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真心文庫
知を司る謎の者
旅が始まってから5日が経った。
しばらく森をさ迷っていた巫女と月光はやっと森を抜けることが出来た。
森を抜けて少し歩いたところには久しぶりに見る街があった。
その街はギリシャ風の歴史がつまったような神聖な雰囲気を漂わせていた。
そのためか街の人たちのつれているポケモンはヤミカラスやホーホー、ヤドキングやペルシアンと言った比較的に知恵がありそうなポケモンが多かった。
巫女と月光は古代建設物のような大理石で出来たアーチ型の入り口をくぐり、街に入る。
街はとても静かでたまに道行く人たちの小さな笑い声が聞こえるくらいだった。
街の子供たちも本を読んだり、手遊びをしたり、昼寝をするぐらいで特に追いかけっこや大騒ぎはしていない。

「知的な街ね。」

「今までは騒がしいのが多かったからな。たまにはこういうのもいいだろう。」

「ええ。」

2人は街の一本道を歩き続け、大きな噴水のある大きい広場に出た。
噴水の真ん中にある銅像は古代ポケモンを模ったものらしく、歴史的な雰囲気を漂わせた。
噴水の色は少し変わっていて月の光のように青白い色をしていた。
巫女と月光は噴水の近くにあったベンチに腰掛けた。

「とても静か・・・まるで自分を見つめなおすために
ある街だわ。」

「そうだな・・・ここにいると今までの自分を思い出す。ここで新しい何かを見つけるのかもな。」

2人はとても安らいだように呼吸していた。
巫女は目を瞑り、わずかにふく気持ちのいい風を感じていた。
風を受けて、近くにあった木の枝も揺れる。
そんな些細な音もよく聞こえる。
巫女は目をゆっくり開けた。
隣にいる月光が動かずにいるので顔を覗き込む。
月光はいつの間にか眠っていた。
それも仕方ないだろう。
月光は巫女が泥だらけで戻ってきた日から、巫女を気にかけてあまり寝ていなかったのだ。
あれから2日もずっと寝ずにいたのだ。
巫女は安らかに眠る月光に微笑んだ。

「ありがとう・・・月光。」

月光に寄り添い、その肩に自分の頭を置く。
グラエナの時のように月光は温かかった。
巫女はゆっくりと目を瞑り、いつしか眠りについてしまった。
その様子を1匹の自分で持ってきたのであろう杖に止まっている鳥ポケモンがとても微笑ましく見ていた。
そのポケモンの翼は大分前から使われていたように他の鳥ポケモンよりも色が濃かった。
そして胸にある逆三角形の模様もやや黒くなっていた。
このポケモンはヨルノズク。
フクロウポケモン。
この街では知を司るポケモンとして知られている。
そんなポケモンに1人の白いローブをはおり、噴水の銅像と同じポケモンが描かれている大きい杖を持った少年が近づいた。

「ここにいたのか。」

「あなた様から来るのは珍しいですな。」

「『予知の水晶』が彼らが来ることを教えてくれた。」

「ホッホッホ。そうですか。今そこにおりますぞ。」

ヨルノズクは片翼をベンチに座って安らかに眠る巫女と月光を示す。

「思ったよりはやく来たな。」

「そうですな。もう少し時間がかかると思っていましたが・・・きっとこれも我々の運命(さだめ)でありましょう。」

「運命・・・か。この運命が彼らにとって幸せとなるか悲しみとなるか・・・見届けよう。」

「ホッホッホ。そのつもりです。」

少年とヨルノズクは巫女と月光をいつまでも見守っていた。
その目には少しの期待と悲しみがあった。

「思ったより、はやくなってしまいそうだな。」

「それもまた運命・・・彼らの成長を見守ってやろうではありませんか。」

「あの少年とそのポケモン、そして巫女の持つポケモンたちには残酷なことになるだろうな。そしてこの先で出会う仲間やポケモンたちにとっても・・・な。この旅の最終地点で全てが決まる。未来の全てが決まる。」

少年は踵を返し、歩き出す。

「どこに行くのですか?」

「先に部屋で待っている。目を覚ましたら道案内を頼む。」

「今は起こさないのですかな?」

「少し安らかに眠らせてやれ。もう少しだけ、この平穏な時間を過ごさせてやりたい。急がなくてもいずれはそうなってしまうのだ。今だけでも安らかに・・・。」

少年はそのまま一本の道を歩き出した。
ヨルノズクは少年の後姿を見送り、また巫女と月光を見守った。

「今だけの平穏・・・ですな。これから先、こんなにゆっくりは出来なくなりましょう。今は安らかであれ。」

ヨルノズクは2人は見守り、つぶやいた。
これから本当の旅が始まる予感を心の隅で感じながら・・・。

しばらくすると月光は目を覚ました。
肩に何か温かいものを感じ、振り返る。
巫女が頭を乗せて眠っていた。
この状況に月光は思わず顔を赤くした。
何とか起こさないようにどこうとするが身体が思うように動かない。
月光はしばらくそのままでいることにした。
数分して巫女が起きだした。

「大丈夫か?」

月光が巫女に聞く。
巫女は月光が起きているのに気づいた。

「ええ・・・ごめんなさい。眠りすぎてたわ。」

「別に構わない。」

月光は立ち上がった。

「そろそろ行くか。」

「ええ。」

巫女も立ちあがり、2人で必要なものを買いに行こうとしたときだった。
ヨルノズクが杖を器用に使ってジャンプでやってきた。

「お待ちなさい。」

ヨルノズクは2人に声をかける。
2人は杖でやってきた謎の老人ヨルノズクを不思議そうに見ていた。

「わしはヨルノズク。そこのお嬢さんは巫女さんだね?」

「そうですけど・・・なぜ私の名前を?」

「ホッホッホ。それは後で分かることです。そこの坊ちゃんの名前は?」

「月光だ。」

「月光さんか。2人に会いたいというお方がいらっしゃる。ついてきておくれ。」

ヨルノズクはそういうと広場を出て一本道を杖でひょんひょん跳びはじめた。
巫女と月光は何があったのかよく分からずにいる。
ヨルノズクは2人がついてきていないことが分かると一度止まった。

「ほれ、はやくきなさい。」

2人は顔を見合わせ、とりあえずついていくことにした。
ヨルノズクは杖で跳んでいるのに結構素早い。
巫女と月光は早歩きでなんとかついていけているぐらいだ。
一本道を歩いていると突然ヨルノズクは右に曲がった。
巫女と月光は慌ててヨルノズクを追う。
そこには1つだけ細く薄暗い道があった。
ほとんど誰も通っていないためかクモの巣もはりついている。
唯一ヨルノズクの通っている場所だけは誰かが最近通ったようなあとがあった。
その部分を巫女と月光も歩く。
しばらくすると木で出来た扉が見えてきた。
周りはレンガの壁でツタがはりつき、コケも生えている。
その木の扉だけきれいにされている。
ヨルノズクは杖を使って扉をノックする。

「つれてきました。」

しばらくして扉はゆっくりと音を立てて開いた。
ヨルノズクは慣れた様子で中に入る。
後ろにいた巫女と月光に肩翼で手招き(?)する。
2人も中に入った。
中は本がぎっしり詰まった棚や薬のようなものが入ったビンを並べた棚、たくさんの色に輝くビー玉の入った小さな箱を置いたテーブル、光の加減によって色の変わる水の入ったガラスの水瓶があった。
部屋は小さく薄暗かったがたくさんのもので彩られていた。
巫女と月光は中にある数々のものに見惚れていた。
どれも価値があるとは言えなさそうだがとても懐かしい雰囲気のものばかりだった。
ヨルノズクはさらに奥の部屋へ向かう。
2人もその後を追う。
奥の部屋には暖簾(のれん)がかかっていて、その中に何があるのかははっきりとは分からない。
ヨルノズクはその暖簾をくぐる。
巫女と月光は少し顔を見合わせたが決心したように暖簾をくぐった。
その部屋も広くはなかったが小さな座布団のようなものの上にはきれいな水晶が置いてあったりとさきほどの部屋と同じように彩られていた。
「やあ、来てくれたのか。」

巫女と月光はヨルノズクとは全く別の若い少年の声を聞き、奥の真ん前で座っていた白いローブを着たさっきまでいた広場にあった噴水の銅像と同じポケモンが彫られている大きな杖を持つ少年に気がついた。

「待っていたぞ。」

「あなたは?」

「我が名は空。この街唯一の占い師だ。」

「占い師?」

「ああ。立っているのも疲れるだろう。そこに腰掛けてゆっくりするといいぞ、巫女。そして・・・月光と言ったな。」

「え、あ、はい、ありがとうございます・・・って、なぜ私たちの名前を?」

「それも説明する。とりあえず、座れ。」

2人は黙って空の言う通り、ふかふかの絨毯が敷かれた床に巫女は正座で月光はあぐらをかいて座った。

「長旅で疲れただろ。これをやる。」

空は2人に液体の入った小瓶を渡した。

「匂いをかぐといい。疲れが取れて落ち着くぞ。」

巫女はとりあえずふたを開けて匂いをかいでみた。
とてもいい匂いで疲れが和らいだように感じた。
それを見て月光もふたを開けて匂いを少しかいでみた。
月光も少し気持ちが落ち着いた。

「それはわたしが調合したものだ。よかったら、もらってくれ。」

「ありがとう。」

巫女は笑顔を空に向ける。
空はその笑顔を見て、少し悲しそうな目をした。
だがすぐに元に戻って話を続けた。

「まず、わたしが君たち2人のことを知っている理由のことだが、月光のほうはヨルノズクに聞いたからだ。」

空はずっと隣で眠そうな顔をして杖に止まっているヨルノズクを指差した。

「じゃあ、なぜ私のことを?」

巫女は空に聞いてみる。
空は少し黙っていたがまた口を開いた。

「それは嫌でもあとで分かるだろう。心配するな。わたしは占い師でもある。それで分かったというのも1つの答えだ。」

巫女は首をかしげた。

「まあ、そんなことはどうでもよい。実は君たちに助けて欲しいのだ。」

「助け?」

巫女と月光が同時に聞く。

「ああ。実はこの街に『神秘の涙』という石があるうのだがそれが盗まれてしまったのだ。」

「これです。」

ヨルノズクはどこから持ってきた本を月光に渡した。
巫女も本を隣からのぞきこむ。
そこには雫の形をした白とも青とも言えない色の石が描かれていた。

「きれいな石ね・・・」

「それはここに代々から伝わる石でな。本来なら月の光が100年の中で一番輝かしい日にあの広場にある噴水の銅像の目から零れ落ちる唯一無二の石なんだ。その石は使い方によって幸福にも地獄にもなる。」

「なぜ幸福にもなれば地獄にもなる石なんだ?」

月光が聞く。

「あの石は100年に一度、1つだけ1人の人間の願いを叶えてくれると言われている。願うものによって幸福にも地獄にもなるということだ。」

2人はもう一度本に描かれている『神秘の涙』を見てみる。
銅像の目から零れ落ちるということは相当小さな石なのだろう。
そんな小さな石に願いを叶えられるような力があるのは不思議だった。


「盗まれたということはこれはもうすでにあの銅像から零れ落ちているということなの?」

巫女が聞く。

「飲み込みが早いな。この石はもう2日ほど前の月の光であの銅像から零れ落ちている。そしてこの石が地上に存在できるのは2日後までなんだ。あれをまた噴水に持って行き、光に当てて銅像へ返さないとあの石は消えてなくなる。あれは月の光があるから存在できる石なのだ。なくなれば、もう二度と願いを叶えることができなくなる。」

「盗まれたことは街の人間は知っているのか?」

月光が疑いの眼差しを向けながら聞く。

「ああ。だから、今日は人が少ないのだ。あまり人を見かけなかっただろ?特に男たちはみなかったはずだ。」

確かにここに来るまでに人をあまり見かけていない。
そしてこの街に着てから1人としてこの街の男性を見ていない。

「男たちは今、神秘の雫を探しに森へ出かけている。帰ってくるのは3日後になるだろうな。」

「森まで探しに行くほどその石は大切なの?」

「あの石はこの街の水を司っているようなものなのだ。あの銅像から石がなくなるということは近いうちに水がなくなるということなのだよ。」

「水を司っているの?」

「1000年前のこの街は水不足で次々に死者を出した。だが1000年前、この街へ1人の旅人がやってきた。旅人は水不足による死者のことを知り、救ってくれた者なのだ。旅人はこの街を救う方法を考え、そして満月島という島へ行き、あるポケモンに出会った。そのポケモンの名はクレセリア。噴水の銅像はそのポケモンを模ったものなのだ。旅人はクレセリアに自分の全てを話した。そしてこの街のこと・・・。水がないだけで死者を出すような事態に何も出来ず、助けがほしいと旅人は言った。旅人は救いを求めて涙を流したのだ。その涙をクレセリアが本物と知った。クレセリアも涙を流した。クレセリアの流した涙が『神秘の涙』だ。クレセリアは旅人に自分の涙を渡し、1つだけなら願いを叶えることができることを伝えた。そしてその涙が現れるのも100年に一度の月が一番輝かしい夜。地上に姿を現すことが出来るのは6日だけとな。6日のうちに月の光を与えなければ消える。そして願いの力は石がある限り続くと。旅人はそれをこの街に持ち帰り、欲のためでも自分のためでもなく、この街のために石の力を使い、たった1つの願いを使った。旅人は永遠の英雄となったのだ。旅人の銅像はこの街にある塔の前に立てられ、クレセリアの銅像は噴水に作られた。そして石はクレセリアの涙としてクレセリアの銅像に納められ、100年に一度、石の涙を零すようになったのだ。」

空の少し長い説明を静かに聞いていた巫女と月光は顔を見合わせた。

「この街の生活はあの噴水によって成り立っている。だから、わたしたちにはあれが必要なのだ。」

「だからと言って、何で俺たちが手伝わねばならないんだ?」

「お前たちはここに来るまでに強いポケモンたちを仲間にしているからだ。」

2人は驚いた。

「なぜ、あなたが知っているの?」

「この『予知の水晶』が教えてくれたのだ。2日前、『神秘の涙』がなくなったから探してほしいという頼みがきてな。そしてこの水晶で探していたら、お前たちが映った。『予知の水晶』は石を見つけ出せる人間を見つけて、それをわたしに見せたのだ。だからお前たちには助けてほしい。」

空は目をつぶり、頭を下げた。
巫女はそれが空の本当の気持ちなのだと知った。
そして巫女は笑顔でうなずいた。

「探しましょう。」

「は?」

「っ・・・」

「ほほう」

月光、空、ヨルノズクは驚いた。
まさか本当にいいと言うとは誰も思っていなかったのだろう。
特に空ははじめから無理と分かっていて頼んでいたのだった。

「お前っ、本気か?」

月光は巫女に聴く。
巫女は笑顔で月光を振り向き、うなずいた。

「だって、この街は約束しているのだから。クレセリアとその旅人と。その約束を守らせてあげたいの。」

「約束ですか?」

ヨルノズクが180度頭を傾けて聴く。

「ええ。石をずっと守り続けること・・・それをこの街は知らずに約束している。だから、守らせてあげたい。」


月光はかなり考えていた。
巫女は言ったら聴かないことはこの数日一緒にいたことで理解した。
だがこのままこの街だけで数日を費やすのも気が乗らない。
意志が強いのはいいが何も知らない人間から、しかもよく分からない少年からの頼みを引き受けるのはどうかと思う。
今回は本当に無茶苦茶だ。

「ところで何の旅をしているのだ?」

不意に空が聴いてきた。

「え?えっと・・・・その・・・・」

巫女は話すのを躊躇った。
それもそうだろう。
異世界に戻るという目的の旅を信じてもらえるだろうか?

「何を言われてもわたしは驚かない。例えそれが非常識なことだったとしてもな。」

まるで考えていたことを見透かしたように空は言う。
巫女は決心したのか話しはじめた。

「私は・・・私はこの世界で言う異世界から来たの・・・。」

「ほう」

ヨルノズクが興味をもったように細かった目を少し大きくする。

「私たちはその異世界へ戻る方法を探すために旅をしているの。だから・・・」

「そうか。ではこのまま旅を続ければお前は異世界に帰れるのだな。」

月光はその言葉を聞いてさっきまでの「協力はできない」という考え方が変わった。
なぜだか分からない。
だがこのままでは巫女が思ったよりもはやくいなくなる気がした。
ここでもう少し時間を使ったほうがいいかもしれない。
月光はそんなことを考えていたことに気がつかない。
ただ無意識にそう思った。
月光はため息をついた。

「分かった・・・手伝う。」

巫女はうれしそうに笑った。
月光はまたあの温かさを感じた。
空とヨルノズクはそんな2人を微笑ましく見ている。

「本当にすまないな。わざわざこんなところに来てまで休む暇も与えてやることが出来ない・・・」

空は少し寂しそうな顔をした。
だが巫女と月光が顔を見合わせ、月光が小さくうなずく。
巫女は微笑んだ。

「大丈夫。気にしないで。休む時間ならいくらでもあるのだから。」

空は少し微笑んだがそれも寂しそうな笑顔だった。
そして小さくつぶやく。

「もう、そうゆっくりは出来なくなるかもしれない・・・」

「え?」

巫女は空が何か言ったことが聞き取ることが出来なかった。

「いや、何でもない。でも・・・そうか、それならよかった。わたしも力の限りは尽くす。なるべくお前たちに負担をかけないようにする。」

空は決意のある顔でそう言った。
巫女と月光もうなずいき、同時に言った。

「ええ」「ああ」

空は大きくうなずいた。

「今日は街の中を見て回るといい。運がよければ落ちているかもしれない。それにこの街のことをよく知っておいて欲しい。」

「そうするわ。」

「そろそろ行くか。」

巫女と月光は立ち上がり、暖簾をくぐって外に出た。
木の扉がきしみながら開き閉まる音がした。
空とヨルノズクは少しため息をついた。

「まさか本当に受けてくれるとは思っていなかった・・・。」

「そうですな。こちらとしては都合がよいことにはよいのですがやはり、まだ信じられません。」

「巫女・・・あいつは人の純粋な心だけで動いている。その真っ直ぐな意志が人を動かす。月光が惹かれるわけだ。」

「あなた様も惹かれましたか?」

「そういうことではない・・・ただ、姉さんを見ているようだ。姉さんがいるような錯覚がほんの一瞬あった。あの笑顔は似ていた。」

「聖様のことですな。確かに巫女さんは聖様に似ていらっしゃる。あなた様の生き別れたお姉様に・・・」

「今頃、どうしているか・・・わたしのただ1人の親族・・・姉さんはわたしのことを思い出しただろうか・・・」

「あのお方は今、ある街でポケモンたちの魂をおさめる仕事をしていると聞いております。きっと、心安らかにしておりますでしょう。」

「・・・そうか。」

空は安心したように微笑み、それ以上は何も言わなかった。
ただただ何もないことに安心したように・・・。

「さあ、あの2人のために今日の分の食事を作ろう。あとでここに泊まるように呼んできてくれ。」

「はい。」

空も立ち上がり、外に出た。
ヨルノズクは久しぶりに見る空の穏やかな顔を見れて少しうれしそうだ。

「聖様のことを考えていらっしゃる。いい子に育ちましたよ。」

ヨルノズクは空が座っていたところのその奥にある写真たてに向かって呟いた。
写真立ての中には1枚の微笑むおじいさんの写真が入っていた。
ヨルノズクも杖を器用に操り、外へ出た。

巫女と月光は街を回っていた。
改めて街の落ち着き、知的な雰囲気を感じていた。

「本当に落ち着いた街ね。」

「この街のほとんどが知を司ると知られているポケモンだな。」

道を歩いていると向こう側から学校から帰ってきたような2人の女の子たちが楽しそうにおしゃべりして歩いているのが見えた。
女の子たちが2人とすれ違うときにクスクスと笑い始めた。

「へへ、かっこいいね・・・」

「付き合ってるのかしら・・・?」

小声でそう言ってすれ違うのだった。
月光は少し顔が赤くなった。
巫女と月光は顔を見合わせた。

「何か笑われることでもしてしまったのかしら?」

巫女は何があったのかよく分からない。
月光は自分しか分かっていないことにさらに恥ずかしくなった。

「顔赤いわよ?風邪?」

巫女に指摘され素っぽを向く。

「何でもない。さっさと行くぞ。」

月光は歩き出した。
巫女もその後を追う。
並んで歩いた。
さっきのこともありなかなか話すことができない月光。
そんなことは気にしていないがただ黙って歩き続ける巫女。
ずっと会話がないまま、いつの間にか街の中にある丘の上についてしまった。
そこにはクレセリアの描かれた大きな杖を持った人間の銅像と役場のような大理石の建物があった。
この銅像は空の言っていた1000年前にこの土地を訪れた英雄の銅像だろう。

「これが旅人の銅像か。」

「そうみたいね。空もここにあると言っていたし・・・。」

旅人の銅像は噴水のある広場を眺めるように作られていた。
クレセリアの銅像を見守っているのだろうか。
巫女は銅像に少し違和感を感じた。
腕を組み、考えるポーズをとっている。

「どうした?」

何かを思い出そうとしている巫女の姿が気になり聞いてみる。

「これ・・・さっきも見たことあるような・・・」

巫女は少し目を瞑り、今までのことを思い出しいてみる。
クレセリアの噴水のベンチで眠り、目覚めたらヨルノズクがいて空の場所へ案内され、ヨルノズクについて行き、空の家に着き、初めて空と対面して・・・

「そう・・・」

巫女は思い出し、目を開ける。
この見たことあるような違和感・・・旅人ではなく杖のほうだ。
空が持っていたのと全く同じ杖。
でもなぜ空が持っているのだろうか?

「この旅人さんの持っている大きな杖、空が持っていたものと同じものね。ほら、クレセリアの絵が描かれてる。」

「ん?」

月光も目を凝らして見てみる。
だが目が悪いのか小さいものが見えない。
胸ポケットからメガネを取り出しかける。

「ああ、確かに描かれてるな。」

巫女はメガネをかけた月光を見ている。
その視線に気がつき、巫女を振り返る。

「何かついてるか?」

「いいえ。ただ、初めて会った時もメガネ、かけてた気がしたから・・・目、悪いの?」

「少しな。小さいものがよく見えないんだ。変か?」

「変じゃないわよ。メガネ、似合ってるから。」

微笑みながら褒められ(?)た。
どうも巫女の笑顔に弱い月光である。
話題を変えようとして話始めた。

「空はあの杖をどこで手に入れたんだろうな。」

「分からない。でも空がこの旅人、もしくは旅人に関係するものと繋がっていることは確かね。」

月光はメガネをはずし、元も場所に入れた。

「とりあえず、この建物・・・多分、役場だな。『神秘の涙』が盗まれた時のことを聞いてみよう。」

巫女はうなずき、建物中へ向かった。
建物の中に入るとそこには大理石で作られた床が広がり、天井にはシャンデリア、受付の後ろにはクレセリアが旅人に雫の形をした石を渡すシーンの描かれたステンドグラスがあり、役場にしては豪華すぎる。

「すごい・・・わね・・・・」

「本当に役場・・・なのか?」

驚きながらも受付へ向かう。

「古代歴史美術館へようこそ。何かお困りですか?」

受付の女性は笑顔で言う。

「え、ここは美術館なのですか?」

「はい。こちらはこの街の歴史を知ることの出来る美術館です。博物館、とも言えますが美術品が多いのでここでは美術館と呼んでおります。」

「ここにはどんな歴史的美術品があるんですか?」

「主に古代遺跡から発掘された骨董品が多いですね。」

「ここで昔の歴史を知ることは出来ますか?」

「はい、出来ますよ。何か知りたいことがありましたら、わたくしに言ってくださればお教えすることが出来ます。」

2人とも笑顔で受け答えしている。
月光はそれが少し奇妙に思えた。

「『神秘の涙』という石がこの街にあると聞いたのですが、一体、どういうものなのですか?」

受付嬢が自分の後ろにあったステンドグラスを紹介するようにしながら歴史について教えてくれた。

「『神秘の涙』は1000年も昔にこの街に訪れた旅人が満月島に住むと言われている幻のポケモン、クレセリアからもらい、残して行ったものです。このステンドグラスに描かれている絵がその時の様子です。」

受付嬢は説明を続ける。

「この『神秘の涙』は100年に一度だけたった1人の人間の願いを叶えてくれると言われています。石は100年に一度、月がもっとも輝く日に広場にある噴水のクレセリアの銅像の目から零れ落ちます。」

「その石は今、見ることは出来ますか?」

巫女はなるべく自然に「神秘の涙」の情報を得ようと質問した。
受付嬢は首を横に振り、少し厳しい顔つきで答えた。

「申し訳ございません。今その石を見ることは出来ません。」

「それは一体・・・?」

「実はつい先日、石は零れ落ちたのですがそれが誰かに盗まれてしまったのです。」

「盗まれた?」

「はい。その日はとても暗い夜で石が盗まれたのは石が零れ落ち、それを長老が拾ったときでした。長老が石を安全な場所へと移そうとしたときに煙球が放たれ、気がついたときには石はなくなっていました。」

「その時、長老の他に誰かいたのですか?」

「長老と長老の護衛2人です。」

「その2人は疑われなかったのか?」

月光が巫女の意思を察したらしく、ごく自然な質問をした。

「2人は確かに疑われましたが何も出てきませんでした。」

「そうなんですか・・・」

「あ、でも・・・」

巫女が少し諦めかけていた時、受付嬢は思い出したように口を開いた。

「その2人のうちの大きい人が口の中が痛そうにしてました。」

「はい?」

「えっと・・・頬っぺたを押さえて痛そうにしてたんです。」

いきなりのことで何か手がかりになると思ったが特に何もなかった。
月光は期待はずれな言葉に少しため息をついた。
だが巫女は何かを考えている。

「では私たちはこれで失礼しますね。色々話してくださりありがとうございました。」

「いいえ。またお越しくださいませ。」

巫女と月光は外に出た。

「結局、収穫はなしだったな。」

「そうね・・・でも、何か気になるわ・・・」

巫女はまた考えはじめた。
2人の護衛に大男のほうが口の中を痛そうにしていた。
その点に何か引っかかっているのだ。
何だろうか・・・何か気になる・・・。

「次はどうする?このまま聞き込みでも続けるか?」

「今日は多分、あまり収穫の期待は出来ないわ。もう夜も近いし、空の家に戻りましょう。」

気づけばもう夕暮れ時だった。

「そうだな。」

2人は空の家へ戻った。
家に入ると香ばしい匂いがした。
そこには既に空と空のポケモンたちが巫女と月光の帰りを待っていた。

「ご苦労だったな。食事は用意しておいた。今日はここに泊まるといい。」

巫女と月光は顔を見合わせうなずいた。

「ポケモンたちの分も用意しておいた。みな空腹であろう。」

「いいの?」

「ああ。頼んでいる身だ。これくらいのことはさせてもらう。」

「・・・ありがとう。」

巫女は微笑んだ。
そしてモンスターボールを2つ取り出し、バシャーモとキルリアを出した。

「バシャーモ。キルリア。」

バシャーモは静かに腕を組みながら立ち、キルリアは巫女を見つけると巫女に抱きついた。

「巫女ちゃん!」

いきなり抱きつかれた巫女は少し驚いたが優しく頭を撫でた。

「どうしたの?」

「何でもないよ。でも巫女ちゃんが大好きだから」

キルリアはうれしそうに頬を寄せる。
巫女も微笑んだ。
その姿を見て空は悲しそうな笑顔を見せた。

「月光のポケモンたちの分も用意してある。」

空はポケモンを出そうとしない月光に言った。

「そうじゃない。それはありがたいが1匹、デカイやつがいるからここに入るかどうか・・・」

「ああ、そのことなら気にするな。この部屋は小さく見えるが実際は大きいんだ。あと10匹は入る。」

「・・・・悪いな。」

月光はボールを3つ出し、ロゼリア、グラエナ、ボーマンダを出した。

「飯か?」

出てきて早々ボーマンダは聞く。
月光は少し呆れた。

「食い意地メタボ・・・・」

ロゼリアは少し怪しく笑いながら言った。

「んだとこのガキ」

「誰もあんたには言ってないよ、バカじゃないの?自分で認めてるの?」

ボーマンダがキレる寸前だった。

「喧嘩するならお前らは食うな。それと外でやってくれ。」

月光はあえて止めずにそういった。
ロゼリアとボーマンダは少し落ち着こうとした。
グラエナとバシャーモは小さなため息をつく。
このふたりは結構仲がいいみたいだ。
バシャーモが立っているときグラエナはその隣で姿勢よくお座りしているのを見かけるのが多い。

「ホッホッホ。今夜は賑やかな夜になりそうですな。」

ヨルノズクはのんびりして言った。

「ところで、そこにいるのは?」

巫女は家に入ってからずっと気になっていたことを聞いた。
空の隣にいるもう1匹のポケモン・・・ネイティオのことだ。

「こいつはわたしのポケモン、ネイティオだ。無口だが物知りだ。」

「・・・・・・」

ネイティオはずっと無言で空の座っている席の隣に立っていた。
鳴き声も発することはない。

「はじめまして。私は巫女。よろしくね。」

巫女は一応、挨拶しておいた。
ネイティオは礼儀正しくお辞儀をしたが何も言わなかった。

「・・・・・・・・」

「特にこいつは寡黙なんだ。何も言わなくても気を悪くしないでほしい。人と関わるのが少し苦手なんだ。」

空は自分のネイティオについて説明してくれた。

「寡黙か・・・・」

月光はネイティオを見て言った。
ネイティオと月光の目が合い、ネイティオはまた礼儀正しくお辞儀をした。

「礼儀正しいんだな。」

「・・・・・・・・・。」

それ以降、ネイティオはただ黙って立っていた。

「大人しいのね。」

「ただ単にしゃべらないだけだろ;」

「そうだな。こいつは必要最低限のことを本当に必要な時にしか話さない。わたしもたまに何がしたいのか分からなくなるよ。」

巫女はネイティオを見つめていた。
話し出すのを待っているのだ。
だがネイティオは巫女の視線に気づいていても横目で眺めるだけだった。
その時、巫女の顔に水がかかった。

「!?」

「何だ?!」

月光が辺りを見渡す。
バシャーモやキルリア、グラエナ、ロゼリア、ボーマンダも警戒して周りを見渡す。
だが何もいない。

『クスクスクスっ。』

「何?」

「ケーシィか。」

空がつぶやいた。
空の後ろから空中に浮いているポケモン、ケーシィが出てきた。

『クスクスクスっ』

「その子は?」

「ケーシィだ。テレパシーで言葉を人に伝える。イタズラ好きでな。さっきの水もこいつの仕業だ。まだ子供なんだ。すまないな、巫女。」

「別に大丈夫よ。でも、すごいわね。テレパシーで言葉を伝えるのは。」

『クスクスクスっ。おもしろーい!おもしろーい!』

ケーシィは宙返りしながら楽しんでいた。

「物騒がせですね、ケーシィ。」

キルリアがため息混じりに警戒を解いた。

「全くだぜ。」

ボーマンダも無駄な緊張感で疲れたらしい。

「やるならもっと上手くやってよね。」

ロゼリアは呆れることはせず、逆にアドバイスをあげてしまった。

「はぁ・・・・」

バシャーモとグラエナはため息をついた。

「お前のポケモン、俺たちに負けず劣らず個性がすごいな。」

月光が空に言う。

「そうだな。だが、どのポケモンにも個性はある。それに個性があるのはいいことだ。みんな違うから楽しいではないか。」

「そうね。よろしくね、ケーシィ。」

巫女はケーシィに手を差し伸べる。

『よろしくー!クスクスクスっ。』

ケーシィはまた宙返りをして、今度はテレポートで巫女の後ろに行き、抱きついた。
巫女は少し困ったように笑っていたがすぐに優しく微笑んだ。
キルリアはそれを見て、頬を膨らませた。

「むぅ」

それに気づき、巫女はキルリアにも手を差し伸べて微笑んだ。
キルリアはそれがうれしかったのか巫女にまた抱きついた。
それを月光や空たちが微笑ましく見ていた。
食事も終わり、賑やかな夜は終わった。
ポケモンたちは寝静まり、空や月光も寝息をたて始めた頃。
巫女は1人寝ずに空の家にある窓から夜空を見上げていた。
見事な月が優しい光で輝いている。

「(月・・・・・こんなにゆっくりと夜空を見上げたのはいつかしら?思えば今までずっとまともに休んでいなかった気がする。向こうの世界では休みなく、ただ無我夢中に動いて家では精一杯明るく振舞った。でも、1人になるとやっぱり寂しくて、暗い部屋にいると孤独という空間に取り残された。暗くて狭い場所・・・私には恐怖だったと思う。今では途切れ途切れにしか向こうのことを思い出せない。でも、一番思い出せない記憶がここに来る前に見たはずの夢の話とここに来る前の向こうの記憶・・・・一体、私に何があったの?私は何をすればいいの?このまま旅を続ければ見つかる?)」

巫女の心の中には不安がよぎる。
そして声に出してつぶやく。

「誰か・・・・私に教えて?」

その言葉を最後に巫女はその場で眠りについた。
そのつぶやきをいつの間にか目を覚ましていた空に聞かれていたことを知らずに。

次の日、早朝。
まだ日も昇らない暗い朝に空はヨルノズク、ネイティオ、ケーシィとともに目を覚まし、外に出る準備をした。
月光はボーマンダの背中に寄りかかり、ボーマンダは大きなイビキをかき、グラエナはロゼリアを背中に乗せて、ロゼリアはグラエナの背中で身体を休め、バシャーモは壁に寄りかかるようにあぐらをかいて座り、キルリアはバシャーモによっかかるように眠っていた。
そして巫女は窓際で1人、膝を抱えて眠っていた。
ヨルノズク、ネイティオはそれぞれに毛布をかけた。
ケーシィも1人眠る巫女を毛布にくるめた。
空は静かに朝の食事を用意し、おじいさんの写真の入った写真たてと自分でつくった特性の薬、「予知の水晶」、その他大切なものを小さな肩がけ鞄の中に入れ持った。
そして1枚のメモに朝の食事は用意しておいたこととここを去ることを書いておいた。
1人ひとりを空はゆっくりと微笑みながら見渡した。

「・・・行くぞ。」

空は羽織ったローブを翻し、扉を開けてヨルノズク、ネイティオ、ケーシィとともに出て行った。

その音に気づき、キルリアだけが目を覚ました。
キルリアは閉まろうとする扉を見つけ、完全に目が覚め、みんなを起こさないように素早く外へ出た。
外に出て見つけたのは出て行こうとする空たちだった。

「あの・・・・?」

キルリアはこんな朝早くからどうしたのか気になり、声をかけた。
空たちは振り返る。

「キルリアか。」

「どこか、行くんですか?」

「・・・・ああ。」

「あの、すぐに戻ってくるんですか?」

「・・・・・・いや、多分、しばらくここには戻らない。」

「え?」

空はキルリアに言う。
キルリアは何が起こっているのかよく分からなかった。

「何でですか?」

「・・・・・・・・・・」

空は答えずにまた前を向き、歩き出そうとした。

「待ってください!答えてください!」

なぜかは分からないが空をここから行かせてはいけない気がした。
空は何かを知っているよう気がした。
何を知っているかも、そもそも何を知る必要があるのかもよく分からない。
だが行かせてはいけない気がした。
これから起こる、何かのために・・・。
空は今度はキルリアを振り返らずに答えた。

「わたしの今回の役目は終わった。もうわたしがここにいる必要はない。あとはお前たちが決め、進むんだ。」

「役目?」

「ここにわたしが長くい過ぎれば、きっともう何も出来なくなる。いや・・・わたしが出来なくさせてしまう。だから今、ここを去るのだ。次のわたしの役目まで・・・な。」

「それって・・・?」

「もうわたしは行く。いつかまた、近いうちに会えるだろう。ではな、キルリア。それまでの別れだ。」

また歩き始める空を止めようとする。

「待って!まだ聞きたいことが・・・!」

後を追おうとするキルリアにヨルノズクは催眠術をかけた。
キルリアはいきなりの催眠術をまともにくらい、ウトウトしながらも空を追おうとした。

「まっ・・・て・・・」

「また会うときまでの別れだ。それまでしっかり守ってやれ。キルリア・・・巫女を頼むぞ。」

その言葉をウトウトしていたキルリアは途切れ途切れに聞き、そのまま眠りについてしまった。
次にキルリアが目覚めたのは朝日が昇って1時間が経った頃だった。
いつの間にか昨晩寝たときのようにバシャーモに寄りかかって眠っていた。
辺りを見渡す。
みんな変わらず眠っていた。
さらに辺りを見渡す。
そこに空の姿はなかった。
ヨルノズクもネイティオもケーシィも・・・
あれは夢だったのだろうか?それとも現実?
キルリアは目をこすり、背伸びをしてから頭を横に軽く振った。

「(何だったのかな・・・夢?にしてはすごく現実的で・・・でも空さんたちもいないし・・・本当に行っちゃったのかな?)」

キルリアは起き上がり、机の上を見てみる。
そこには全員分の食料とメモが1枚。
メモにはこう書いてあった。

“いきなりですまない。
わたしはここを去ることにした。理由については、今はまだ話すことはできない。
だが、また近いうちに必ず会うことになるだろう。
それまでの別れだ。
全員分の食料を用意しておいた。
巫女、月光、本当にすまないな。
お前たちに頼みごとをしておいて、すぐに出て行くことになってしまった。
わたしの無茶な頼みを聴いてくれたことに心から感謝する。ありがとう。
石がこの地上にいられるのは今日の月が輝く時だ。
もう探さなくてもよいぞ。
これはわたしの勝手だったのだからな。旅を続けるとよい。
わたしはこれで失礼する。
またいつか・・・。”

やはりあれは夢ではなかった。
キルリアは深くため息をついた。
少しして巫女が目を覚まし、キルリアに気がついた。

「キルリア・・・?」

名前を呼ばれて巫女を振り向く。
キルリアはすぐに笑顔になり、巫女の元へ駆け寄り、その勢いで抱きついた。

「おはよう!巫女ちゃん」

いきなり抱きつかれて驚いた巫女であったがすぐに微笑んだ。

「おはよう、キルリア。」

キルリアはうれしそうな顔をする。
そして眠ってしまう前に言われたことを思い出した。

〈また会うときまでの別れだ。それまでしっかり守ってやれ。キルリア・・・巫女を頼むぞ。〉

キルリアはその意味をまだ完全には理解していない。
でも、それが巫女を守れということはよく分かった。
そうだ・・・自分が守るんだ。
キルリアは強くなりたいと心の底から思った。

「巫女ちゃん・・・」

「何?」

「わたしにも巫女ちゃんのこと・・・守れるよね?」

巫女はその質問の意味が分からなかった。

「わたしも守られてばかりじゃなくて、誰かを守ってあげることが出来るよね。」

巫女はいきなりそんなことを言うキルリアの目を真っ直ぐと見つめた。
キルリアは本気だった。
巫女は微笑み、はっきり言った。

「大丈夫。ちゃんと守れるから。」

そのたった一言がとても心強いものとなった。

「うん!」

キルリアは元気に返した。
その時、巫女はキルリアが持っていた1枚のメモに気がついた。
巫女は毛布から出てキルリアからメモを受け取って立ち上がり、光のある場所まで歩いて止まった。
巫女はメモの内容を読み、驚いたようだったがすぐにため息に変わった。
そしてさっきまで気づかなかったが毛布をかけられていたことを知り、また微笑んだ。
日が完全に昇りそうな時間にバシャーモは目を覚ました。
そしてもうすでに起きている巫女とキルリアに気づく。

「早いんだな・・・」

「ええ。目が覚めたから。」

バシャーモは巫女の持っていたメモに気づく。

「それは?」

「空の置手紙。私たちが寝ている間に食事を用意していてくれたわ。あと、もうここを出ると。」

「・・・・。」

バシャーモも立ち上がる。
巫女の元へ歩み寄り、メモを見せてもらう。
バシャーモは理解し、また座っていた時と同じ場所で壁に背中を預け、腕を組んだ。
そのあとから月光やグラエナも目が覚め、グラエナが目覚めたためロゼリアも眠りから覚めた。
ボーマンダはグラエナに尻尾で叩かれ、起こされた。

「おはよう、みんな。」

巫女はさっき起きた全員に言った。
ロゼリアはグラエナから降りてあくびをして背伸びをした。
グラエナはその場でお座りをし、まどろむように目を瞑った。
叩き起こされて不機嫌だったボーマンダは大きなあくびをした。
月光は少しぼんやりしていたがやがて目が完全に覚め、巫女の持っていたメモに気がついた。
そして空たちの姿が見えないことに気づいた。

「空は?」

「これ。」

巫女はメモを月光に渡した。
月光はメモの内容を読み、疲れたようにため息をついた。

「結局、昨日のは無駄だったのか?」

「いいえ。このまま、石を探すのだから無駄じゃないわ。」

「依頼した本人が出て行ったのにか?」

「言ったでしょう?私はこの街の人たちに約束を守らせてあげたいの。誰が依頼したとかは関係ないわ。それに無料で休む場所と食事をくれて、毛布までかけて行ってくれたのだから、それを報酬とした場合、もらい過ぎと言ってもいいくらいよ。」

月光は一度やると決めたら頑固な巫女を知っている。
それにこのまま時間をイタズラに延ばすのもいい。

「分かった。このまま探そう。」

巫女は笑顔でうなずいた。

「飯〜。飯くれ」

ボーマンダはお腹がすいたのか早速食事をねだった。
全員が呆れてため息をつく。

「朝からうるさい暴食メタボ・・・」

ロゼリアはニヤリと笑いながらボソッと言った。
ボーマンダはそれを聞かなかったことにした。

「食事を済ませたら行きましょう。」

巫女と月光、ポケモンたちは食事を済ませ、それぞれのボールに戻った。
巫女と月光は部屋を片付けてから荷物を持ち、出かける準備を整えた。
扉の前でもう一度部屋を見渡す。

「ありがとう・・・」

巫女はつぶやき、月光とともに外へ出た。
街に出ると街の男たちが帰ってきていた。

「どうやら、森で探すのが終わったようだな。」

「そうみたいね。」

2人は街の通りを歩き出す。
話をわざわざ聞かなくても自然と会話が聞き取れた。

「結局見つからなかったな。」

「そうだな。」

「どうするんだ!今日までだぞ!」

「もうこの街も終わりよ!」

様々な声が聞こえる。

「見つからなかったのか・・・」

「まずはその村長さんについてたボディーガードにでも話を聞きましょう。」

「会えるのか?」

「ええ。だって、多分あの2人でしょう?」

巫女の視線の先にはボディーガードの格好をした2人組がいた。
1人は長身の男、もう1人はガッチリした大男だ。
2人ともサングラスをかけていて顔が見えない。
大男は確かに口を痛そうにしている。

「話、聞くだけ聞いてみましょう。」

「そうだな。」

巫女と月光は2人の元へ歩み寄った。
2人組は巫女たちに気づき、少し驚いたようだったがすぐに平然と装った。

「何かようか?」

「こっちは忙しいんだっ、いてて」

大男は頬を押さえる。

「少し聞きたいことがある。」

「『神秘の涙』について知っていることを教えてくれませんか?」

「そのことかよって、いていていて!」

大男はさらに痛そうにする。

「時間は取らせません。質問に答えていただければいいので。」

「・・・そうか。最近の子供は好奇心旺盛だな。いいだろう、何が知りたい?」

長身の男は言う。
月光は子供扱いされたことに不満を持ったが口に出さず、ただ不機嫌にそっぽを向いていた。

「村長さんを石がなくなったときに守っていたのはあなた方と聞きました。」

「俺たちを疑っても無駄、いたいたいたいた!」

巫女と月光はいちいち気にするのも疲れるのでもう気にしないことにした。

「俺たちのことはもう向こうが隅々まで調べたが何も出てこなかった。」

「確か煙球が突然まかれたとか・・・」

「例えその時に盗めたとしてもさっきも言ったように身体検査は隅々までされた。だが何も出てこなかった。それに煙球はほんの数秒で消えたんだ。その間にどこかに隠すことも出来なければ、俺たちが隠すことに成功できたとしても回収する時間はない。なぜなら俺たちはずっと村長の元を離れてないからな。」

「そうですか・・・」

巫女は腕を組み、少し考えた。

「そういえば、そちらの方の口が痛み始めたのはいつからなのですか?」

「なぜ?知る必要でも?」

「いいえ・・・ただ、ずっと痛そうにしているので・・・」

「煙球のすぐ後だよ、いてっいてっいたたた・・・」

「そうですか・・・分かりました。ありがとうございました。」

御礼を言ったあと巫女と月光はその場を立ち去った。
少し離れたところで月光は巫女に聞いた。

「何か分かったのか?」

「煙球の煙が消えたのはほんの数秒の間・・・その間に盗むことが出来ても他の場所に隠すことは出来ない・・・」

「難しいな・・・」

2人は考えながら歩いていた。
その時、巫女は八百屋さん子供連れの母親の姿を見た。
母親は子供にアメを2つ渡す。

「はい。1個はママのだから1個だけ食べていいわよ。」

「1個だけー?」

「ええ。」

母親は不満そうな子供をよそに八百屋での買い物に戻った。
子供は自分の分を食べてすぐに舐め終わってしまったようだ。

「1個じゃ足りないよ・・・」

その時、子供はもう1個のアメを見ていた。
そして次に母親の様子を見る。
母親はお店の人と話していて子供には気づかない。
子供はアメの包みを開けて口に運ぼうとした。

「こらっ!」

振り向いた母親に口へ入れそうなところを見られ、慌てて口の中に隠した。

「1個って言ったでしょう?」

「だってぇ・・・」

「もう、仕方ないわね。」

そのまま親子はどこかへ行ってしまった。
月光はその様子を見て考え込んでいる巫女を不思議に思った。

「あの親子がどうかしたか?」

「いいえ・・・ただ・・・」

巫女はこれまでの証言を思い返す。
突然の煙球の中で石がなくなった。
近づけたのはあの2人だけ。
だが2人は隅々まで検査されたが見つけることは出来なかった。
煙球のほんの数秒の煙の間に盗んで他の場所に隠すことは出来ない。
大男は煙球の後で口を痛そうにしていた・・・。

「まさか・・・」

巫女の中でまだ推測の段階だがこれ以外の説明は出来ないという核心が芽生えた。

「分かった・・・どこに石があるのか・・・」

「何?」

「持っているのはあのボディーガードの大男よ。」

「なぜそんなことが?」

「短い間の煙では盗むことは出来ても他に隠すことは出来ない。でも石に近づけたのはあの2人だけ。ならあの間に盗むことが出来たのは村長かあの2人。でも村長はこの街から石を取る理由はない。」

「だが、あの2人から石は出てこなかったが?」

「確かにね。でも、身体を検査したとしても口の中までは見ないでしょうね。」

「口の中?・・・そうか」

「そう。大男が口を痛めたのは煙球の後。大男は石を盗んだあと口の中に石を含んだ。口を痛めたのは恐らく石が尖っているから。ほら、雫の形をしていたでしょう?雫の先端が尖っていたからしゃべろうとするとその先端で口の中を傷つけられていたと考えたら説明がつく。」

「それは分かった。でも、もうあいつらは逃げてるんじゃないか?」

「それはないと思う。」

「なぜ?」

「石が見つかっていない状態でこの街を出たら怪しまれるから今日、見つからなかったと村長が発表したあとに出たほうが疑われることはないでしょう?」

「確かにな。で、いつやつらにはかせる?」

「今夜、月が輝く頃に取り返せば間に合うわ。」

月光はうなずいた。
今夜の月はきっと今まで見てきた月よりもずっときれいに輝くだろう。
夜。
村長が街の人間をクレセリアの銅像の前に呼び出した。

「えーみなさん。ここに集まってもらったのは他でもなく、非常に残念なお知らせを知らせるためです。」

街の人間がざわめき始めた。
一番前のほう、村長に近いほうには巫女と月光が話しを聞いていた。
まだあのボディーガード2人はそこにいる。

「我が街の宝、『神秘の涙』が数日前に盗まれたことはご存知ですね。」

村長の問いかけにうなずく者や話し合う者たちがいた。

「その『神秘の涙』を探しに男たちとともに森へ出かけましたが、人ひとり見つからず、結局石は、見つからないままとなりました。」

街の人間たちが一斉にざわめき、怒ったり、叫んだり、嘆いたりし始めた。

「ふざっけんな!」

「この街は一体どうなってしまうの?!」

「水が・・・水が枯れてしまう!」

「また歴史は繰り返されるのか!」

「どうすんだ!」

村長は街の人間を鎮めようとする。

「静粛に!」

その一言で静かになった。

「わたしもとても悔しいです。なぜあの時しっかり持っていなかったのか・・・なぜあの時周りを見なかったのか・・・今となっては無意味になってしまいました。本当に申し訳ない。責めるのならこの老人を責めてください。村長として情けない。」

村長の目には涙があった。
それに気づいた街の人間は怒るのをやめ、代わりに涙を流す者たちが現れた。

「一体・・・どうすればいいんだ・・・」

「この街はもう終わりよ・・・」

「うわーん!怖いよー!」

巫女と月光もその様子を見て少し心を痛める。
そしてついに巫女は言った。

「まだ終わりじゃないわ。」

みな巫女に注目する。

「すまんが、お前さんは?」

「ただの通りすがりよ。この街の人間ではないわ。」

「終わりじゃないとはどういうことかな?」

村長は巫女に聞く。

「石を盗んだ人間ならまだここにいます。」

「な、なんだと!?」

またざわめきが始まった。
ボディーガード2人は少しヤバイとでも言いたそうな顔をしていた。
巫女はその表情を見てやつらが盗んだと確信した。
巫女は月光と顔を見合わせた。
月光は何を言おうとしていたのか分かったらしく、いったんどこかに行ってしまった。

「誰だ!一体誰なんだ!」

「はやく教えて!」

「とっ捕まえてやる!」

街の人間は騒ぎ始める。
だが、それを村長が止めた。

「静かにせい!」

周りがしーんとなった。

「お嬢さん、一体誰なんだね?あれは一刻も早く返さないといけないものなのだ。頼む。」

村長が頭を下げる。
それを巫女が止めた。

「頭を下げるのはやめてください。それは盗んだ人間がするものです。」

村長はそれを聞いてうなずいた。

「石を盗んだのは村長の近くにいた人間です。」

「ボディーガードのことか?だが、あの2人はもう念入りに検査し、何も出てこなかった。」

「身体検査をしただけであって、中までは調べませんよね。」

「中?・・・・まさか食ったのか!」

「違います。思い出してください。あの大きい男のほうは煙球がなくなってから口が痛み始めました。それは何か鋭いものが中をひっかいていたからではないでしょうか?でも、そんなものをわざわざ食べる人はいません。考えられるとしたら慌てて隠す場所がなかったから。『神秘の涙』は雫の形をしていて先が鋭く尖っています。なら、ひっかかれて痛んでいたのなら説明がつくはずです。」

「つまり・・・」

「まだ口の中にあるはずです。」

村長はボディーガード2人を振り返り、疑いの目を向ける。
2人は苦笑いしながら後ずさる。
そして走って逃げた。

「待てー!」

村長が止めようとする。
だが、そんなことせずとも後ろには月光のボーマンダとグラエナが待ち構えていた。

「逃げ場はない。」

ボーマンダ、グラエナの間から月光が出てきて言った。

「悪いが調べさせてもらうぞ。」

村長は大男のほうに口を開かせる。
だがなかなか見つからない。

「ないぞ!」

「だったら、こうしてみよう。」

月光がグラエナに大男を押し倒させ、噴水の中に入れた。
いきなりのことで結構深い噴水の中にもろ首を突っ込んだので息が出来なくなり、口から息を出す。
その拍子に石が出てきた。
本で見た「神秘の涙」そのものだ。
大男は立ち上がれる体勢に戻り、顔を出した。
ついでにサングラスも取れて、今度こそ顔が分かる。
こいつは・・・

「影音団!」

巫女は言った。
そう、影音団の2人組の片割れ、大男の大力だ。

「ちっ、バレたか」

「まあ、仕方ないか。」

長身のほうの男もサングラスをはずす。
もう1人のほう、影音団の霧生だった。

「一体、何のために?」

巫女は冷静に問う。

「この石には1人の人間の願いを叶える力がある。だから、我らが影音団のボス、丸次(がんじ)様に届けるためにしたのだ。」

「このままで済むと思わないわよね。」

「ああ。だが、この方法ならいいだろう?」

霧生はニヤリと笑い、大力とうなずき合い、煙球を連発した。
今度は目に刺激を与えるものも入っていたらしく、煙を浴びた人は目が染みて目を開けることが出来ない。
巫女や月光、グラエナ、ボーマンダも咳をしながら目を開けて2人を見つけようとする。
だが煙が晴れたあとはどこにもあの2人はいなかった。
石はちゃんと噴水の水の中で輝いていた。

「逃がしたか。」

「ええ。でも、石は無事に取り戻したみたいよ。」

巫女は微笑む。
月光も安心したように笑った。

「何と御礼を言ったらいいか・・・本当にありがとうございます。」

村長は2人に何度も頭を下げた。
街の人たちもうれしそうにしている。

「いいえ。では、私たちはこれで・・・またどこかで。」

「お待ちください。」

立ち去ろうとした2人を村長が止めた。

「あなた方は1000年前の伝説と同じ、旅人の英雄です。どうぞこの石に願いを・・・」

「でも・・・」

「いいんです。あなた方に使ってほしい。」

巫女は石を渡された。

「これはどんな願いでも叶えるのですか?」

「はい。どんなことでも。未来にも過去にももっと遠い宇宙や異世界、自分の富や名誉、何でも叶えてくれますよ。」

異世界の言葉を聞き月光の動きが止まった。
巫女が異世界に行きたいと願えば・・・・帰ってしまうのか?

「・・・・・・・・」

巫女はしばらく黙っていた。
きっと同じこと考えたのだろう。
出来れば・・・出来ればもう少し、時間がほしかった。
巫女と初めて出会ったときに感じた温かさの正体を知りたかった。

「この街がこれからも平和でいられますように。」

巫女の口から出たのは意外な言葉だった。
「神秘の涙」は一瞬輝き、またもと石に戻った。
そして宙に浮かび、銅像の目の中へと戻っていく。
村長や町の人間も驚いていた。
だが、やがて大きな歓声が上がった。

「あなた様は英雄だ!1000年前の旅人と同じ答えです!ありがとうございます!本当にありがとうございます!」

村長は泣きながら喜んだ。
これで空からの頼みを解決し、この街は平和となっていった。
また旅人が救ったという新たな歴史を刻みながら・・・。

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