15
那智が選んだスペースは、一番奥まった場所の端だった。
この図書館は高校生より、小学生や大人の方が圧倒的に利用者が多い為、知り合いに会うことはまずない。
そう思っていても、念には念を入れて目立たない場所を選んだ。
「ちょっとだけ…ワクワクします。」
「何で?つーか何で敬語?」
「だって…ここのスペース、ちっちゃい頃は怖くって行けなかったから…。」
「あぁ確かに…ここら辺薄暗いし、大人の世界って感じだったよな。」
「うん。」
二人はその位置から遠くの方にある児童書のコーナーを眺めた。
幼い頃はよく、日奈や佐奈、那智、虎、新太といった幼馴染み組でこの図書館を利用していた。
子供向けの絵本の読み聞かせや、視聴覚室で見る映画鑑賞のイベント、無料で映像を見れるテレビスペースでは、一台につき二人でしか見れないため、皆でよく場所の奪い合いをしていた。
「そう言えば昔、皆でホラー映画見たよな。」
「そうだったね…佐奈ちゃんが泣いてた。」
「あ…でもあれだ。人が死ぬ瞬間の顔がムンクの叫びみたいで、なんかそれがツボになってさ…皆でやたらと真似してたよな。」
「あぁ…してたかも。佐奈ちゃんもそれで泣き止んで、一緒に変な顔してた。楽しかったよね。」
蘇ってくる幼い日の記憶に、二人は思わず笑みを浮かべた。
何気なく選んだ場所が、こんなにも懐かしい場所だとは意外で、那智はウーンと腕を伸ばす。
嬉しいような懐かしいような、変な感覚だった。
「お前はあの頃から変だった。白ばっか着てさ。」
「……。」
「あと性格キツかったよな。新太とか虎とか泣かしてたし。」
「那智くんも…、」
「は?俺は泣いてない。」
「そう…?」
「俺らは勉強しにきたんだ。ノスタルジックな話は終わり。」
わざとらしく話を逸らし、カバンからノートやプリント、筆記用具を取り出す。
日奈もカバンから持ってきた勉強道具一式を取り出して机に広げた。
「一日目は…、数学。数学からな」
「うん。」
二人は問題集を開き、試験範囲の復習を始めた。
那智は分からない所がないかと、たまに日奈の様子を伺ったが、案外スラスラ解けていることに驚きつつ、何だかんだで勉強をしていたのかと気分が良くなった。
「ねぇ…那智君…。」
「ん?質問?」
「私ってそんなに性格キツかったかなぁ…?」
「んー…、」
予想外の質問に手を休め、遙か遠くにある日奈の記憶を掘り起こした。
那智自身深くは覚えていないが、日奈に泣かされた事実だけは覚えている。
他にも新太や虎が泣いている光景や、母親に怒られて泣いている日奈の姿も蘇ってきた。
性格がキツいと感じた理由を思い出そうともやはり思い出せないが、当時は確実に日奈を怖いと思っていた。
「いじめっ子って感じ。」
「…ごめんね。」
「別に…。つーかさ、お前もこのスペースもそうだけど、成長したら案外たいしたことねぇよな。なーんも怖くねぇ。」
「そうだね。」
「何、怒ってんの。」
「怒ってないよ…。私の反抗期は早いうちに終わったんだなぁと、思って……。」
日奈はしみじみと思ってから昔の記憶に蓋を閉じた。
その後那智が何かを言ったが、日奈の耳には入らない。
ハッとした時には、奇妙な顔をした那智が日奈を見つめていた。
「何か言った?」
「はぁ…?目開けて寝てたのかお前は。もう良い。」
「そう…。」
呆れてシャーペンを持ち直した那智につられ、日奈も問題集に目を落とした。
しかし、こんな勉強はやる意味がないと内心呟いて、シャーペンを机にソッと置いた。
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