山田行道の決断

あれから二人が話す事はなかった。

山田は一人移動したベンチに座り、優一は気分が悪いと教師に言い残して保健室へ向かった。

体育の授業が終わっても優一は帰って来ず、次の六限目も帰って来なかった。



チャイムが鳴り、後はホームルームだけだという時になって山田は肩を叩かれる。


「なに、」

「…話があるの。」


相手はクラスメートの日高真美だった。

話の内容は大体の想像がつく。

柿田優一、彼のことだろう。


「分かった。後でな。」


まだ何一つスッキリしていなかった山田は、すんなりと了解する。

話して何か進むなら、そうした方が良いと思った。





日高に連れて来られたのは風紀室だった。

山田が来るのは二回目で、あの日以来久しぶりに足を踏み入れた。


「えっ…、」

「…山田、適当に座って。」


中には優一が居た。

驚いたような優一に日高は優一が教室に置きっぱなしにしていた鞄を渡すと、お茶を煎れ始めた。

山田は暫く考えてから以前日高が座っていた一人用の椅子に座った。


「山田。紅茶とココアと緑茶、どれにする?珈琲は切らしててないんだけど、」


緑茶を煎れながら問い掛ける日高に「緑茶で」と短く言う。

優一にわざわざ聞かないのは、それだけ二人が親密という事の現れなのだろう。

それだけでも充分に分かった。



山田と優一の間に気まずい空気が流れる。

どちらも話そうとはせず、それが当たり前のように黙っていた。

決して良好とは言えない空気の中、日高がお盆を持ってこちらへ来る。

山田に緑茶、優一にココア、自ら座る席の前に緑茶、真ん中にお茶漬けらしいお菓子を置いた。


ここでも気付く。


以前風紀室へ来た時、山田と日高の前には緑茶が出され、淹れた本人である恭子だけはコーヒーを飲んでいた。

わざわざ口には出さなかったが、平然な顔でブラックで飲んでいたのが妙に印象的だった。

今コーヒーを切らしているのはコーヒーを好んでいた恭子が既に居ないからに違いない。

ならば優一の目の前に置かれたこのココアは…

思考を巡らせ、憶測でしかないそれを正解のように思う。

山田は優一の手元のココアから放たれる甘ったるい香りさえ恨めしく思い、無意識の内に眉間の皺を深くさせた。


「山田、改めてごめんなさい。」


沈黙の中、日高が緊張した面持ちで言った。

山田が無言で居るとそのまま続ける。


「今回の事はやりすぎだったと思う。本当に私もどうかしてた。」


日高が頭を下げる。

優一の方は最初から頭を下げていた。

あんな事があったのだ。

まともに顔を見れるはずがない。


「でもね、私達真剣だったの!だから、仲直りするチャンスを恭ちゃんに…優一に与えて欲しい!」

「ひ、日高!そこまでしてくれなくても、もう終わった事だし…これ以上は、」

「私が嫌なの!ただの遊びじゃなかった。真剣だったのに…こんな終わり方はヤダよ…」


二人が言うには真剣だったらしい。

何が真剣だったのか。

それはおそらく、優一が山田を好きだという事だろう。



山田は暫く考えた。

優一が自分に惚れている事が分かった今、復讐するチャンスではないかと。

期待を持たせて自分も陥れてやろうと馬鹿げた考えが浮かぶ。


「良いぜ。」

「…え?」

「チャンスをやるよ。」


何が正解なのか分からない。

その先にあるものが期待なのか、あるいは復讐か。

何も分からず、紛れのように山田は言った。




30/36ページ


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!