[携帯モード] [URL送信]
act:14 それは慟哭のよう






何でだろう。
何がそうなったのだろうか。
あたしは全てを覚悟していたつもりだったのに。





「よかったね」



ヴァンとの会話の後、気の乗らないながらも仕事でもやるかと執務室へと足を向けたのが間違いだった。あたしは部屋に入って先に中にいたシンクを無視して自分の席に着こうと椅子に手を置いたとき彼は楽しそうにそう言った。



「……なにが?」



たぶん……言いたいことはわかる。珍しく仮面を外して笑みを浮かべていたのを見たときから、嫌な予感はしていた。



「アイツ……生きてたんだってね」



やっぱりとも思いたくもない。さっきはヴァンで今度はシンク。導師が生きていると知ったら機嫌を悪くして八つ当たりでもしてくるかと思ったけど、違う方向でやってきた。厄介だ。実に厄介だ。今のあたしにそれを去なす余裕はない。



「安心した?嬉しかった?二度も死ぬところを見なくてよかったね」



何で楽しそうに笑うの?その顔で何で笑うの?
その声で笑うの?
止めてよ
止めてよ
止めてよ
見たくない。聞きたくない。いらない。何もいらない。



「まあ、崩落で死んだなら死体を見ることもないけどね。ああ、そう言えばアンタは奴の死体すら見てないんだっけ」



純粋に笑う彼を見てあたしの中の何かが弾けた気がした。



「止めてよっ!!」



嫌だ嫌だ嫌だ!何も聞きたくない何も見たくない。それだかけが頭の中を駆け巡る。次の瞬間は怒りからか悲しさからかなんてわからないけど、瞬時に間合いを積めて左手でシンクの右手を取って右手でナイフを持ってシンクの喉元に突きつける。きっと今のあたしは醜い顔をしているだろう。彼があたしを憎んでるのは知ってる。イオンに一番近かったあたしを嫌いなのはわかってる。でも人の傷を抉るような事はして欲しくない。



「あたしは……そんなに、強くないっ!」



言われたまま黙って聞き流すことも上手く躱すことも出来ない。いつも葛藤してる。思い出すだけで泣きたくもなる。一人の時間は楽だけど辛い。



「だから?」



彼は残酷だ。そして悲しい人。それでしか生きる意味を見いだせない。シンクだって葛藤してるのは頭でわかってても心はついて行かない。あたしにとってのイオンはあたしの殆どを占めていたから。



「それでも、あたしはあんたを嫌いになりきれない。イオンがどうとかじゃない……ムカつく」



どれくらい振りかに流した涙のせいでシンクの顔がぼやけて見える。彼が今、どんな表情をしているのかがよくわからない。でも、今は見えない方がいい。きっと、もっと違う感情で心を占められてしまうから。



「……ふーん」
「ーーッ!?」



ナイフを突きつけられてるのもお構いなしにシンクは体を前へと動かす。何を馬鹿なことをと思ってナイフを反射的に引けばその手を彼に取られる。そして顔を近づけてきて何をされるのかとそれも反射的に目を瞑れば目尻のあたりに少しザラッとした感触。へっ?なんて間抜けな声を上げて目を開けてみればシンクは天井に視線を向けて



「しょっぱい」



と答えた。それの意味するのは……シンクがあたしの涙を舐めた。あまりの唐突なことに顔が頭が沸騰するくらいに熱が帯びる。怒りより恥ずかしさが上回るくらい。



「少し興味を持ったよ」



ニヤリと口角を上げ笑うシンク。けどその言葉に何だかカチンと来てそのへらへら面を睨み付ける。



「ふざけんじゃないわよ!このーーっん!?」



ブン殴ってやろうかと腕を動かした瞬間、目の前が緑になった。一面緑に何が起きたのかがわからずそれがキスされてるのだとわかるのに数秒。ううん、数秒に思えて実は一秒も経ってないのかもしれない。触れている唇が角度を変えようとしたのか離れようとしたのか、それで我に返りシンクの胸倉を掴んで勢いよく離れる。もちろん只離れることなんてしない。



「ーーっ」



小さく悲鳴を上げたシンクの横っ面を思い切り平手打ちする。バチンっと乾いた音が部屋の中に響く。そして、ポタっと滴が床に落ち茶色のカーペットが黒っぽく染まる。



「何すんのさ」
「お返しだよ」



あたしがシンクにしたのは突き放す瞬間に彼の唇を思い切り噛んでやった。口の端を切ったシンクは血を滴らせ、あたしに叩かれた頬を押さえている。



「……馬鹿じゃないの」
「イオンにもされたことないのに、って?」



ここまで来てもそんな悪態をつくんだ。何を考えてるのかわからない。シンクも彼も……



「……イオンはあたしを見てないよ。あたしが勝手に側にいるだけだもん」



ただ幼なじみとして同情をしてくれるし側にいてくれて優しくもしてくれる。でもそれだけ。好きだったと遺言書には書いてあったけどそれはあたしをただ生かして置くため。真意なんて知らない。けどあたしにとってのイオンは全てだったけど、イオンにとって預言を呪い消し去ることが全て。あたしはただの駒の一つにしかすぎない。



「あたしは誰も愛されないし、愛さない」



人によっては酷いことをされてると思うかもしれない。でも憎むことができない。それでも全てだったから。これ以上ここにいると互いに何を言うか何をするかわからない。だからあたしはそのまま部屋を後にした。



「……アイツは言ったよ……お前にセラは渡さない。たとえ死んでもってね……」





それは慟哭のように
(彼の言葉は聞こえなかった)

[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!