09

「やっぱり面白い。虎も日奈ちゃんと付き合えば良いのに。」

「……。」

「それとも俺と付き合う?」


悠は楽しそうにそう言った。

日奈と付き合う気など全くない。

軽い冗談のつもりで言った。


「意味が分かりません。」

「ごめん…冗談だから。怒った?」

「意味が分からなかっただけです……怒っていません。」


一瞬聞こえた冷たい声に怒ったのかと悠は思った。

しかし次に聞こえた優しい声色に勘違いだったのかと安堵の溜め息を吐いた。

少し遊びすぎたかもしれない。


「ごめんごめん。虎との関係が不思議でからかいたくなったんだよ。弟をイジメる話題が欲しかったんだ。」

「虎君が嫌いなんですか…?」

「まさか。アイツは可愛いよ。素直じゃないし。だからイジメたくなる。男は皆、好きな子ほどイジメたくなるものなんだよ。」


そう言われた日奈は佐奈の顔を思い浮かべた。

佐奈は可愛い。

年子と言っても妹である事に代わりはないし、何より普段が素直じゃないぶん、素っ気なくされればされるほど構って欲しいと思っていた。


「その気持ち…分かります。」

「そうなんだ。日奈ちゃんもイジメたくなるくらい好きな人居るんだ。」

「イジメはしません…。でも私も姉だから、妹が可愛いなって。」

「あぁ…佐奈ちゃんか。あの子は確かに可愛いね。」


悠は佐奈を思い出す。

最近の佐奈は更に垢抜けて、以前より増して綺麗になった。

日奈の思う可愛いと悠の思う可愛いは違うが、お互い納得したように頷きあった。


「あの…失礼します。」

「日奈ちゃん。」

「…はい。」


これ以上話すことはないと退散しようとした日奈だったが、悠は思わず引き止めた。

興味の対象が余りにも早く逃げそうで、反射的に呼び掛けてしまった。


「何か?」

「いや…。」


何か話題はないかと視線を逸らすと、白いクマのぬいぐるみが目に入った。

先程も思ったが、今年はこの子の為に洋服を作ったらしい。


「これ。まさか手作り?」

「はい。」

「凄い。こんな事出来るんだ。」

「ありがとうございます。」


当たり障りのない相槌程度の返事しかしない日奈に悠は溜め息を吐いた。

時間もないし今回は降参するしかないと。


「本当に面白いよ…日奈ちゃん。またお話してみたいな。」

「ありがとうございます…。」


悠はフと、何故ここまで日奈に興味が湧くのだろうと思った。

元を辿れば虎との関係が原因で、先程日奈に説明した通りではあるが、他にも何かがある。

その何かが分からなかった。


「日奈ちゃん。そう言えば僕の名前、名乗ってなかったね。」

「…そうですね。」

「紅林悠。今更ながら宜しく。」


そっと手を差し出せば、おずおずと白く小さな手が差し出された。

ギュッと握ってみても小さな手。

ちゃんと食べているのか心配になるくらい細い手首は、握っただけで折れそうにも見えた。


「冷たい手。心が暖かい証拠かな?」

「いえ…そんな事はありません。」

「いやいや、否定しなくても…。」


日奈は握られた手をそっと引き抜いて後退りした。

その様子を見て悠は益々興味深く思う。


「心が冷たいんだ。」

「え…。」

「図星?悩みがあるなら話ぐらい聞くけど。」


日奈は悠の発言に一瞬ドキリとしたが、そこまでだった。

何故か日奈は笑いが込み上げてきて、「悩みなんてありません」と可笑しそうに話した。


「本当に?」

「はい。もう行きます。わざわざ声を掛けて頂いてありがとうございました…悠さん。」


今度こそ本当に別れる。

次は一年後か、再び二年後となるか…。

とにかく当分会う事はないだろうと、悠は暖かい手をスーツのポケットへ突っ込んでそっと笑った。




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あきゅろす。
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