[携帯モード] [URL送信]

真心文庫
仮正式の入園
「じゃあそろそろ寝ましょうか。陽月さまと絆さまはこちらのベッドで寝てください。」

おそらくカンナが会長に命じられて持ってきた二組のベッドが置かれている。
奏はその二つを指差している。

「ありがとうございます。あと、あたしたちのこと、様付けしなくていいですよ。」

絆は笑顔で奏に言う。
奏も笑顔で応じた。

「では絆ちゃんと陽月ちゃんで^^」

絆は頷いた。
陽月は何かを探すように辺りを少し見ていたが、探していたものが見つかったのかそれに向かって歩み始めた。
陽月が向かったのは見るからに上質な寝心地もそこそこ良さそうな椅子だった。

「陽月ちゃん・・・?」

絆は陽月の行動が一瞬分からなかった。
陽月はその椅子に座ると足を組み、頬杖をつく。

「こっち・・・用意してもらってるよ?」

「ここで構わない。」

「でも・・・」

「念のためだ。ゆっくりしている暇はない。絆、君だけでいい。」

陽月はそう言って、団子に結った髪も解かずに目を瞑った。

「ゆっくりしていっていいんだよ。」

みちるはそう独り言のように呟くとベッドにダイブした。
いつも以上に暖かく、そしてやわらかく感じた。

(二人が来てくれたから・・・かな?ふふぅ♪)

奏も髪を解き、ベッドに腰掛けた。

「じゃー消すわよー」

麗の一言で部屋全体が真っ暗になった。

だがみちるの心の中だけは喜びという光に満たされていた。

しばらくすると全員の寝息が聞こえてきた。
みちるも奏も麗も、絆も眠りについてしまったようだ。
陽月は目をゆっくりと開ける。
そしてベッドに横になっている絆を見守るように見ていた。
絆が安らかに眠っているのを確認すると今度は窓の外を見る。
今日は月が見えない。
陽月はまた絆を見て、呟いた。

「すまないな・・・」

陽月はやがて目を瞑り浅い眠りに落ちた。


ーーー

早朝ー。

奏の声に起こされ、起きた後、陽月と絆は3人につれられた。
向かった場所は団欒の間。


いつも騒がしい団欒の間だが今朝はいっそう騒がしい。
実質上、すべてのクラスを敵に回している炎精組が他のクラスと食事を共にするわけがなく
いつも少し離れた場所にあるテーブルで食事を取る。
昨日までは3つだった椅子の数が5つに増えていた。

各自が前のほうにお盆を取りにいく。
そしてテーブルに着く。

その一連の動作を見ながら話し声を大きくしていく野次馬達。
その声はすべて嫌味、嘲り、嘲笑、噂、悪態に分類されるもの。
普段から聞きなれている麗や奏でさえ今日は特別大きい気がする。
理由はいうまでもないだろう。
だが二人は何食わぬ顔で席に着き、一言だけ言った。

「相手にしちゃだめよ。」

「何で・・・みんな噂だけで決めるの・・・?」

「そういう人間の集まりなのよ。・・・気にしちゃだめよ」

「でも・・・それでも・・・」

絆は少し泣きそうだ。
だが陽月のことを今までずっと見てきた。
こんなことで涙は見せられない。
それに気づいた陽月は絆に言う。

「君、私が人の話を聞かないことくらい分かっているだろう?人間の話など、私は最初から聞く気はない。」

何も聞いていないのにもかかわらず、周りの声は確かに間の中に響き渡る。


ー ねぇ、聞きました?魔女がこの学園に来たんですってよ

 − 聞きましたわぁ、本当害になる蟲にはとっとと消えていただきたいものですわね
  
   − 会長様に公言して駆除したらいかがです?
  
     − 私の財力で暗殺者でも雇いましょうか。財力は余るほど持ってますわよ
 
       − さすがですわ、魔女狩りという遊戯、私もやってみたいと思ってましたの


ー 魔女はアノ炎精に入ったらしくてよ

 − あら、害虫同士仲良く戯れていますのね

  − この際全員首を絞めあって朽ち果てればよろしいのに

   − あら、クラスで心中?オホホホホホホホホホホホホホホッ!!!!なんて愉しそうな鑑賞素材でしょう!!!

アハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ウフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
オホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「死ね。」

みちるは一言呟いた。ここで悪態をつきたくならない筈もなく口には出さないものの
麗も内心思っていた。
奏は思いたくとも思えないのでただただ悲しそうな顔だけを続けていた。
絆は・・・我慢の限界だった。
勢いよく椅子から立ち上がり、涙を浮かべながら、反論しようとした。
だが陽月がまた椅子に無理矢理座らせた。

「陽月ちゃんっ・・・もう我慢できないよっ・・・!」

「言っただろう。私は何を言われても聞いていない、聞く耳も持たない。君が何をしようとこれは変わらない。」

「でもっ・・・・!」

「やつらに反論するときは私の意志でそれをする。だが、君にその権利はない。これは私の問題であって君のではない。」

「陽月ちゃんは悔しくないの?!」

思わず抑えた声だが大きな声を上げた。
だがその声は周りの声で幸い、みちるや麗、奏たち以外の人間には聞こえなかった。

「・・・私はこれでいいのだ。君が何も言われなければそれでいい。君が笑っていてくれるのならそれでいいのだよ。分かったら、大人しくしておくのだ。」

絆はそう言われて悔しさを留めて、ただ下唇を噛み、大人しく座った。

奏はその二人を見ながら口を開いた。

「うらやましいです・・・。どんなふうに言われても、何をされても、どんなに傷ついても・・・それを支える方が居るんですから・・・・・・・。」

奏の小さな小さな「うらやましい」という感情は誰の耳にも届くことなく周りの空気と声にかき消された。


ただ、その呟きは一人の人物に届いていたが・・・。



ーーー

食事が終わり、部屋に戻ると女性用の制服が二組置かれていた。
もちろん陽月と絆に用意されていたものだ。
絆は恥ずかしそうに、そして嬉しそうなかんじでそれを着たが
陽月は一向に着ようとしない。

「陽月ちゃん、用意してもらってるってことは着れってことだよ?」

「・・・・・・・・。」

「陽月ちゃん、一応ここの生徒ってことだからね?」

「・・・・・・・・・・・・。」

「目立っちゃうよ?またあの人たちが来ちゃうよ?」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

絆はため息をついて陽月の制服を広げ、強行手段をとった。

「なっ!絆、何をしているのだ!」

「着ないとダメだよっ!また怒られちゃうよ!」

「やめっ!くすぐるなと言っているのだ!」

「くすぐってない!いやなら自分で着替えてよ!」

「自分で出来る!さっさ外へ行け!」

絆は陽月に閉め出された。
絆は少しため息をついた。
それをみちるたちが微笑ましく見ている。

「仲いいわねぇ。ふふふっ。性別違うけど、どっかの誰かさんたちみたいね。」

「そうですねー。」

「・・・?」

麗と奏はまたまた違う意味で微笑んだ。みちるは昨日からそうだが話に全くついていけない。
まあ、今の会話はわかる人にはわかるだろうが。

ーーー

数分後、ようやく制服を着た陽月をつれ、炎精組に向かうべく紅の宮殿に向かった。
寮と宮殿は隣に位置しているのであまり歩かなくて済む。
絆は改めて聖域の樹海やあの建物たちを見る。
どれもすごくきれいで神秘的だ。
夜だと見えなかったものが朝だとキラキラ輝くように見える。
ポケモンたちの鳴き声もところどころから聞こえてくる。

(この森をあとで案内してもらえるんだ・・・本当に楽しみ!)

絆は森を案内してもらえることに心を弾ませていた。
陽月は周りを見てやはり笑顔はないがどこか穏やかだ。
みちるはそんな二人を横で見ながら同じように心が弾んでいた。

(二人とも聖獣学園そのものは気に入ってくれたのかな?うふふっだったらすごくうれしいな。
同じように炎精組のみんなも気に入ってくれるといいけど・・・。)

みちるは直ぐ目の前にせまっている紅の宮殿をみてため息をついた。

「残りが・・・あの男達だからなぁ・・・。」


その心配は見事に的中することになる。

[back][next]

9/56ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!