真心文庫
夢から覚めて新たな出会い
巫女はゆっくりと目を覚ました。
心地のいい木の匂いがする。
暖かな空間。
巫女の上には羽毛の布団がかけられていた。
ここがどこなのか分からない。
ただ1つ分かるのはここが自分の部屋ではないこと。
体を起こして、まだ少しぼやけている視界で周りを見渡す。
木の机や椅子、本の詰まった本棚、1台のパソコン、そして今巫女が眠っていたベットしかないシンプルな部屋。
(ここは?)
「起きたか?」
突然の声で完全に視界もはっきりしてきた。
そして、声のしたほうを振り向く。
ベットの脇の椅子に腰かけ、メガネをかけて読書をする少年がいた。
だが、少年と言うには大人でかっこいい。
おそらく巫女より年上だろう。
「ここはどこ?」
「俺の部屋。」
「あなたは?」
「月光。」
月光と名乗る男はメガネをはずして立ち上がり、本棚へ読んでいた本を戻した。
「君は?」
「私は・・・巫女。」
そう自己紹介したとき、下のほうから月光を呼ぶ女性の声が聞こえた。
「月光ー!下りて来なさーい!」
月光は部屋のドアを開き、外へ出ようとした。
「あの・・・・」
どうしていいか分からず、巫女は月光を呼び止めた。
「立てるか?」
「え、ああ、うん。」
「ついて来い。」
何をしていいかも分からないのでとりあえず月光について行くことにした。
巫女は白い無地の長袖ワンピースしか着ていなかった。
ベットを降りて、立ち上がり、歩き出す。
まだ起きたばかりで上手く歩けず、つまずいて転びそうになった。
その時、月光が体を支えて助けてくれた。
「ありがとう・・・」
少しずつ慣れていき、普通に歩けるようになった。
巫女は月光の後について階段を下りた。
下りている途中でいい匂いがした。
階段を下りきり、周りを見渡すとそこにはログテーブルの上に温かいスープとパン、新鮮な野菜で作られたと思われるサラダがあった。
おそらくここはリビングだろう。
そんなことを思っていると奥のほうからコーヒーカップを2つ持って美人で優しそうな婦人が出てきた。
「月光、少し手伝って。あら?」
婦人は巫女に気がつき、安心したように微笑んだ。
「よかったわ。起きたのね。びっくりしたのよ?月光が『不思議の湖』の近くであなたが倒れてるのを見つけてね。
背中にあなたを抱えて帰ってきたときは本当に心配したわ。」
「はあ・・・・」
「とりあえず、座って。よかったら、ご飯も食べて行きなさいな。丁度、人数分あるから。」
婦人はそう言って月光にコーヒーカップを渡すと奥のほうへ戻った。
巫女はとりあえず、言われたとおりログテーブルとおそろいの椅子のうち1つに腰掛けようとした。
だが、何かとても軟らかいものの上に座ったらしく、グニュという音がし、巫女は慌ててそこから離れた。
そこにはピンク色のよくわからないものがいた。
「めた〜」
月光は隣で笑い出すのを我慢している。
「メタモン、お前そんなところにいたのか?」
「メタ・・・モン?」
巫女はこのゼリーのようなスライムのようなよく分からないものを見てみた。
そこには顔があり、見方によってはかわいいものだった。
目が点で形が定まらない。
月光はメタモンを不思議そうに見る巫女に少し疑問を持った。
「メタモンを知らないか?」
「この子のこと?」
「ああ。ポケモン・・・本当に知らないのか?」
巫女は改めてメタモンを見てみる。
どう見てもスライムのようなもの。
だが確かに分かるのはこのメタモンというのは生物で月光はそれを「ポケモン」と言った。
月光はまだ少し笑っている。
「はじめて見たぞ、ポケモン知らないやつ。」
「ここでは当たり前なの?」
「ああ。全国誰でも知ってる。知らないのはお前か赤ん坊くらいじゃないか?」
その時、奥から先ほどの婦人が出てきた。
「さあ、ご飯にしましょう。月光は何でそんなに笑ってるの?」
月光が笑っているのを不思議に思った婦人は聞いた。
「メタモンの上に座ったやつもはじめて見た。」
「あなたメタモンの上に座ったの?」
「え、あ、あの、その、そうみたいです・・・」
話の流れがつかめない巫女は我に戻り、質問に答えた。
「確かにそれはおもしろいわね、ふふっ。誰でも気づくわよ?」
「えっと・・・すみません。」
「まあ、とにかく座って座って。」
巫女はとりあえずメタモンを抱き上げ隣の席に移動させ、席に着いた。
「さ、食べて食べて。」
「いただきます。」
「母さん、少しは休めよ。」
「平気平気。それに、あなたは料理できないんだから、私がしないといけないし。」
月光はその後は何も言わず、黙々とご飯を食べた。
どうやらこの婦人は月光の母親らしい。ご飯も終わると婦人は巫女に食後の紅茶を渡した。
月光はコーヒーを飲んでメタモンと遊んでいる。
正確に言えばメタモンをいじっている。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
巫女はゆっくりと紅茶を味わった。
なかなかおいしい。
「ところであなた、名前は?」
「巫女です。」
「巫女ちゃんね。私は楓。月光の母よ。あなたに聞きたいことがあるのだけどいいかしら?」
「はい。」
「何で『不思議の湖』の近くにいたの?あの場所は普段は危険だから入らないようにって、看板があるのだけど・・・」
「それは・・・私にもわかりません。」
「分からない?」
「私は起きたときからここにいました。その『不思議の湖』に何で私が倒れていたのかよく分からないんです。」
「じゃあ、あなたはどこから来たの?」
「それは・・・・」
巫女にも分からない。
どこからどうやって来たのだろうか?
それは巫女自身が知りたい。
「ポケモンのことを知らないようだ。」
メタモンをいじっていた月光が横から口出した。
楓は少し驚いている。
「ポケモンを知らないの?」
「はい・・・。」
巫女は小さくうなずいた。
そして楓は少し考えてから何かを思い出したように大きな声を出した。
「ああっ!」
「な、何だ?どうした?」
メタモンをいじっていた月光は驚いてメタモンをつねりすぎてしまった。
「めたー!」
メタモンを少し痛そうにして月光の手を叩いた。
「あ、悪い。で、どうしたんだ?」
「思い出したわっ!ポケモンを知らない場所があるってっ!」
楓は少し興奮気味にリビングにあった本棚から1冊かなり分厚い本を持ってきて、ログテーブルの上に置き、目的のページを探し出し、巫女のほうへそのページを向けた。
「ここよ、ここっ!確か私たちのいる今このポケモンの世界とその向かい側には異世界があるのよ。
その異世界にはポケモンがいなくて、代わりに違うものがいっぱい住んでるんですって。
だから、ポケモンを知らない場所って言ったらこの異世界じゃないかしら?」
巫女は楓の見せてくれたページを見てみた。
そこには地球の絵が2つ描いてあり、1つはポケモン世界、もう1つは異世界と書かれていた。
「そうだ・・・・・」
巫女は思い出した。
学校から帰ってくるといつも通りに家族と一緒に過ごしていた。
その時、携帯が鳴り、友達から「今から遊ぼう」と言うメールが来た。
さすがにもう夜だったので「行けない」と返事をした。
そして次に来た内容は「仲間だと思ってたのに。」というものだった。
巫女はその日から友達に無視をされたりするようになった。
家族も大事だし、友達も大事。
だが、家族に心配をかけてまで友達との夜の変な遊びの約束を守らないといけないのか。
守れなくなったら仲間じゃなくなるのか。
それが巫女には分からなくなった。
そんな考え事をして家に帰ろうとしたら、突然・・・。
そこからが思い出せない。
何があったのだ?
「巫女ちゃん?」
楓の声で我に返った巫女はため息をついた。
「大丈夫?まだ具合悪い?」
「大丈夫です。ありがとうございます。とりあえず、私がここでいう異世界から来たことは間違いないみたいです。
さっきこの絵を見たら何となくの経緯を思い出しました。でも、思い出せないところもあります。」
「そう・・・。そうだわ。村長のところに行ってみなさいな。村長は博士でもあってね。
もしかしたら、元の世界に戻れる方法を知ってるかもしれないわよ?」
「本当ですか?」
「ええ。じゃあ、月光に案内してもらって。」
「何で俺が・・・」
「いいから行きなさい。それに、一番巫女ちゃんを心配してたのはあなたでしょ?責任取りなさい。」
「なっ・・・別に心配は・・・!」
月光は少しだけ赤くなった。
実は照れ屋なのかもしれない。
月光は巫女と目が合った。
巫女は月光に微笑む。
月光は不機嫌そうにそっぽを向いた。
だが、どこかうれしそうなようにも見えた。
「じゃあ、行ってらっしゃい。気をつけてね。」
楓は2人を玄関の前まで送った。
巫女はお辞儀をすると月光についていった。
ドアを開けて、外へ出る。
朝なのだろうか、とても眩しい光が目に入り、少し細める。
そして、それに慣れ、ゆっくりと目を開けると、そこには花がたくさん咲いたきれいで穏やかな自然があった。
そして、それを取り囲むような柵があり、その柵の中にたくさんの家々が並んでいた。
少しその景色に見惚れていると月光が先に歩いて行った。
「こっちだ。」
巫女は月光のあとについて行き、村の中では少し大きめの家へ案内してくれた。
どうやらここが村長の家のようだ。
月光は呼び鈴を鳴らした。
すぐにそこから中年のおじさんが出てきて、月光を見ると笑った。
「やあ、月光ではないか。どうした?ん?」
おじさんは巫女に気づき、月光と交互に見比べた。
「デートかね?」
「違います。」
「まあまあ。とりあえず、2人とも中に入ってくれ。」
おじさんは月光と巫女を中に入れると奥のほうへ行き、すぐにコップを2つ持ってきて巫女と月光に渡した。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
巫女と月光はほぼ同時に言った。
そのことに少しびっくりして顔を見合わせる。
巫女は大人びた笑顔で月光に微笑む。
月光はその時、何かを感じた。
「ところでそこの君は誰だい?」
おじさんは巫女に向かって言った。
「巫女です。」
「巫女ちゃん?聞いたことがないな・・・」
「この前、『不思議の湖』の近くで倒れているのを見つけて、家まで運びました。」
「おおそうか。村でちょっと聞いたよ。そうか・・・君だったのか・・・美しい子だ・・・」
巫女はおじさんが何を言っているのかよく分からなかった。
「わしはこの村で村長そしておる、大地だ。一応、博士でもある。いったい、何の用かね?」
「えっと、私、ここでいう異世界から来たんです。それで、帰り方を探してます・・・。」
「何っ!異世界だとっ!本当かっ!?」
「はい。」
「そうかそうか・・・異世界から来たのか・・・そうなのか・・・・」
大地はとてもうれしそうな、だが寂しそうなどこか悲しそうな顔をしていた。
「異世界か・・・・・・・・思い出す・・・・・。」
「村長は向こうの世界を知っているんですか?」
月光は意味ありげなその言葉に反応して、聞いた。
「そうだな・・・知っていると言えば知っている・・・だが、知らないと言えば知らないな・・・。」
「どういう意味でしょうか?」
巫女がはっきりしないその言い方に何かあると思い、つい口に出してしまった。
人には言いたくない過去が1つや2つあるもの。
それを聞くのは失礼なような気がした。
「ん?まあ、いやあ、な。そんなに知りたいのか?」
巫女は小さくうなずく。
「そうだな・・・君たちになら話してもいいかもしれないな・・・。」
大地はゆっくりと話し始めた。
「あれは・・・春のことだった。まだ20歳だったわしはこの村の森の『不思議の湖』よりも奥深いところへ研究の材料を探しに行ったんだよ。
そこはとても危険で誰も近寄ろうともしないからきっとまだ見ぬすごいものがあると思ったんだ。
そして、わしは危険と書いてあるにも関わらず、そこへ入っていった。そしたらそこにはきれいな泉があってな・・・わしはすごい発見をしたと思った。
そして、その泉の中に何がいるのか知りたくて、近づいた。泉の中にはきれいに泳ぎ回るポケモンたちの姿があった。
だが、わしが研究素材を手に入れ、帰ろうとしたとき、空が一瞬眩しく輝いた。わしは思わず目を瞑った。
次に目を開けてみるとそこにはそれはそれは美しい少女がいたのだ。丁度、お前さんのようにな。」
大地は巫女に微笑んだ。
「少女をそのままにするわけにもいかず、わしは家へつれて帰った。
そして、少女が目覚め、わしはどこから来たのか、どうしたあの場所にいたのか、どうやって来たのかを聞いた。少女は異世界から来たと言った。」
「異世界・・・・」
巫女は思わずつぶやいた。
「少女が自分が異世界から来たと分かった理由は全て覚えていたからだった。少女は望んでここに来たのだ。
それからわしは少女が元の世界に帰れるように色々なことを試した。だが、無理だった・・・。それにわしも本当は行ってほしくないと思ったのだ。」
「それはなぜ?」
月光が聞いた。
「わしは少女に・・・恋をしたのだ。それは少女には何も迷わない心、何者にも囚われない自由、わしだけに見せてくれる笑顔があったからだ。
少女はわしよりもその頃は年が下だった。だが、そんな彼女が同じ人間のようには思えなかった。だから、帰って欲しくないと思った。
そして、少女もこの世界から離れたいとは思っていなかったようだ。少女はポケモンの存在に魅せられた。互いの心を通わし合うポケモンに・・・。
わしは少女と同じものに魅せられ、同じような感情があった。わしのたった1人の愛しい人だ・・・。少女もわしを同じように思ってくれた。
そして数年経った時、わしらには1人子供が出来た。かわいらしい女の子だ。楽しく平和な幸せを送っていた。
だが、娘が5歳のとき、いつものようにポケモンを追いかけ回す遊びをして『不思議の湖』よりも奥、わしが少女とはじめて出会った場所に迷いこんだ。わしは娘を追いかけて連れ戻そうとした。
だが、娘はあの時と同じ空が一瞬眩しい光を放った。わしはあの時と同じように目を瞑った。
次に目を開けたとき、娘は消えていた。きっと・・・もう戻って来ないだろう。娘は異世界に行ってしまったのだ・・・。
妻・・・つまり少女は娘の帰りを何年も待ち続け、わしも一緒に年を取り、妻は病気でなくなったのだ・・・・・。」
大地の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。巫女も月光もしんみりとした気持ちになった。
愛しい人を亡くし、娘が消えてしまった。
たった1人、残されて・・・。
「でも、後悔はしとらんぞ。これも運命・・・それでいいのだよ。」
「そう・・・ですか。」
「ああ。」
「では、その泉からなら異世界に行けると?」
「いや・・・残念だが、もう泉はない。確かにあの空が光る現象は泉があったからだとわしも調査した結果分かった。
だが、その泉はもう枯れてなくなったのだよ。すまないな・・・」
「いいんです。きっと、まだ別の方法がありますから。」
「心当たりでも?」
「・・・・・私、夢の中で声を聞いたんです。」
「夢で?」
「うん。私は真っ暗な世界に1人で生きているのか死んでいるかも分からない重苦しい世界にいました。
でも、突然頭の中で声が聞こえたんです。
その声は私がもしも本当の何かの意味を見つけることが出来たら元の世界に帰れると言っていました。」
「何かの意味とは?」
「それが何だったか思い出せないんです。でも、その意味さえ分かれば帰れると思います。」
巫女は自分でもなぜそう言い切れるのか分からない。
だが、可能性があるのなら諦めたくない。
それに何の意味なのかも思い出したい。
大地はどうしようか分からない顔だったが何かを思い出し、輝くような笑顔を見せた。
「そうか・・・そうだったのか。」
「何か分かったんですか?」
巫女の代わりに月光が聞く。
大地はやがて穏やかな顔になり、巫女に言った。
「旅をするといい。お前さんが探している答えが見つかるかもしれんぞ。」
「旅?」
「そうだ。旅をすればいずれ答えに行き着く。どれだけ時間がかかるかは分からない。だが、旅をすれば答えに行き着くのだ。」
「はあ・・・・」
「とにかく旅をすればいい。答えが見つかるはずだから。」
大地は自信満々の笑みを巫女と月光に向ける。
巫女と月光は顔を合わせて少し困ったようだった。
「本当に旅をすれば見つかりますか?」
「ああ。見つかるとも。だが、それはお前さん次第だ。途中で諦めれば、元の世界には帰れない。」
巫女は考えた。
考えて考えて考えた末、覚悟を決めたように大地に言った。
「分かりました。それで諦めなければ見つかるんですね?」
「ああ。諦めずに本当の答えを見つけたら、きっと大丈夫だ。」
「おい、まさか本当に・・・」
「旅に出るわ。それで分かるのなら・・・。」
「だが、ポケモンのことを知らないと始まらないんじゃ・・・」
「じゃあ、ポケモンのことが書いてあるもの見せて。覚えるから。」
「ポケモンは何百匹もいるんだぞ?覚えられるか?」
「大丈夫。記憶力はいいから。」
巫女は心配する月光に微笑んだ。
月光は何も言い返せない。
大地が仕方ない、と言って本棚から分厚い本を取ってきた。
「これがポケモンの種類や生態、写真の載っている本だ。覚えるならこれで十分だろう。」
「ありがとうございます。」
巫女は早速ページをめくり出した。
1ページずつ、確実に、だが早いペースで読み飛ばす。
15分経ったところで巫女は本を全て読み切った。
「これでいいわ。」
「本当に覚えたのか?」
「試してみる?」
月光は適当に開いたページのポケモンの質問をした。
巫女は難なく答える。
本当に覚えてしまったようだ。
「本当に覚えたんだな。」
「最初に言ったわ。記憶力はいいと。」
「すごいものだ。あの本をあの短時間で読み切り覚えるとは・・・。」
「それでは、もう行きます。本当にありがとうございました。」
「ああ、ちょっと待ちなさい。」
大地は立ち去ろうとした巫女と月光を呼び止めた。
大地は本棚のとなりにあった引き出しから黒いウェストポーチと3つの小さな赤と白色の玉を巫女に渡した。
「これをもっていきなさい。」
「これは?」
「この小さい玉はモンスターボールと言うんだ。このボタンを押せばこの玉は大きくなる。」
大地はモンスターボールの真ん中にあった小さなスイッチボタンを押した。
最初梅干より一回り大きいだけのボールは野球ボールのような大きさになった。
「これはポケモンを捕まえるためのものだよ。これで捕まえたポケモンは自分のポケモンになる。
だが、1つのボールにつき入るポケモンは1匹。今は3つしかないから3匹だけ捕まえられる。
そしてこのウェストポーチにはこのモンスターボールを入れたりするのに使ってくれ。」
「ありがとうございます。」
「頑張りなさい。決して諦めてはいけない。」
「はい。」
巫女はモンスターボールとウェストポーチを受け取り、大地の家を出た。
外は午後の太陽で眩しかった。
2人は月光の家に戻った。
楓は巫女が旅をすることになったのを聞くと最初は驚いていたがすぐに笑顔でいつでも帰ってきていいと言ってくれた。
「いい?絶対に何かあったら帰ってくるのよ。」
「本当にありがとうございます。」
「そうだ。ちょっと待ってね。」
楓は2階に上がった。
上からは何かを探すような音が聞こえた。
そして探し物が見つかったのかまた下りて来た。
「その格好じゃあ、歩きにくいでしょ?これを使って。」
楓は巫女に黒のスパッツと白い長袖のふんわりしたような袖の服、黒の半袖ジャケットとスニーカーを渡した。
「これ、よかったら使って。私があなたと同じくらいの年のときに着ていたものでまだ取っておいたのよ。
私のお下がりだけど、いいかしら?」
「ありがとうございます。」
巫女は月光に頼んで部屋を使わせてもらい、着替えた。
そこに大地からもらったウェストポーチをつける。
背中まである長い黒髪は後ろで紐で結った。
巫女はどこからどう見ても大人びた美少女に見えた。
準備が出来て、巫女は下に降りた。
楓は着替えた巫女を見つけてとてもうれしそうにした。
「とっても似合ってるわ!最初見たとき見違えちゃった!」
「変じゃなくてよかったです。」
「ねえ、月光?そう思うでしょ?」
月光は少し巫女に見惚れてしまった。
メタモンは隣で月光を冷やかすような目線を送っている。
「いいんじゃないか?」
月光は巫女を直視しないように少し視線を逸らして言った。
「よし!じゃあ、もう少し待ってて。今、旅用にあなたたちのおにぎり作るから。」
「たち?たちって、まさか俺も入ってるんじゃあ・・・」
月光は楓に疑問を投げかける。
「当たり前じゃない。女の子を、しかもこんなきれいな子を1人で旅させる気なの?
絶対に誰かに連れ去られたりとかして取り返しのつかないことになるわよ。」
「だからって、母さんはどうすんだ?」
「私は平気よ。それにお父さんだって、今日の夜にはかえって来るみたいだし。
しばらくは一緒にいられるって。」
「だが・・・・」
「もう、心配しなくていいから、あなたはしっかりと巫女ちゃんを守ってあげなさい。
守ってあげなかったら、どうなるか分かってるんでしょうね?」
楓は一瞬鬼のような顔をした。
月光は楓のこの表情が本気だと知っている。
黙って従うことにして、渋々うなずいた。
「よし。じゃあ、作ってくるから待っててね♪」
楓はご機嫌そうに奥へ入っていった。
巫女は月光の元まで歩み寄り、目の前で止まった。
「本当にいいの?」
「ああ。母さんは言ったら聞かないからな。」
「でも・・・」
「心配するな。母さんには父さんがいる。」
「・・・それなら、これからよろしくね。月光さん。」
巫女は月光に微笑んだ。
月光は巫女から視線を逸らす。
でも、それがお礼や挨拶をされて照れているだけだと巫女は思った。
本当は巫女のことが直視出来ないだけなのだが・・・。
月光は自分の部屋に行き、旅用に着替えて、自分のポケモンの入ったモンスターボールをポケットに入れ、旅に必要なものを持ち、準備を終えた。
下に戻ると楓がおにぎりを作り終わり、巫女に2つ渡していた。
そして、下りて来た月光にも2つ渡した。
楓は玄関のところで巫女と月光を送った。
「気をつけて行ってらっしゃい。何かあったら帰ってくるのよ。」
「分かった。」
「めた〜」
楓の後ろからメタモンが2人を寂しそうに見つめていた。
巫女はメタモンに手を出して、笑顔で言った。
「さっきはごめんなさい。また、会おうね。」
メタモンは差し伸べられた手と巫女の笑顔を見て、うれしそうに巫女に飛びついた。
そして、次にメタモンを月光に飛びつき、肩によじ登った。
「またな、メタモン。」
「いってらっしゃ〜い」
「ポケモンってしゃべるの?」
「ほとんどがな。」
「かわいい。」
巫女と月光は家を出た。
玄関先で楓とメタモンが手を振っていた。
村のみんなも大地が教えたのであろう、笑顔で見送ってくれた。
とても晴れ晴れした気持ちだった・・・が。
村に入るための柵で出来た門を通ろうとしたときだった。
後ろからドタドタと誰かがものすごい速さで走ってくる音が聞こえた。
振り返ると金髪の髪の短い、巫女と同じくらいの年であろう少女が月光に向かって来ていた。
「月光待ってー!」
「やばっ・・・」
月光は走り出そうとした。
だが走り出す前に金髪の少女に押し倒された。
「里奈やめろっ!どけっ!」
月光は押し倒されて苦しそうにしている。
「いやっ!月光が行っちゃうのいやだっ!」
「うるさいっ!いいから離せっ!」
「離したら月光行っちゃうっ!」
「いいからどけっ!苦しい・・・」
月光はそろそろ息が苦しくなって来た。
「あの・・・」
巫女が月光を助けようと思い、里奈と呼ばれた少女に声をかけた。
里奈は巫女を振り向き、怒ったように立ち上がった。
押しつぶされていた月光はまた息が出来るようになり、呼吸を整えた。
「あなたねっ!里奈の月光を奪い去ろうとしてる女はっ!」
「はい?」
「許さないんだからっ!里奈から月光を奪おうなんて100年早いのよっ!」
「何を言っているのかよく分からないのだけど?」
「月光を賭けて里奈と勝負してっ!」
「しょ、勝負?」
「ポケモンバトルよっ!さっさとしなさいっ!やる気がないなら月光返してっ!」
巫女はだいたい分かってきた。
つまりこの里奈という少女は月光が好きで巫女のことを自分の好きな月光を奪い去ろうとする悪女だと思っているわけだ。
ポケモンの世界でもこういう人はいるものなのだなと巫女は思った。
巫女のいた世界でも同じようにする子がいた。
「さあ、どうするの?バトルするの?」
里奈は巫女に詰め寄った。
巫女はどうしていいか分からない。
その時、月光に手首をつかまれ、引っ張られるようにして歩き出した。
「行くぞ。あいつに構っていてもろくなことがない。」
月光は不機嫌そうだ。
「あっ!月光待ってっ!」
里奈は月光の後を追う。
そして月光の手を巫女の手首から引き離した。
「何でよ月光っ!何でさっき会ったばっかりみたいな子に付き合うの?
里奈とは全然付き合ってくれないのに・・・何で?」
「うるさい。そこどけ。」
月光は再び巫女の手首をつかみ、歩き出す。
そして村の柵で出来た門をくぐった。
里奈はもうそれ以上は追ってこなかった。
だが門のところで怒ったように叫んでいる。
それは巫女に向かってだった。
「あんたっ!里奈の月光に何したか知んないけど絶対に許さないんだからっ!月光がいないことで楓さんが辛いことになっちゃうんだからねっ!
この悪女っ!聞いてんのっ!?里奈は月光から手首とかつかまれた事ないのにっ!バカ野郎ーっ!」
やがてその声も聞こえないくらい遠くに来た。
巫女は里奈の「月光がいなくなることで楓さんが辛い思いをする」という言葉に胸を痛めた。
そしてしばらくしたところで巫女は立ち止まった。
月光は巫女の手首を離し、巫女を振り返った。
「どうした?」
「やっぱり・・・私1人で大丈夫。」
「何言ってんだ?」
「月光さんは楓さんについてあげて。」
「・・・里奈が言ったこと気にしてるのか?」
巫女は小さくうなずいた。
月光は面倒くさそうにため息をついた。
「言っただろ?母さんには父さんがついてる。安心しろ。」
「でも・・・・」
「あいつが言ったことは気にするな。あいつは妄想が激しいからあんなことになるんだ。正直、鬱陶しい。」
「付き合ってるんじゃないの?」
「俺があいつを好きになったことは一度もない。いつもあいつの妄想に振り回されて疲れる。ただ家が近いだけだ。」
月光は本当に疲れたような顔をしていた。
巫女はそんな月光の頬に手を当てた。
「な、何やってるんだ?」
「疲れていると思っただけ。疲れたときは休めばいいの。
たったそれだけのこと。月光さんはもう休んでいいと思う。」
巫女は笑顔で月光を見た。
月光は少し顔を赤くして、その手から離れるように前を向いて歩き始めた。
そして少し立ち止まり、巫女の顔を見ずに言った。
「俺のことは月光でいい。それから・・・よろしくな。」
月光は逃げるような足で前へ進んだ。
巫女はそんな月光に微笑み、月光の後を追う。
夢から覚めた新たな出会いだった。
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