10
パーティーも終盤を迎えた頃、適当にサボっていた悠の前に虎が現れた。
虎は悠の存在に気が付いていないようで、やはり一目散にクマのぬいぐるみを手にとっていた。
「可愛い洋服だな。」
「……悪趣味だろ。」
「そう?一生懸命作りましたって感じが滲み出てて健気じゃない。日奈ちゃんやるね。」
唐突に背後から現れた悠に対して言った罵倒だったが、日奈の事を知られていた衝撃で虎はフリーズした。
隠していた訳ではないにしろ、多少知られたくないと思っていた。
それだけに、悠に知られてしまった事実が大変不愉快だった。
「二年前も今日もたまたま見かけただけ。日奈ちゃん一途で可愛いな。」
悠は降参のポーズをして言った。
弟の虎はどうも恥ずかしがり屋らしく、家族にはどんな些細なことも話さなかった。
そんな会話のない関係が何年も続いているが、最近になって虎の扱い方を少しずつ把握してきた。
虎を刺激し、次に不満を解消させ、また刺激するという微妙な駆け引き。
これが悠の楽しみだった。
「兄貴には関係ない。」
「確かにそうだな。」
「……詮索すんなよ。鬱陶しい。」
「だからしてないって。まぁそんなに怒んな。別に悪い事じゃないんだから。」
これ以上は何も言わない方が良いと、悠は苦笑いを浮かべた。
虎は悠に心を開かない。
昔よりも増して酷くなった関係に、寂しいとさえ感じていた。
「でも…そんなに心が籠もった物が貰えるなんて貴重だよ。大切にしな。」
今時手作りなんて珍しい。
そしてどこか夢のあるプレゼントに、悠は微笑ましい気分になった。
悠の周りには、そんな暖かい存在が一人も居ない。
「うるさい。」
「…はいはい。」
何を言っても無駄だと分かり、悠は部屋から退散した。
「分かってるっつの。言われなくても…。」
白い衣装に身を包んだ白いクマ…それをもう一度手に取った。
虎は毎年、日奈のプレゼントを密かに楽しみにしていた。
それは他の誰よりも、丹誠を込めて用意されていることが伝わってくるからである。
わざわざ悠に言われなくとも大切にしているし、日奈の考えは相変わらず読めないが、毛嫌いする程ではなくなっていた。
「あ…。」
虎は手作りの洋服を触っているうちに、ある刺繍を見つけた。
そこには筆記体でこう書かれてあった。
『Happy Birthday TORA.』
虎はその刺繍をしばらく指でなぞり、そしてクマを抱き締めるとしゃがみ込んだ。
訳も分からず鼻の奥がツンと痛くなる。
このぬいぐるみ自身へのプレゼントだと思っていたものが、クマでも悠でも誰でもなく…自分だけを祝っていた。
その事実が堪らなく虎の胸を締め付けた。
「俺は、ここに居る…、」
このクマの存在だけが、自分がここに居て良い理由となる。
例え悠のように求められなくとも、白いクマだけが虎の側に寄り添ってくれた。
「佐奈もコイツも居て…幸せだな。」
ぬいぐるみに顔を押し付けて笑ってしまう。
いつの日か聞いた青い鳥の話のように、目を瞑っただけで会えた大切な人を、虎は大切にしたいと心から思った。
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