11枚目
「僕にはもう、足と握力と集中力しかない…」
何故急に足と握力と集中力が出てきたのか分からないが、俺はとにかく過去の自分を全力で殴りたくなった。
どう弁解しようかと思考を巡らせども答えは出ず。
周りを見れば自業自得だと溜め息を吐く手島、お前の所為だと冷たい目で訴えてくる犀川、ニコニコ楽しそうに笑う平村。
オイ、何気に平村が一番酷いぞ。
この状況を楽しむな。
「金井、ごめんな。」
「…いいよ、本当の事だから。」
……まさか、俺の謝罪待ちだったのか?
俺が謝った途端、すんなり身体を起こした金井に少々驚く。
顔は依然として伏せたままだが。
「…怒ったか?」
「ううん…恥ずかしいだけ、」
一応聞いてみればそう返された。
嫌われるのは避けたかっただけに、恥ずかしいというのはずいぶんマシな理由だった。
と言うかむしろ可愛いな、オイ。
少しニヤケるのを我慢して「本気じゃないから許してくれ」と何処か浮気を弁解する恋人の気分で言った。
「金井、ソイツら殴っていいぞ。何なら俺がまとめて殴ってやる。平村も含めてな。」
「なんで!?俺なんもしてないじゃん!」
「ヘラヘラしてるからだろ。とりあえずお前は後で殴る。」
「…もぅ。俺だけ特別扱いなんて…へ、ん、た、い。」
少しくねって言った平村にゾワッとイラッとする。
手島は凄い形相で手をワナワナと震わせ、犀川は気持ち悪いと腕をさすった。
ゾワッ、イラッ。
分かる、分かるぞお前ら…。
だから手島、今すぐソイツを…ー
「殴れ。」
「殴る。」
「て、手島君!もう大丈夫だから暴力は…!北原君、もうしないでね?じゃあこれで終わり!」
「か、金井ぃぃい!!!」
とまぁ金井が北原を許した事により、今回の脅迫状事件は無事に沈着した。
許しを貰った北原は余程嬉しかったのかガチの勢いで金井を抱き締めていた。
その光景にイラッ。
俺は犀川や金井と違って心が狭いらしい。
ただこれだけは言わしてくれ。
俺は未だ許しを貰っていないのだ。
恐らく金井ならもう許してくれているとは思うが‥
こんなに近くに居ても目が合う事はなく、壁があっていつも余所余所しい金井。
過去にあんな事をしておいて今更仲良くしろなんて傲慢にも程があるが、こっちを見ない金井には苛つくし、だからと言って積極的になれない自分も恨めしかった。
ただ一つ、金井がまだ「魅力的」だとか「格好いい」と思ってくれているのだけが救いだが…。
いや、これがあるのとないのとでは大分違うんだ、本当に。
さっきかって馬鹿だ単純だと言われているこの俺に、単純な所も含めて魅力的だと金井は言ったのだ。
例えお世辞やその場しのぎのデタラメだったとしても、嬉しいと思うし何より幸せな気持ちになれた。
こんな俺はやはり単純なのかもしれない。
俺と金井の距離は遠い。
だけど思うんだ。
ほんの僅かな関わりであろうが、何も知らなかった昔に比べれば今の方が何倍も幸せだと言うことを…
残り僅かなこの時間を、金井が居るこの時間を、俺は大切にしたい。
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