夜空を照らす月光のよう 「あのー」 困った。本当に困った。あたしにどうしろと言うのだ?これがユーリやフレンなら怒鳴り散らしてやるんだけど、さすがにそれは出来ない。やったらクビどころじゃない。それにフレンにも迷惑が掛かる。はてさてどうしたものか。 「……エステリーゼ様……そろそろ……」 「はい、もう少しだけ」 そう言ってもう一時間は経過している。掃除自体はこの部屋で終わり。この割り当てられた部屋の中で一番広い部屋を掃除したら終わりなのに、全く進まない。このやり取りも何度やったことだろうか。 「あと三十分ですよ」 「はい」 返事はするんだよね。まあ、その間に彼女のいる場所以外を掃除するか。やらないと帰れないし怒られるし。奥の棚からやるか。 「やれやれ」 この城の中のもう一つの図書室……いや書庫か。古すぎる物や童話のような物ばかりある部屋だし。読むための机や椅子も一組しかない。ここは彼女、エステリーゼ専用なのだ。エステリーゼ様、か。仮にも王位継承者だし。 「本の虫ってああいうのをいうのかな?」 あたしにはわからない。読書をしないわけじゃない。進んではしない。どっちかというと体を動かしている方が好き。疲れるけどこの仕事も嫌いじゃない。慣れてくれば掃除以外の仕事もやることになるだろうけど。 「あ、あの…」 「はい?」 脚立の下から控えめに呼ぶ声。視線を下ろせば両手でしっかりと本を持ちこちらを見上げるエステリーゼ。うっすら頬を赤く染めて、こちらを見たり視線を逸らしたりと落ち着かない様子。 「どうかしましたか?」 話しかけておいて何も言わない彼女に少し苛つく。こっちは彼女のせいで仕事が進まない。今も手を止めているんだけど。 「そ、その!……す、スカートが……」 そこまで言うと顔を真っ赤にして俯いてしまった。スカート?それが何なんだ?と脚立に跨がる自身の下半身を見る。 「あー」 納得。極端に短くないにしろ結構の高さの脚立に跨がっている。跨がっているだけでも実は際どいラインになってるんだよね。たぶん下からだと見えているのだろう。 「大丈夫ですよ。これは見せパンですから」 「みせぱん?」 可愛いなぁ。あたしと年変わんないくらいだったよね?何だけど、目を丸くして首を傾げる姿は可愛らしい。説明するのに上からは失礼だから床へと降りる。 「人に見られても平気な下着ですよ」 「下着なのに、見られていいんですか?」 うん、そうだね。あたしには当たり前なんだけど、この世界の人にはわかんないよね。ましてや王族なら尚更かな。本人には言えないけど天然っぽいというか世間知らずっぱいというか。ちょっとした常識も知らなそう。偏った知識はありそうだけど。 「高所作業をしても平気な様にレギンスを履いてるんですよ」 これくらいの短いのです、と腿の辺りを指す。いくらあたしでも下着丸見えで作業はしない。仕事場所が場所なだけにね。 「そんなものがあるんですか?」 「ええ、まあ…」 実際、テルカ・リュミレースに戻ってきてから街で買ったけど、それ用じゃないんだよね。あたしが勝手に見せパン用に使用してるだけで。 「そうです!」 いきなり手を叩いて声を上げるエステリーゼ。突然何だ?と目を丸くしていると彼女は右手を差し出す。 「自己紹介がまだでした。私はエステリーゼと言います。あなたは?」 今更かい。とツッコミたくもなるが、会話をしたのはこれが初めて。城で働くようになってから何度か姿は見たことがあるけど、そう言えば話すのは初めてだ。まあ、王族とメイドが話す事なんてよほどじゃなければないけどね。 「私は空良と申します。以後お見知り置きを」 お偉いさんへの挨拶ってこれでいいのかと内心不安に覆われつつも取り敢えず名乗る。彼女ならたぶん大丈夫だろう。 「空良…ですか。いい名ですね」 「ありがとうございます」 名前を褒めるとは。街で見た貴族とは全く違う、王族であるエステリーゼに驚かれる。こうも違うのか。王族であることを鼻に掛けない。見たままのふんわりした感じのお姫様。 「これからもよろしくお願いしますね」 「はい……って?」 『も』って、『も』って言ったよね?え、どういう意味? (長い付き合いになりそうです) ←→ |