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真心文庫
あなたの名前は?
私は少女を睨み続けていた。
なぜならずっとこっちを見つめて心配そうな顔をしているからだ。

何だ。
私はそんなに哀れに見えるのか?
悪いが同情などされたくないし、される覚えもない。
哀れに思うよりも先に怖いと思ってもらいたいものだな。

「ねえ、何でそんなに怒った顔、するの?」

私が怖くないのか。
私のことを知らないのか?

「あたし、何かしちゃったかな?しちゃったなら謝るよ?だから、ね。そんなに怒らないで。もっと笑ってよ。」

少女はにっこりと太陽のように明るく笑う。
一体、何がしたいのだ?
私は少女を疑うような目で睨み続ける。

「どうしたの?あ、そっか。あたし、まだ名前言ってなかったね。
名前も言ってないのに話しかけられるの、あんまりいい気持ちじゃないよね。ごめんね。」

少女は舌を少し出し、笑った。
別に名前など聞いた覚えはない。
聞きたいとも思わない。
放っておいてもらえないだろうか。

「あたし、結心 絆。絆でいいよ。あなたは?名前、何て言うの?」

どうやらこの・・・絆と言ったか。
本当に私のことを何も知らないようだ。
私の名前も、呪われ魔女と呼ばれている者だということも。
どうやら絆は私をただの人間だと思っているようだ。
魔女の血筋だとも知らない。

全く・・・気楽なものだ。
では、思い知らせてやろうではないか。
私はただの人間ではない。
呪われた存在だということを。

「あなたの名前は?」

私は冷たく、絆を見下したように微笑んだ。

「私は呪われ魔女だ。」

「呪われ・・・?」

「分かったらここから立ち去れ。」

分かったか。
呪われ魔女の噂は誰もが一度、聞いたことがある。
なぜなら私は行く先々の村を不運にした。
呪われ魔女が来たら気をつけろ・・・そんな張り紙がされているくらいだ。

「魔女さんなんだ。すごいね。」

何?
絆は未だに太陽のような笑顔を絶やさない。
一瞬でさえも顔色を変えない。
まさか、本当に知らないのか?
名前さえも知らないのか?

「でも、それは名前じゃないよね。もしかして嫌がらせで付けられたあだ名かな?呪われなんて・・・ひどいね。」

私の驚きがかすかに顔に出てしまっていることが自分でも分かった。
こんな人間が本当に存在しているのかさえ怪しい。
私は夢を見ているのだろうか?
夢だとしたら不機嫌な夢だな。
まさか私がこんなことを思っているのではないだろうか?
誰かにこう言ってもらいたいと。
馬鹿馬鹿しい。

「ねえ、名前は?」

私は絆に背を向けて座った。
絆は私の顔を覗こうとする。
だが私は絆から視線を逸らす。

「目、逸らさないで・・・?」

絆は私に触れようとした。
私は反射的に絆を振り返り、手を叩いた。

「触るな。」

絆が私を見る目は少し寂しそうだった。
だがすぐに弱々しくだが微笑んだ。

「ごめんね・・・嫌なこと、しちゃったね。もしよかったら、あたしの住んでる村に来る?」

私を誘っているのか?
やはりただの哀れみか?
まあ、どちらでもいいだろう。
私に行く気はさらさらない。
しばらく黙っていると絆は諦めたように立ち上がった。

「あたし、もう行くね。さっきは、本当にごめんね。明日もまた、ここに来る?」

私は答えない。
ただ絆の目を見ないようにする。
絆は一度しゃがみ、何かを置いてからそのまま立ち去った。
足音が遠ざかる。

完全に絆が見えなくなると私はホッとため息をついた。

「一体何なのだ・・・」

私は先ほど絆が置いて言ったものを見てみた。
木の実か。
・・・・・・。
フッ、余計なことを・・・。

「・・・・・・・・・・。」

なぜだろうか。
何かがおかしい。
いや、もしかしたらおかしいのは周りではなく、この私なのか?
なぜだろう・・・・。

私の心が・・・何かに揺らいでいる。
期待してはいけない何か。
あの太陽のような笑顔に何かを期待するのは間違いだ。
絶対に間違いなのだ。
絶対・・・絶対に・・・。

なのに・・・期待したくなるのはなぜだろうか?
絆に懸けたいと思うのはなぜだろうか?
なぜこんなにも胸が苦しいのだろうか?
絆を遠退けようとしたとき、なぜすぐに言葉を出さなかったのだろうか?
たった一言、もう来るなと、構うなと、いつものようになぜ「呪う」と言えなかったのだろうか?
なぜ何も言えなかったのだ?

絆の寂しそうな微笑を見たときになぜもう見ていたくないと思ったのか。
いつもの私なら私を怖がる他人の顔を、私を見て哀れむ他人の顔をただ冷たく見つめていたはずなのに・・・。

「なぜなのだ・・・・。」

もうわけが分からない。

その時

私の鞄からポケモンが・・・

「ストレーガ・・・」

私のムウマージ、ストレーガが私の意思に関係なく出てきたようだ。
どうも私のポケモンは私の意思とは関係なく出てくることが多い。

また2匹出てきた。

「アウラ・・・アウル・・・」

エーフィのアウラとブラッキーのアウルも出てきた。

そしてもう1匹。

「ルナ・・・」

クレセリアのルナ。

最後に

「スコトス・・・」

ダークライのスコトスまでもか・・・。
みな私を見つめている。
今までにないくらい、穏やかな表情で。

アウラとアウルが私に擦り寄ってきた。
私はアウラとアウルの頭を撫でる。

「今日の私は変か?それとも周りが変なだけなのか?」

ストレーガ、ルナ、スコトスは目を瞑り、まるでそれを否定するかのようだった。

「では何なのだ?一体、何が起こっているのだ?」

ルナは私の持っていた木の実を取り、これが何が起こっているのかを物語っていると言わんばかりだ。
木の実が物語る・・・・

「ウー・・・」

スコトスが何かを言いたげだ。
それで私は分かった。
だが頭が否定している。
そんなはずないと。

「戯けたことを・・・ただの哀れみだろう。」

「フゥワー」

ストレーガは首を横に振り、ルナから木の実をもらい、また私に木の実を持たせた。

「フゥワー」

「キュルー」

ルナもストレーガに賛同するように鳴き声をあげた。
私は木の実を見て絆の笑顔を思い出す。
太陽ような笑顔・・・自分と誰かを元気にさせようとするあの笑顔。

もういっそ、変になったままでいいのかもしれない。
このまま変であってももう構わない。
私は木の実を等分し、みなに1つずつ渡し、口にする。
ただの木の実なのにおいしく感じるのも変のなったせいだろうか。
まあ、それもいいか。

しばらくして私は少しの間はここを休み場とすることにした。
この木も寝心地は悪くない。
下手に村へ行くよりもそっちのほうがいいだろう。
それから時が過ぎ、また夜がやってきた。

「・・・・。」

今、月は三日月。
ルナが喜びそうだな。

「太陽・・・」

ふと月と対になる太陽のことを思い出した。
太陽・・・今は絆の笑顔を思い出す。
結心 絆・・・不思議なひだまりのような少女。
また明日、来ると言った。
明日はなぜだか・・・いい日になりそうだ・・・


次の日。

朝の日差しで私は目を覚ました。
立ち上がり、森の中へ行く。
木の実を見つけ、何個か採った。
そしてまた寝ていた場所へと戻る。

私は湖の中に足を入れて自然の風を感じていた。
しばらくはゆっくりと風を感じることはなかった。
いつも誰が来てもいいように気構えしていた。
少しは休むことが出来たな。

「・・・・。」

私は湖から足を出し、サンダルを履きなおし、また木に寄りかかって座った。
ただゆっくりと時間が流れる。
ふと足音を聞いた。
音がしたほうを振り向く。

そこには絆がいた。

「あっ・・・」

「・・・・。」

絆は私を見つけると優しく微笑んだ。

「ちゃんといたんだね。」

絆は私に歩み寄る。

「昨日はごめんね。悪気はなかったの。だから・・・本当に・・・ごめんなさい。」

頭を下げて私に謝る。

「別に謝罪などいらない。」

私は絆の目も見ずに言った。
たったそれだけのことなのに絆は何を思ったのかまた太陽のように明るい笑顔をこぼした。

「ありがとう!」

私は言われなれない言葉に動きを止めた。

ありがとう・・・?

今まで言われたことのない言葉。
今まで言われることのないものと思っていた言葉。
誰かに会えば恨み言しか言われなかった私に・・・ありがとう?
今度ははっきりと分かる。
私の心が揺れ動いていると。

「隣、座っていいかな?」

絆は私の返事を待たずに隣に腰を下ろした。
しばらく会話はなかった。
最も私が声をかけられても答えないだけなのだが。

「風、気持ちいいね。」

絆は穏やかな顔で自然の風を感じていた。

「あたしね、この森の近くの村に住んでるの。」

絆は自分のことについて語りだした。
正直、あまり聞く気はない。

「あたし、両親がもういないから、今、ずっと1人で暮らしてるんだ。」

その言葉が私の聞く気のない気持ちを変えた。
両親が・・・いない?

「学校にも行って、村でもお手伝いして、ここの木の実とか採って、やっと生活してるの。」

なぜ・・・?

「でもね、あたし、学校であんまり上手くいかなくてそれでよくここに来て、嫌なこと忘れるの。」

なぜ・・・?

「本当に辛くてどうしようもないときもここに来るとね、とっても落ち着くんだ。」

なぜなのだ・・・?

「だから全然大丈夫なの。ポケモンたちもいるし、あたしは1人じゃないから全然大丈夫。」

なぜそんな・・・

「ごめんね、急にこんな話されても困るよね。今のあたしの独り言だから忘れて。
ただ誰かに聞いてもらって自分はもう大丈夫って自信つけたいだけなの。だから忘れちゃって・・・へへっ」

そんな笑顔が出来るのだ?
なぜ太陽のような明るい笑顔が出来るのだ?

本当は・・・

「そうだ、魔女さん。あなたはどういう人なの?」

本当は泣いていたいはずなのに・・・

誰よりも辛いはずなのに

誰かを恨みたいはずなのに

憎みたいはずなのに

なぜそんなに穏やかでいられるのだ?

「魔女さんは・・・」

「うるさい!」

絆は驚いて目を見開いている。
だが何も分からなくなった私を止めることは出来ない。

「なぜだ!なぜそんなに明るく生きられる!なぜ笑顔でいられる!なぜだ!なぜなのだ!
なぜ人を恨まない!なぜ人を疑わない!なぜ人を憎まない!辛くはないのか!
本当に泣きたいのは自分のはずだ!なぜだ!なぜなのだ!」

一気に言ったせいで少し息を切らした。
絆はやがて驚いた顔からまた優しい微笑みを私に向けた。

「辛いから。」

「え?」

「辛いから・・・そうやって生きていくほうがもっと辛いから笑顔で生きていくの。」

絆の言っている意味が一瞬理解できなかった。

「誰かを疑ったり、恨んだり、憎んだりしたことないって言ったら嘘になるけど、あたしは思うの。
そうやって縛られて生きるより、自由に明るく、笑顔で過ごしたほうがずっとずっと楽しいって。
確かに学校の人たちが好きかって聞かれたら正直、好きじゃないって答えると思う。
でもね、そんな小さなことよりもあたしは大きな・・・そう、未来のほうが大切なの。
だから、誰にも分かってもらえなくていいから、頑張って明るく生きようって思えるの。」

絆はずっとひだまりのように温かい笑顔でいる。
この時、私は望んだのかもしれない。

このひだまりの少女のような生き方を私も生きてみたい、と。

絆は私を優しく抱きしめた。

「きっと、魔女さんはそんな辛いことがたくさんたくさんあったんだね。だから誰かを信じるのが、誰かと一緒にいるのが怖いんだね。
でも、大丈夫。きっとあたしがいるから。魔女さんにはあたしがちゃんといるから。魔女さんが辛いときはあたしも一緒に泣いてあげる。

だから、もう大丈夫。」

「・・・・・・。」

絆は私を離し、微笑んだ。

私の今までは一体、何だったのだろうか?
誰にも分かってもらえず、1人寂しく膝を抱えていた。
誰にも知られず、1人で泣いていたときもあった。
ただ辛さに耐え、人を疑い、恨み、憎み、自分を責め続け、全てを否定してきた。
何もかも、絆の優しささえも否定していた。
昨日今日会っただけの人間なのにとても温かかった。
絆ははじめて私を分かってくれた
理解してくれた

受け入れてくれた人間なのだ。

「魔女さんは、もう休んでもいいんだよ。」

その言葉がきっと聞きたかったのだ。
ありがとうと、大丈夫と、1人ではないと。
今まで自分を負の感情に繋いでいた重い重い鎖が解けた気がした。
私は絆に今日採ってきた木の実を1つ、渡した。

「?」

「昨日のものだ。返す。」

まだ素直になれそうにないな。
だが絆はそれを受け取ってうれしそうに言った。

「ありがとう」

言われると少し不機嫌になってしまう。
だが・・・悪い言葉ではないな。

「そうだ、まjy・・・」

「陽月。」

「え?」

「私は白夜陽月だ・・・魔女さんなどという名前ではない。」

初めてだ・・・本当の名前を言ったのは。
だが不思議なことに絆は泣いていた。
私は何かしただろうか?

「ご、ごめ、ほんと、あたし、ダメだな、えへへ。悪いことしたとかじゃないんだよ?ただうれしくてうれしくて・・・。」

うれしい?

「あたし、木の実とかもらったの、はじめてなの。それに名前まで教えてもらって・・・本当にうれしいの。だから・・・よろしくね、陽月ちゃん!」

太陽のような笑み。
そして今、初めて名前で呼ばれた。
ちゃんと私の名前を呼んだ。
呪われ魔女ではなく・・・陽月と。

「あたしたち、ずっと友達だよ。」

「友・・・達・・・・?」

「うん!陽月ちゃんとあたしはもう友達だよ!」

友達・・・
今日はおかしな日だ。
今まで言われなかったことを一度に言われた。
だが、まあ・・・こんな日があってもいいだろうな。

「私は例え誰に何があっても手は出さない。自分の身は自分で守れと思っている。
それでもいいと言うのなら・・・なってやろう。その友達とやらにな・・・絆」

絆は目も見開き驚いていたがやがてまた泣き始め、私に泣きながら抱きついてきた。

「うわーん!ありがとうー!本当にありがとうー!」

泣き止むまでずっとそう言っていた。
おかしな人間と関わったものだ。
まあ、私は絆に名前を呼ばれることになったのだからそれでいいか。

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