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三つ数えて振り向いて




目線に立ってみよう。











俺があいつに変な意識を持ち始めたのは、高校の頃からだった。

「シーズちゃん」
わざわざ授業中に静雄を挑発して、外までおびきだして追いかけっこするのが日課だった。
そのたびに窓ガラスは割れ、授業を教えていた教師も困り果て、ついには停学なんて罰もくらっていたようだった。
その頃はまだいい。被害が及ぶのは俺じゃなかったから。


馬鹿みたいに走り回って、足の速さだけは自慢できるほど上達していた頃。
いつものように俺と静雄は池袋の街で闘いを繰り広げていた。


「なあ…いざやくんよぉ。そろそろ俺に殺されたらどうだ?」
「なに言ってんの?俺が君みたいな単細胞に殺されるわけないでしょ」


奴を『単細胞』と名付けてたまに呼ぶようになったのもその頃だ。我ながら呼びやすくて気に入っている。

標識を片手に息を荒げながらこっちを睨む静雄は、なんというかジャングルのライオンみたいだった。
それで、俺はか弱いうさぎ。なんて馬鹿みたいな例えは通用しない。
そのままずんずんと向かってくる彼は、すさまじい殺意を全身に帯びていた。
それも毎度のことだったが、時たま俺の投げたナイフがヒットして、身体のどこかしらから流血してるときがあった。
実をいうと、そういう静雄が俺は大好きで、今でも血を見るとぞくぞくするときがある。
…そういうのって、精神異常者によくあるパターンなんだよね。まあいいや。俺はシズちゃんの血だけが好きだったから。


「うぜえ…うぜえうぜえうぜえ…」


挑発を続ける俺相手に、怒りに震える静雄は今にも発狂して殺しにかかってきそうな勢いだった。
俺はとにかく逃げて、まず静雄の目のとどかない場所へ隠れる。
すると、奴は案外すぐに諦めて再び学校か自宅に戻るのだ。驚くほど切り替えの早い奴だった。

でも、今回はそういうふうにいけそうにない。

なんだかいつもと違う殺意を感じたのだ。
理由は明解。何故なら―、



「俺のプリン……弁当と一緒に持ってきたプリン…!てめえが食ったんだろいざや……!」
「ご名答。いや、悪いね。あまりにも腹が減ってたもんで」
「…そんなんで許すわけねえだろうがあああ!!」



標識が街中を飛び、どがしゃああんという音と共にアスファルトの上へ打ち付けられる。
それを俺は颯爽と回避し、静雄の後ろへ回り込む。

俺は、プリンが好きな甘党というわけじゃない。
静雄のプリンというだけでなんというか、興味が湧いてしまうのだ。
「これを無断で俺が食べたら奴はどんな反応をするだろう」とか、怒るに決まっているのに無駄な想像を勝手に繰り広げる。
ただ、純粋に静雄の反応が見たかっただけなのだ。そう、純粋に。


俺が回り込んだ先は静雄の背中だ。
じっと見つめて振り返った奴と目が合って、それからにやっとするのが俺の好きな挑発の仕方。
「……ってめえ」
「なあに?プリンを学校まで持ってきちゃうかわいいかわいい静雄くん?」

静雄の血管が切れる音がすると同時に、相手の拳が俺の顔面めがけて飛んでくる。

さすがにこれをまともに受けると首が吹っ飛ぶ勢いなので、慎重に慎重に取り掛かる。
「ほら、こっちだよこっち」
「待ちやがれいざやあああああ!!」
俺の名前が街中に響き渡る。全くもう、照れるなあ。「……!」


いきなり足をとめた俺に驚いたのか、静雄も第二の標識を振り回すのをやめて立ち尽くす。

「…シズちゃん」
「あ?」
「今なら、君のプリンを味わうことができるよ」
「……何言ってんだてめえ」


怒りと同時に、頭の上にクエスチョンマークを立てる静雄。
小首を傾げながら見つめる姿は、その図体と行動からは考えられない可愛さだった。

こつこつと足音を立てて近づく俺。
なぜか動揺しながら後ずさる静雄。

今までの展開で、どうしてこうも立場が逆転するのか。
周りから見たらそれはいつになくレアな光景だったんじゃないだろうか。



我にかえった静雄は、あと一歩ですぐ近くにやってくるという俺に標識を振りかざした。

ぐい。
「………な、」

自慢の瞬発力で、それよりも早く奴の胸倉をおさえる。
「ねえ」
「離せクソ蟲」
乱暴な言葉と共に身体をよじって抵抗するので、顔面にナイフを突き立てて脅す作戦に取り掛かる。
「さっきは悪かったよ。俺だって悪気があってこんなことしたんじゃない」
「……俺には悪気しか見えてこねえな」
「だからさ、お詫びとして、さっきのプリンおごってあげるよ」
ナイフをしまって、顔と顔を近づける。



「俺の口の中」



「………は、」
「まだ、味残ってるよ」

そういって、ぺろりと相手の唇を舌でなぞる。
女みたいにやわらかかった。そもそも、男の唇なんて触れたことがなかったのでみんながどのくらいやわらかいのかなんて知らないけど。

がちがちに固まって、目をまんまるくしたままそんな俺を見つめる。
明らかにさっきよりも動揺の表情を見せた静雄が、微かに頬を赤く染めていたのを俺は見逃さなかった。
「…、っなにしやが…っ」
すべて言い終える前に、奴の胸倉から手を離す。

「プリンじゃない日もあるけど、お腹がすいたらいつでも俺のところへおいで」

あとは、欲求不満のときもね。


そういって、再びきた道を逃げるように走り出す。
すぐに後ろから猛獣のようなうなり声と一緒に俺を呼ぶ声が聞こえるが、さっきよりも少し声量が控えめな気がした。
照れたかな?照れたよな、と心の中でくすくす笑いながら池袋の街を走りぬく。


気づくともう夕日が顔を出している。
赤を帯びる人々の中で、人工的に赤く染まったソレを見抜ける自信は俺にはもうない。


これは、素晴らしい青春じゃないか。









いつも執着心
三つ数えて振り向いて、











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