act:15 静寂な現し世
「大丈夫ですか?」
執務室を後にして何処行くでもなくただひたすら歩いているとたまたま目の前に歩いていたディストとぶつかった。頭一つ分以上背の低いあたしは思い切り廊下の床へとダイブ。ついでに頭を打った。あまりの痛さに起き上がれずにいれば、その細い体の何処にそんな力があるのかあたしを抱き上げすぐ近くのディストの部屋へと連れてかれた。
「セラ?」
「……いっそ記憶が飛べばよかったのに」
ディストのベッドの上で膝を抱えて座る。何の返事をしないあたしに机に向かって何か作業していた彼は椅子ごと振り返る。けどぽつり呟いた言葉に反応したのかこちらへと近付いてくる。
「何かあったのですか?」
あなたがそこまでになるなんて珍しいですよ。と彼の方が珍しくあたしの心配をする。幼い頃からダアトに来てからの付き合いだからか。それでも譜業とレプリカ研究……というよりネビリムって恩師のこととあとあの死霊使いのことしか頭にないと思ってたから、ディストでも人の心配ってできるんだとか頭の片隅に浮かぶ。
「何で……あたしは死ねないのかな」
「ヴァンかシンクに何か言われたのですか?」
全てが悲観的なことしか言えない。根本的なことは何も言わないけど、あたしがこんな風になるのはあの二人くらいだとわかっているからだろう。
「自分で選んだ道なのに……辛くなってきた。どうしてイオンは、あたしを置いて死んだの?」
しかもあんな遺言を残して。全てを見届ける。自分から死なない。そんな誓いを心に決めた。それがあたしにとっての支えだったからで、本当はイオンのレプリカなんて見るのは嫌。でも二人とも嫌いになりきれなくて。人が死ぬのは嫌で。あたしのしていることは矛盾しているのかもしれないけど。
「あなたは私に似てますけど、目的は違います」
ディストもあたしの側に腰を下ろし足元に視線を向けてポツポツと話し始める。あたしもディストも死んだ人間に囚われていてその頃に戻れたらと願っていると。それには否定が出来ない。出来ることなら生き返って欲しい。ディストは大切な人を蘇らせて楽しかったあの頃に帰りたいと。ただあたしとディストの違いは禁忌の方法を用いてまでイオンを生き返らせたいと思わないこと。強がっていても寂しさが孤独感に覆われてるのは確かで、あたしは全てを受け入れて一人で歩いているつもりでいたのかもしれない。
「あたしはイオンに生き返って欲しい訳じゃない。でも、何だろう……何が辛いんだろう」
辛くて苦しい。でも理由がわからない。それも苦しい理由なのかな。
「私には理解しかねるところもありますが、あなたは泣きたいんじゃないですか?」
言葉を失った。泣くという行為をしたことがないわけじゃない。でもディスト言う泣くは思い切り大声を出して止めどなく溢れる涙を拭わず泣き続けろと言うこと。そう言えばイオンが死んだと聞いても泣いた記憶がないや。ああ、死んでしまったという事くらいしか頭になかったと思う。さっきは泣いたけど悔しいくらいしか感じなかった。たぶんディストが言ってる泣くとは違う。
「私でよければ胸を貸しますよ」
もちろん誰にも言いません。そう告げられた瞬間、二年分の苦しみが溢れだしたのか箍が外れたように両目からは涙が溢れだしてきた。悲鳴のような声を上げてディストに抱きついて泣く。こんな風に泣くのは初めてだ。両親やイオンが死んでもこんな風に泣かなかったから。
「ディスト響士」
どれくらい経った頃か、コンコンとノック音。ディストがとりあえず入るように返事をしたので慌てて彼から離れて涙で塗れた顔を拭う。
「こちらにセラ奏手はいらっしゃいますか?」
「何の用」
失礼しますと部屋へと入ってきた兵士はあたしに用があるようだ。一体あたしに何の用があると言うんだか。
「モース様から伝達です。導師イオンがお戻りになったのですが、またこちらを離れると言って聞かないのでセラ様に説得をするようにとのことです」
「セラ!?」
「……全く、タイミングの悪いブタ……わかった、案内して」
本当に空気を読まないじじいめ。とは言え、命令を蹴るわけにはいかないし。
「……セラ」
「大丈夫。ありがとう、ディスト。スッキリしたや」
不思議と軽くなった気がする。あたしは今までの自分を変える気はないからきっとこのままで行くだろう。それもあたしの選んだ運命だと。さっきまでの悲観的な考えじゃない。これがあたしなのだとそれがたとえ間違えだとしても理解しただけ。
静寂な現し世(涙の後の静けさ)
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