目に焼き付くほどの茜空
「はい?」
と目を疑いたくなるような光景に顔を思い切り歪めてしまった。目の前の人物は笑顔で片手を上げている。その後ろに立つフレンはそんなあたしを見て口元をひきつらせながら目線を反らした。
「何だよその顔は?」
「そうさせたのは誰よ」
腕を組んで不満を露わにする原因である人物ユーリ。あたしも真似るかのように腕を組んで仁王立ちする。
「だから言ったじゃないか」
「俺が何したって言うんだ?」
額に手を当てて盛大な溜息を吐くフレン。事の原因の筈のユーリはあっけらかんとしている。ああ、ここに来るまでのフレンの苦労が目に見える。哀れと言うべきか何と言うべきか。
「フレン。どういうこと?」
何でユーリが城にいるのか。あたしは今仕事中。何故かあたし担当になったあの図書室で掃除をしてればノック音。エステリーゼかと思ったけど、返事の後に入ってきたのは顔色の悪いフレンと、さも当たり前な顔をしているユーリ。見ただけで現状がわかる人がいたら教えて欲しいものだ。
「ユーリがまた悪さをしてね、一晩牢に入らせれたんだけど……」
「俺がお前の仕事振りを見たいって言ったんだ」
どこから突っ込むべきか。いや、今の会話に関しては全部なんだろう。きっとフレンもあたし同様に頭痛がしてならないだろうな。幼なじみってだけでこんな苦労するなんて。
「まず、何やったの?」
「ちょっと素行の悪い兵に暴力を振るったんだよ」
「ああ!?あれはあっちからやってきたんだろ!」
向こうのは軽傷だろ。君がやったのは骨折だ。あたしの問いに答えたフレンに言い返すユーリ。けど正当防衛を逸脱してるとフレンが付け加えるとバツが悪そうそっぽを向く。その光景が見えるようでならないや。
「倍返し以上ならユーリが悪い」
「なんだよ、空良まで」
詳しい状況はわかんないけど、相手の骨を折るまではたぶんやりすぎ。せいぜい鼻血が出るまでにしておけばいいのに。
「やるなら顎に一発で十分伸せるでしょ?」
「……空良」
グッと拳を握ってみせれば、君まで…とフレンが項垂れる。ユーリなんかはなるほどと頷く。
「そういう問題じゃないよ。殴り返す意味がわからないよ」
「ま、状況によるって事で」
暴力に暴力で返すのは確かに間違ってるだろうけど、ユーリにそれを求めるのはムリだろうし。下町のみんなのことだから尚のこと。
「んで、いつまであたしの仕事を邪魔をするの?」
あとちょっとで終わるってのに手を止めさせられて早十数分。日も少しずつ傾き初めてオレンジの光へと変わってきている。
「あ、ごめん!そんなつもりはなかったんだ」
「ならさっさと終わらせて帰るぞ」
ああなんて対照的な二人なんだ。邪魔をして悪いと思い謝るフレンに対して悪びれることなく仕事しろと言うユーリ。何度も言うようだけどなんであたしはユーリが好きなんだろう。悪いのに引っかかったね。そのことはけして口には出さないけど。出すとまた含みのある笑みを浮かべて悪巧みするから。
「フレン。部外者はさっさとつまみ出して」
「そうだね」
しっしっと手を振ると、うんうんと頷くフレン。ユーリは何だよと少し怒る。いやいや、あなたは立派な部外者です。ただ捕まっただけの。
「なあ、空良。なんでその机だけそんなに念入りに拭くんだ?」
窓際に置かれた丸いテーブル。本を二、三冊置いたらいっぱいになるくらいの小さなテーブル。それを一番綺麗な布で水拭きしてから乾拭き。ゆっくり丁寧に。
「この席は特別だから」
笑みを浮かべてれば虚を突かれたように目を丸くするユーリとフレン。フレンはたぶん理由を知ってるだろうけど、ユーリには言えない。貴族とかそういうのが嫌いなユーリはきっといい顔をしない。貴族のお姫様があたしの友達で、この席で本を読むのが好きなこと。彼女はユーリが知ってる貴族とは違うけど、でも同じと言うだろう。
「これで終わりっと」
指紋一つないくらい綺麗に拭かれたテーブル。きっと明日この部屋に来たら彼女がここで本を読んでいるはず。
「じゃ、帰ろっか?」
本日の業務終了。時間もちょうどで、それを知らせる鐘も鳴る。飯でもって食ってくかというユーリの意見に賛成して夕日に染まった図書室を後にした。
(また明日、ここで)
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