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act:01 愛しき君へ





「イオン」



いつもと同じようにノックをして部屋へと入る。イオンはベッドで上半身のみを起こしたままで窓の外を眺めていた。



「セラ」



君はゆっくりとあたしへと首を向ける。青白い顔……今日はあまり調子がよくない。それは仕方のないことなのかもしれない。去年に発症した病気のせいで公務も休みがちなのだから。



「パメラさんからクッキー貰ったよ」
「へぇ…じゃあ、お茶入れてよ」



手に持っていたクッキーの入った袋を見せればにっこりと笑う。見た目は笑っているように見えるけど、目の奥底では全く笑っていない。いつのころからだろうかイオンがあたしにも『笑わなく』なったのは。



たぶんイオンがダアトに来てからだ。そう……イオンが『導師』になって自分の『預言』を詠んでから。その時のことはあたしは知らない。まだ両親と暮らしていたから。8才の時に導師になるために単身ダアトに行ってしまった君。



「セラがダアトに来てもう二年だっけ?」
「そうだね。イオンのおかげでこうして何不自由なく暮らしてるよ」



イオンが預言によって『導師』に選ばれてダアトに行ってしまって二年後に両親が事故で死んだ。その訃報を聞きつけたイオンがあたしを教団に迎え入れるようにしてくれた。あたしがイオンの世話係兼、話し相手として教団に出入りするようなって更に二年。神託の盾の人間ではないあたしはイオンの計らいでこうして協会内や導師であるイオンの私室を自由に出入りさせて貰っている。あたしが自由にしていてお偉いさんたちが何も言わないのはイオンがもう長くないから?



「パメラさんのクッキーおしい〜」
「セラの入れたお茶も美味しいよ」



クッキーを頬張って幸せ気分をしたるあたしにイオンはクスクスと笑いながらそう言った。どこでそんなタラシみたいな言葉覚えたんだか。



「それはどーも」


イオンとあたしは幼なじみ。いつでも一緒で掛替えのない存在。君はあたしに光をくれた大切な恩人なんだ。あたしは君がいたから生きてこれた。君は……いつまであたしの側にいてくれる?



「最近よくヴァンとよく話してるけど何を話してるの?何かあったの?」



ほんとは最近なんかじゃない。たぶんあたしがダアトに来る前からだ。ここに来てからの君は変わってしまった。こんな風に「何かあった?」と聞くのも初めてじゃない。きっと君は今日も教えてくれない。



「ああ、大したことじゃないよ。最近は体調が悪いせいか仕事を任せっきりだったろ?」
「そう言えばこの間も大量の書類を抱えてたのを見たよ」



イオン……君は何を考えてるの?あたしには言えない?君にとってあたしは信用も信頼も取るに足らない存在なの?……寂しいよ。いつも一緒で誰より近い存在だったのに、今はすごく遠い。



「…少し寒いね」



窓から入り込む風は冷たい。まるでイオンの変わってしまった心のように。君は何も言わずに、ただ外を眺めていた。






あの日以来、あたしは君に会っていない。ううん……会わせてもらえなかった。
君の心の闇を知っていたらあたしはいつまでも君の傍に居られたかな。









愛しき
(あたしは君に何が出来た?)


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