山田行道と疑問
山田行道、彼は今とてつもなく迷っていた。
この時計をいつ返そうかと。
山田は数日前、恭子とデートをした。
ご飯を食べる時に腕時計を外していた恭子は、それをお店に置き忘れそうになったのだ。
そこで置き忘れに気が付いた山田が腕時計をズボンのポケットに入れたまでは良かった。
山田は支払いという作業をしている間に腕時計の存在をすっかり忘れ、家へ持って帰ってしまったのだ。
この手元にある腕時計。
これを今すぐ彼女に届けるべきか、次の機会まで預かるか、はたまた弟の優一に返してもらうか、大変迷いどころである。
山田の第一希望としては今すぐ教室まで押し掛けてこの腕時計を渡したい、これが本音だ。
学校では無関係を貫く事。
それが交際の条件とは言え、落とし物を本人に返すくらいなら許されるだろう…などと言い訳じみた理由付けを山田は朝からずっと考えていた。
本音の本音は『恭子に会いたい』ただそれだけ。
「あれ、何組だっけ。」
山田行道、彼は今更ながら疑問を持った。
柿田恭子、彼女のクラスを知らない事に。
山田は一度は廊下へ出たが、再び教室へ戻った。
しかしお目当ての柿田優一どころか日高真美さえも見当たらない。
こんな時に限って運が悪いと、山田は一瞬ブスッと不機嫌な顔をした。
そんな顔を対して隠さずに近くに居た女子に声をかける。
「なぁなぁ、佐藤。」
「…ぁ、…なに?」
「あのさ、柿田恭子ってクラスどこだっけ?」
山田がそう言うと、質問された佐藤が不思議そうな顔をした。
「カキタ、キョーコ?」
「そう、柿田恭子。知ってるだろ?」
柿田恭子を知らぬ者など居るはずがない。
そう信じて止まない山田は、すっとぼけたように話す佐藤に若干苛ついた。
─ こっちは早く恭子に会いたいのに…
山田はとにかく勿体ぶらないで欲しかった。
「え?そんな人この学年に居た?」
「……は?」
山田は思わず間の抜けた声を出した。
さっきはつい苛立ってしまったが、佐藤があまりにも真面目な表情で言うものだから『あぁ、ただの世間知らずか』と納得した。
「わりぃ、大丈夫。いきなりゴメンな。」
山田は佐藤に一言謝ってその場を離れた。
柿田恭子を知らない者が居るなんて恭子もまだまだだな…なんて少し笑う。
この出来事は次に会った時に話そうと頭の隅で考えた。
「あの、山田君。」
次は誰に聞こうかと考えていると再び佐藤が近寄ってきた。
「何?」
「あのね、もしかしてカキタキョーコって元風紀委員長だった人?」
「え…?あ、うん…」
佐藤の言葉に引っかかりを覚える。
元風紀委員長という事は山田の知らない内に引き継ぎが行われていたという事か。
世間知らずは一体どっちだと、山田は自身にツッコミを入れた。
「柿田恭子先輩なら、もう卒業したよ?」
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