04

「おせぇ。」

「那智君…。先に帰ってても良かったんだよ…?」

「別に…気分。」


そこに居たのは藍原那智だった。

しかもその言動は日奈を待っていた以外に他ならない。

常に行動を共にしているのは知っていたが、まさかここまでとは想像もしていなかった。


「藍原…。」

「チッ…帰るぞ。真野、変な噂立てたらぶっ殺す。」


那智は謙二郎を睨んで去っていった。

日奈は急いで上履きを履き替える。

外を伺えば、先に出て行ったはずの那智が待っているようで、謙二郎は益々テンションが上がった。

先程自分がした行動と全く同じ事をしている那智が大変興味深かった。


「何あれ何あれ…!嫉妬心丸出しの彼氏かよ…!」


謙二郎は興奮気味に呟いた。

あの藍原那智が、あの芳野日奈と…。

先程睨まれた目を思い出すだけで何倍でもご飯が食べられる気がした。


「やっぱりあいつら…面白いなぁ…。」


ニヒルに笑い、謙二郎は獲物を見つけた野獣のように唇を舐めた。





「話って?」


帰り道、那智はそう切り出した。

謙二郎と日奈が呼び出しをくらうなど思ってもいなかった那智は、呼び出しの原因が気になって、わざわざ待ってしまったのだ。


「進路のことだよ…。私と真野君だけが就職を希望してるんだって。」

「だから言ったろ?もっと現実見ろって…つーか勉強しろ…!」


ようやく納得出来たが、スッキリした途端に今度は怒りが沸々と湧き上がってきた。

日奈の考えの無さを思い出すだけでも苛立ってくる。

那智の眉間には嫌でも皺が寄ってしまった。


「そうだね…頑張ります。」

「言ったな…。言ったからには頑張れよ?」

「うん。」


那智はようやく満足して落ち着いた。

それから今度は謙二郎を思い出す。

那智はシネと小さく呟き、そう言えばと切り出した。


「一応アイツには気を付けろ。」

「あいつ…?」

「真野だよ真野。あいつには何も話すな。ネタにされるだけだし。」


那智が謙二郎を睨んだ理由はそれだった。

謙二郎は話すのが好きでいつもウルサい。

そう言う意味でよく目立つ謙二郎が、噂好き…或いは口の軽い男に見えるのは仕方がない事だった。

これ以上学校で目立ちたくない那智は、釘を差すという意味で睨みつけた。

ただ結果として、那智が嫉妬心を剥き出しにしていると謙二郎は思い込んでしまっているが…。

釘を差したはずの行動が裏目に出ているなど、那智は知る由もなかった。


「うん、気を付けるね。」






日奈が帰宅すると私服に着替えた佐奈と鉢合わせた。


「ただいま…。」

「……お帰り。」


佐奈はぶっきらぼうに言ってキッチンへ向かう。


「虎くん来てるの?」

「うん…。」

「そっか…。」


佐奈の後ろを追い掛けながら日奈は話した。

キッチンに入り、佐奈が適当にお菓子を物色してお盆に並べていく。

日奈はその様子を伺いながら佐奈を見つめた。


「なに?」

「最近、虎君と上手くいってるんだね。」

「まぁ…これからは虎以外とは寝ないって決めたし。」

「そう…どうして?」


佐奈は不機嫌そうにしばらく考えた。

自分でもよく分からない。

ただ、虎を信じてみたいと思ったのだ。


「一途だからじゃない…?」

「そっか…きっと虎君も嬉しいと思う。良かったね。」


嬉しそうに言う日奈の声に溜め息が出た。

日奈の言う通り虎が喜んでいれば良い。

でも始まりがあれば終わりがある事を佐奈は知っていた。

幸せなんて儚い幻想に過ぎない。


「さぁね…私なんてすぐに捨てられるよ。」

「そんな事ないよ…。虎君は一途だから…。」

「今だけね。」


佐奈はやはり不機嫌そうに冷蔵庫から飲み物を出した。

考えれば考えるほど嫌な気分になる。


「捨てられたら私が拾うからね…?」

「なにそれ。イケメンに生まれ変わってから言って。」


佐奈は思わず笑い声を上げた。

可笑しそうなその声に、日奈も釣られて楽しそうに笑った。


「そっか…イケメンにならないと駄目なんだね…。整形するしかないのかな?」

「女じゃん。しかも性転換しても身長ないし論外。て言うかキモイ。一回死んで。」

「じゃあ無理だね…。」


シュンとする日奈に、佐奈は無言でクッキーを二つ渡した。

受け取った日奈はふわりと笑う。


「ありがとう。」


佐奈は何も言わずにキッチンを出て行った。

日奈は笑い、クッキーを一枚取り出して食べた。

那智といい佐奈といい…とても良い1日だったと、日奈の心がとても暖かくなった。




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