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傷の




無理だ、どうせお前には理解できない。












脳裏で巻き起こった壮大な妄想は、いつもその言葉が締めくくる。

俺は薬売りとして、裏ではモノノ怪を始末する者として、一体どれくらい生きてきたのか。
時には自分の好きなことを勝手散らし遊び呆けた。でもそれもしばらくするとただのしこりになって、結局今度は手当たりしだい女や酒に溺れたり、あたったり、残った虚無感から必死に逃げようとした。

それから逃げ切れず飲み込まれて、開き直ったりもした後、声をあげて泣いた。

それでも満たされることもなかった。

気付くと自分は泣き止んでいた。





そして、二度と泣けなくなっていた。









心の中に開いた穴が徐々に広がって、固まって、広がって、固まって…



どうせお前には分からない。












「ねえ…薬売りさんて、何か欲しいものとかないの?」





白くすけるほどの肌をあらわにして俺の肩に寄りかかる。右手にあるものをくわえて、口からふうと煙をだして、さあねと呟くと何がおかしいのかなまえは笑った。正式にはそんな名前も嘘だろうが、こんな陳腐な女郎屋で床をはいずる家畜同様の価値しかない仕事を続けるんだ、それくらいしか隠すところがないんだろうと笑った。


笑った、という半ば、内心俺は同情に似た感情をもってなまえをさげすんだ目で見る。


いい女だった。

腹の底ではさっさと金を置いて出ていけと考えているのかもしれないが、そんなあくどい性格だったとしても、それを踏まえても決して手放したくないほど美しい顔と綺麗な体をしていた。











「私に会いに来てくれたの、これで三回目よ。…まだそんなこと聞く仲じゃないかしら」

「アンタらはどんな悪どいことを考えているか分からないんで、ね」

「信用ないのね」

「そういうわけじゃあ、ない」









すぐ下で鼠のような声がした。そう言ってもあながち間違えじゃないか。鼠みたいなもんだ。甲高い音をわざとらしくたてて、なんとかして快楽へ導こうと手や口を存分に使うなまえがいじらしくて、頭をつかんで振ってやった。

首筋にされた口付けのあとがちらちら見えて、ひきずりだした時にかかる鼻息がこそばゆかった。






「では、なまえの本当の名前、そろそろ教えてくれませんか」







ニヤリと笑う。なまえは離された後息をきらしながら俺を見る。布団の中にはいると、すぐに彼女も四つの手足ではって来た。

こんな質問、他の男から嫌というほど聞かれているんだろう、表情ひとつかえずに布団の中にもぐりこんで、俺の腹の上に頭をのっける。生暖かい。殺してやりたい。







「そんな仲じゃ、ないんですか」

「ふふ、私、嘘なんかついてないわ。私はなまえよ。ずーっとね」

「ほう」

「薬売りさんだって本当の名前教えてくれないじゃない」

「俺だって、生まれたときからずうっと、ですよ」







なにそれ、とまた笑う。それを聞こえないくらいのトーンで鼻で笑い返した。幸せじゃないくせによく笑う女だと。








「でも嬉しい。すごく嬉しい。だって薬売りさん、他の子の所には行かないんだもん。あ、他の場所ではどうか知らないけどさ」







少なくともこの店では、となまえは付け足した。
ただ単に一番最初にあたったのがなまえだっただけで、いちいち名前覚えるのも面倒くさかったからだった。ほう、こんな単純な事で「嬉しい」なんて。喜んだふりが見え見えだと一層おかしく思えた。

ただ、だからと言って彼女以外のところへ行く気がなかったのも本当だった。


それに何を言っても彼女の性格がとても好きだった。

名前を覚えるのが面倒くさかったからだと正直に言っても、笑うからだ。




いちいち気にしていたら商売にならないからだと言うが、大したものだとは思う。泣かない、ぐずらない、それでいていうことは聞く、----いい女、だ。


好意に近い感情も、もしかするとあるかもしれない。

が、それでも---










「どうせお前には分からない」

「…何?薬売りさん」

「……」












どうせ、お前になんか。







なまえの目を見る。

見つめ返す、その瞳にうつる自分の表情が情けなく見えた。お前は俺を見て何を思うのか。お前も情けない奴だと思うのか?俺は、笑いものか?












「もう一度、言って?」

「…五月蝿い、絞め殺すぞ」

「ね、…薬売り」











頭を肌に密着させたまま腹から胸、首、顔まではいあがってきて、両頬を掴まれて口付けされる。唇を、なまえの赤い舌が舐めてくる。びくりと動いた俺の手は、なまえの腰をまさぐる。爪をたてると一瞬顔をゆがめたが、ゆがめたまま今度は唇をさいて舌をいれようと一気に重たくなった。




















汚い






うざったい












触るな













爪を、ぎゅっと、食い込ます





















「っ、痛い!」












降参したのはなまえで、お望みどおり絡めてやった舌も味わわず俺からのけぞって離れた。

布団からでた彼女は真っ裸で、腰あたりについた肉が裂けて赤い何かが垂れている。














「どうしたんですかい」

「…私の台詞よ、それ」

「こっちに、おいで」

「…」

「なまえ」

「…いや…」
















おびえてるのか、嫌いになったのか、


複雑すぎて分からないその表情を見て


でも確かに、あきらかにさっきまでとは違う感情をまとったその目を見て














所 詮 人 間 は












なまえが悲鳴をあげたのは、それから数秒した後。




近づき腕をつかみ嫌がるのも無視して布団に引きずり込んでやった。無理やりでも悦ぶ体を見て、本当に女はよく出来た生き物だと罵声を浴びせた。












なまえは泣いた。

初めて泣いた。










それを見てさらに欲情した俺を、この上ないほど酷い、憎悪の塊のような目でにらんだ。それでもすぐにその光を押し殺した。それから彼女は目をつむって泣き声の変わりに、いつもの甘いったるい声だけを響かせてくれた。時々、途切れた声の合間に、謝られた。謝られただけでやめてほしいと頼まれたわけでもなかったので、構わず行為だけは続けた。





そこに、前にはあったはずの何かしらの感情はなくなっていた。どうやったら思い出せるのかも分からなかった。

























あの日、どうやって店から帰ったのかはよく覚えていない。

けれどまた店に行けば、変わらずなまえは働いていた。


声をかけると、笑って一目散に部屋へ連れ込まれた。


それからも、いつもどおりだった。






よく分からないままでも、とりあえずこの前のことを謝ってみた。彼女は幸せじゃない癖してやはりよく笑って、気にしないと言っただけだった。












いい女だった





人間の、単純な思考回路についていけない上に、どうせお前には分からないんだろうという気持ちも、消えなかったけれど



何故かまた泣けるくらいまでに、なっていた。












傷の

舐めあい?






*********************

「おいこら深夜テンションだからって妄想しすぎですよこのやろう。」

「スイマセン。でも今までよりは裏っぽうもの頑張ってみました。」

「生ぬるいわ」

「スイマセン」

っていうテンションです。(何言ってんだこいつ)

























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