのかな?虎君は、本当の愛を知っている?」
「はぁ?」
「愛は、この世に一つしかない。私の中にだけあるの…。だから他は愛とは呼ばない。ピンポン球みたいに軽くって、中身のない空気みたいなもの…。それって必要?」
日奈ならではの持論を展開されたが、虎には理解出来なかった。
むしろ、その考えの冷たさに苛立ちさえ感じた。
「じゃあ何?例えば他人に優しくしてもらったとしても、お前はそれをピンポン球だって言うの?」
「だって…確証がないものを信じられない。ただでえさえ愛なんて形に出来ないんだから…。だから、この身体の全神経が震えるような愛以外を私は認めない。それはこの中にしかない。」
「……自己愛?」
「…そう言う部分も含まれてるのかな?でも、全然違う。」
虎は言葉をなくし、黙り込んだ。
日奈はやっぱり可笑しいと、改めて感じるばかりであった。
「私は本当の愛を知ってる。私には…分かるの。多分、他人には理解出来ないと思うけどね…?」
「あぁ…全く理解し難い。佐奈と割ったら良い感じなんじゃね?お前の冷たさと、佐奈の暖かさ。」
「……。」
「帰るわ。」
日奈と出会って疲れがどっと溜まった虎は、俯き気味に帰っていった。
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