act:09 この気持ちを何て言おう
驚かせされた。自分でもあんな行動に出るなんて思いもしなかった。
「セラっ!!」
今まで出したこともないような大声を上げて届きもないのに手まで伸ばして。
タルタロスから落下していくアイツの姿がスローモーションのようにゆっくりで、怖いとまで思った。
導師を連れたアニスと対峙していたアイツのほうが優位に立っていたのに急に動きを止めて、そのままアニスの攻撃を受けてタルタロスから消えていった。
リグレットも瀕死のラルゴも半ば諦めていた。アリエッタは泣き出してうるさかった。アッシュは……何も言わない。アイツが一番セラのことを知っているはずなのに。
「我々はセントビナーへ行く。奴らの次の行き先は補給などを考えるならここのはずだ」
セラのことを気にならないわけではない。が、ここで立ち止まることも探す時間も無い。神託の盾騎士団に入れば死と隣り合わせの任務に就くことなんて分かっていたことのはずだ。特にこの計画は誰もが生き残るためにやっているわけじゃない。
別にアイツが戻ってくるのを待っていたわけじゃない。ただ、落ち着かなくて外の空気を吸いに出た。したらエンゲーブの方から何かが向かってくるのが見えた。碧色の小柄な何か……それは一人しかいなくて。
「セラ?」
下を向いたままこちらへと走ってきたのは紛れも無くセラだった。タルタロスから落下して行方の知れなくなった彼女が僕の目の前に現れた。服や顔に手足は泥だらけで、目はどこか虚ろだった。
「セラ!?」
普段からは窺えない様子のおかしさから僕のほうから近づき声を掛ける。焦点の合わない瞳で僕を見た。力なく、けど綺麗に笑ったと思ったらそのまま体からは力が抜けて足元から崩れていった。
「ちょっ!!」
地面に倒れこむ前に彼女の体を受け止める。完全に意識を失った体は僕の腕の中に沈んでいった。
「…って、あんた……」
よく見れば泥だらけだと思っていた箇所には無数の傷跡と痣。たぶんどれも落ちたときに付いたものだろう。
コイツの腕はたった一度でも手を合わせたことがある者なら分かる。セラのナイフと譜術ならアニス程度に引けは取らないはずなのに……何があった?導師が原因か?コイツが動揺するならそれしかない。
「バカだよ…あんたは……」
ここにいても仕方ない。とりあえず治癒術師のところにでも連れて行くか。アリエッタなんか泣いて喜ぶかもしれないし。
「シンク?どこに、行ったです、か?」
「ちょうどいいや。治癒術師呼んできて」
腕の中で眠るセラを見せてやればアリエッタは彼女の名前を呼びながら駆け寄ってきた。何度も、意識のないコイツの名前を呼んで。それはいいけど、
「早く、呼んで来てよ。そこの部屋に運ぶから」
「は、はいです!」
全く。暢気なもんだよね。でも、わかってんのかね?『本来』ならアリエッタにとってセラは邪魔者なのに。まぁ、今となってはこの事はアリエッタは知らないだけでセラにはどうでもいいことなんだろうけどね。
「すぐに目を覚ますと思いますよ」
「たいしたことはないのか?」
治癒術師が簡単に治癒術を掛けてそう言うとあまりの呆気なさにラルゴが怪訝そうな表情を浮かべた。
「はい。どこかで治療を受けたのか、傷は表面上だけでたいしたことはないんです」
「では何故倒れたんだ?」
倒れるほどの傷ではないんなら何故さっき倒れたのかと問えば、治癒術師は多分疲労からだと言う。これだけは譜術ではどうこう出来ないから。
「休ませておけばいいんでしょ?後は任せたよ」
「シンク!」
真っ青な顔で眠るセラを一瞥して僕は部屋から出た。それから何処に行くわけでもなく、使用している部屋へと戻る。
「アイツの所にいたと言うわけだ」
様子がおかしかったのもそれが原因か……イライラする。どうして?なんで?僕には関係ないのにどうしてアイツらのことなんかで僕がイライラしなくちゃなんないの?
「……ムカつく」
あの笑顔も僕に見せたわけじゃない。アイツの中の『イオン』の幻に見せてたんだ。そんなことは分かっている。なのにどうして?
この気持ちを何て言おう(僕には必要のないものだったのに…)
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