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「ねえ、馬鹿じゃないの?シズちゃんって」
蹴り転がされたような目の前の物体に、いつもとない神妙な表情で訴えかける。
以前は日常的な質問だったのに、今になってはもう返事が返ってこない。
先ほどからポツポツと降り始めた雨を浴び、服が肌に張り付いて気持ち悪い。
それ以上に不愉快な場面を目の当たりにした臨也は、珍しく動揺を隠しきれない面持ちでいた。
「………」
足元に転がる白黒金で作られた物体を足で軽くつつく。
びくとも動じないその身体は、雨に濡れて少し寒そうだ。
いつもなら数百倍返しくらいの反撃が返ってくるはずなのに、それがないから面白いのかつまらないのか。
「…つまらないんだよ、きっと」
そうやって自問自答して、心のどこかにいる自分へ言い聞かせた。
「……つまらない、んだよ」
*******
「嫌いすぎて、なにがなんだかわからなくなってきた」
今までの人生で、二人といないであろう俺の憎み嫌った存在。
「とにかく俺はあいつが嫌いだ。嫌いで嫌いでたまらない。あいつと目を合わすぐらいならヒグマと取っ組み合いの喧嘩するほうがまだマシだ」
それほど嫌いで仕方ない存在を理由に、俺はいつも自分を見失っていた気がする。
馬鹿みたいに取り繕って、馬鹿みたいな受け答えして、本当の気持ちだとか建て前本音の違いだとかが、自分でもわからなくなった。
視界に入り込んでくるのが嫌だという割にわざわざ自分から奴の前へ出向いたりして、まるでただの構ってちゃんだ。
あいつに関わってからの俺は、いつもそんな感じだったよ。
嫌いなのに。
気を遣うことはないはずなのに。
なんでこうなった?
******
そうこうしているうちに、静雄は死んだ。
鋼の鉄壁とでもいえるような体をしていたあの男は、意外にも簡単に、コロッと逝った。
それまでの経緯は、恥ずかしくて言えない。
足元に転がる静雄の体に目をやった。
しゃがんで、頬に触れるとそれは氷を触ったみたいに冷たかった。
「……し、ず…お」
長らく呼んでいなかった本当の名前を、そっとそっと呟く。
その声も、ざあざあとやむことのない雨にかき消されてしまう。
さっきまでふわふわだったコートのファーも、今では雨の水分を吸ってびちょびちょだ。
それが首筋に引っ付いて、非常に気持ち悪かった。
視界が滲む。
静雄の体を抱きかかえながら空を見上げると、なんだか新しい世界を覗いているような気分になった。
容赦なく降り注ぐ雨粒が、臨也と静雄の体を一層冷やしていく。
「しず、お、」
声が震えた。
泣いていることに気付いた。
その瞬間に、自分が一体なんなのか、ようやくわかった気がした。
他人も自分も気付けなかった、自分の本性。
そんなこといって、実は知らないフリをしていたんではないかと疑問に思う。
あんなにまで静雄を憎んでいた時間が馬鹿みたいだ。
最も、それも自分が無理やり言い聞かせていた嘘っぱちの事実だったのだが。
「…俺は、」
「君のことが、」
俺は君だけを見ていた、それだけは嘘じゃない
全人類を天秤に掛けてでも。
「……っやっぱり嫌いだ…!」
そう言ってその場を去った。
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