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春を彩る桜の木もようやく葉桜に生え変わってきた頃。

季節の変わり目には少し頭のおかしな連中がぞろぞろと出没するとよく聞くが、それはあながち間違っていない。
というか、事実である。



「だぁあからお前はっ!何度言えばわかんだこのノミ蟲野郎がよお…!」

「いいじゃん別にー。行動の自由くらい俺にだってあるでしょ」


すっかり緑色をした桜の木の下で。
ピカピカでもない高校生が汚い言葉を並べて言い争っていた。

「…あのなあ、手前の家がどこにあんのかは知らねえが、確実にこっち方面じゃねえだろ!」
「なんでそんなこと言えるわけ?俺がシズちゃんと一緒に下校したことなんてないのに」
「そりゃそうだけどな…!なんとなく、違う気がすんだよ」
「ふーん。無責任だなあ」

学校の制服だと思われるブレザーと、一昔前に流行っていたような短い学ランを羽織った二人の学生が、非常に険悪なムードの中で列をなして歩いていた。


来神高校。

池袋に存在する高等学校の中でも比較的穏やかで、校則も多少ゆるい高校である。
服装も個人の自由であり、式典のとき以外は自分の好きな服装で登校してもいいルールだった。
そんな特徴が及んでか、この池袋に住む学生達にとって、とても人気の高い学校だった。
しかし、生徒の全員が全員穏やかというわけではない。
中には、100年に一度現れるかどうかもわからないような問題児も存在したのである。


今にもキレそうな面持ちでだるそうに歩く金髪の少年、平和島静雄。
「…早く俺の前から消えろ」

静雄の後を楽しそうに追いかける折原臨也。
「全くもう、つれないなあ」


どう考えても友好的な関係をもっているようには思えなかったが、なぜか臨也は静雄の背後から離れようとしない。

静雄と臨也は、基本的におとなしい来神高校の問題児であり、お互い犬猿の仲でもあった。

入学当初は授業を受ける時間より、静雄が臨也を追いかけまわす時間のほうが圧倒的に多かったのだが、最近はどうやらお互い落ち着いてきたのか一応存在を認める仲にまでは発展したようだった。
それでも、一件落着仲良しこよしになったわけではない。

「………」
当番制の掃除を終わらせて、いつも通り校舎を出る。
基本的に真面目な静雄は、文句言わず授業をしっかり受けて掃除もきちんと済ませた。
それでもやっと家に帰れる、と軽く安堵して下校の時間をむかえようとしたのだが、問題はそこからだった。

『しーずーちゃーん』

あまりにも聞き覚えのある憎たらしい声が静雄の聴覚を支配する。
振り向くとそこには心底楽しそうに笑顔を浮かべた折原臨也が手を振っていた。
「…何しにきやがった」
ドスの効いた声でそういうと、臨也はなおも楽しそうに答える。
「シズちゃんが好きだから、追いかけてきちゃった」
確実に語尾に音符マークがついているような調子で言うと、サービスでウインクもつけてきた。

臨也がそばにいないとき。つまり臨也と喧嘩をしていないときも、静雄はなぜか誰かに見られているような気がしてならなかった。
それが、臨也だとしたら…こんな展開になるのも予想がつく。


「……さっさと帰れよノミ蟲」

乱雑な口調でそう言うと、臨也はむっとした顔をして足を速める静雄にせっせとついていく。
「あれ?『シズちゃんが好き』って言ったのにはつっこまないの?」
「…は、うるせえよ」
「あれれれれ〜?もしかして照れちゃってる?照れちゃってるシズちゃん?」
「……っぶっ殺すぞ…!」
「顔赤いよ?もー言ってることと思ってること逆なんだから。知ってるよ、俺」

静雄は臨也に一切目を合わせない。
臨也の一方的な語り口調には前々からうざったいと思っていたのだ。
それを避けるには無視をするしかない。


一方的なやりとりが続いて、街へと続く横断歩道に出る。

信号機はちょうど赤を示していて、その間に前を通り過ぎる車達が少し憎かった。

臨也は珍しく口を閉じておとなしく信号が青に変わるのを待っていた。貴重な沈黙はそう長く続かないと静雄は思ったのだが、これが意外としばらく続く。
ちらりと横目をやると、少し疲れたような表情で立ち尽くす臨也がいた。
人を馬鹿にするような口調で嘲笑って、上から目線のいつもの臨也ではなかった。そういう顔もするんだな、と少し驚く。


しばらくすると、すぐに信号は青へと変わった。

一歩前へと歩き出す群集に巻き込まれ、横断歩道を渡りきる。


「…なに黙ってんだよ」

目は合わさずに、口だけでそう言う。
沈黙には慣れていたが、なぜか臨也との沈黙には不快感があったのだ。

「…なんでだと思う?」


こっちから聞いたのに逆に問われた。
静雄は紛らわしいものが大嫌いだ。単刀直入に、
「知るか」
と一喝する。
他人の気持ちなんて自分が知っているわけがない。

臨也は何もいじっていない黒髪を揺らしながら、ゆっくり上を向いた。

「好きだから」

さっきも聞いた、と口早に答えてやると、臨也は馬鹿じゃないの、とわりと本気の表情をしながら呟いた。
「ライクじゃなくて、ラブだよ。恋愛対象としての、好き」

周りにこんなことが聞こえないように、少し小さめの声だった。

静雄は少し驚いた。男に本気の告白をされた、ということではなく、折原臨也に告白をされた、ということにだ。
以前から好き好きとうるさかった記憶はあったが、ただ単にからかっているのではなく、それは相手にとって本気の言葉だったらしい。



静雄は、立ち止まって臨也の正面に立つ。

「……臨也」

動揺の表情を一生懸命隠しながら言葉を吐く。


「俺はお前が嫌いだ」


はっきりした口調でそう言い放つと、臨也はやっぱりな、といった表情で溜息をついた。

「それでも」
少ししょんぼりしてしまった臨也を片目に、静雄はとぎれとぎれ言葉をつないでいく。

「…これから、俺がお前を好きになる可能性がない…っていうわけじゃあねえ」

その言葉に勇気づけられたかのように、肩を落としていた臨也が目をまんまるくして静雄を見つめる。
「……俺だって、お前をそういう目で見たときもある」



路地の隅で、カミングアウトをし合う男子高校生はそうそういない。
そんな非日常を望んでいる人間は、この地球にどのくらいいるのだろうか。


お互いのメールアドレスを交換したのは、確かこのときだった気がする。
わざわざ交換しなくとも、臨也は静雄のアドレスを知っているようだったが、そんなことまで告白してしまうと少なくとも目は潰される。
「いっぱいいたずらメール送るから」
そう言い残して、やっとお互い道が分かれた。



こんなに忙しい下校時間は初めてだった。




*****


静雄が帰宅してしばらく経った頃。
携帯の画面を開くと、新着メール一件の文字が目に映った。
慣れない手つきで操作をすると、画面がメールの受信箱へと移り変わる。
本文を読んで、姿からは想像できない幼さに一人で笑ってしまった。

どんな返信をしたらいいだろうか。
それを考えるのに一分ももたず、結局電話をかけてしまう。


字なんかより、あいつの声が一番好きだ。




*****


From:いざや
件名:無題

本文:
だいすき。



*****








ぷらすまいなす、0。









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あきゅろす。
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