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レンカイ&カイマス(仮マスター)
不要の花@[サヨナラハジメマシテ]

「ぁああぁああああっt?dg-dm.t4!p―――っ!!」
校内の廊下に凄まじい悲鳴が響いた。声の発信源を探して、周りを行く生徒達の首が捻られる。
「カイト君!?カイト君しっかりしなさい!!」
「O2m2venvk6 ag2ga 12_3g522vjkg3w5js2
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    j_15swxs?Uupjk5e16sx」
廊下の真ん中で蹲り、お気に入りの眼鏡を踏み壊しても気付かないその喉から出る声。それは悲鳴から奇声へと変わり、カイトがシステムダウンして崩れ落ちるまで流れ続けた。

***********

システムダウンしたカイトを担いで、その日は全員で学校を早退した。
「じゃあ原因わからないんだね…?」
年長者のカイコからの連絡を受け、マスターが職場から飛んで帰ってきた。

カイトは今メンテナンス台の上で寝ている。周りは同居人のマスターを筆頭にカイコ・がくぽ・グミ・ミク・リンそして僕、レンが固めている。
「はい…本当に突然なんです。移動教室の時間で、合同授業だったので私と一緒に、廊下を歩いてただけで……。一緒の授業、楽しみだねって笑って…っ」
カイコが手で顔を覆って涙ぐむ。どう声を掛けるべきか皆悩んでいるとがくぽがその頭を撫でた。
「その声は確かに職員室まで届いたでござるよ。否、最早声とは、呼べぬものであったやも知れぬが…」
独特の口調を使うがくぽ。仕事として教員免許なんて会得している数少ない変わったボーカロイドだ。
「わたくし達の教室にも届いておりましてよ?皆さんで駆けつけたその時にはすでに」
「カイト兄さんは、…落ちて…ました」
「…ねぇ…あれ本当にお兄ちゃんの声なの?
凄く怖かったんだよ!?お兄ちゃんの声は優しくてかっこよくて…!」
冷静に取り繕うグミ、何とか思考回路を働かせるミク、完全に取り乱すリン。
「レン君は?何かおかしな事とか、気付かなかった?」
「いいえ…。僕は別校舎での授業だったから、駆けつけたのは最後でしたし…」
実際に奇声を聞いて皆を見つけた頃には、他の皆に呼び掛けられ倒れている時だった。
早急に全員でその場を離れ此処へ戻る事になり、身長のあるカイコが背負おうとしてそれをがくぽが交替していた。
「どうしよう…瑠海叔母さんは海外主張って言われたし…。やっぱりセンターに」

ぶぅ…ん。

鈍い音がして、カイトの閉じていた瞳が開き上半身を起き上がらせた。
「そんな」
誰もが絶句する。
自ら機能停止する事はあっても再起動するはずがない。でも現に今、全員の目の前で一人で起き上がったのだ。
「…か、カイト?」
不安を抑えながらその名を呼ぶ。一息ついて、カイトが薄く笑ってマスターの顔を見る。
「,tpja._3mw_m?u2xgn-?2b_63.52nstbemsp」
何を言ってるのかわからない。
笑顔で発せられる、機械の壊れた音声。雑音混じりのそれはもう何の意味も成していない。
「Db_264pwjgdjdjbss6w,66tjtpdwnStr27pjtkmtj6tmjmt11_s,ji154k66wg2a_t3s67jrp3_dr.6-0r533e5335
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「や、やだぁっ!!」
「カイト君!?カイト君何言ってるの!?」
「お兄ちゃん!?」
「皆!!部屋から出て!!とりあえず強制終了させるから早くっ!!」
いつも通りの優しい笑顔と、それを裏切るおぞましい奇声。釣り合わない状態のままカイトの声は更に響いていく。
がくぽとカイコが妹達を引き連れて部屋の外へ駆けた。リンは恐怖から動けずがくぽに抱えられていた。
「…レン君も」
「見届けます」
僕の言葉に、マスターが痛く悲しい顔をした。
「皆の代わりに、僕が見届けます。
壊れる瞬間、それでも一人は寂しいだろうから…」
何か言いたげな、でも何も言えないマスター。ごめんなさい、でも皆理解してる。
これが『バグ』である事。センターに行けば直るだろう事。

直ったとしても、バグる前のカイトがそのまま帰ってくる事はゼロに等しい事。

「…なんで、こうなっちゃったのかなぁ…」
大人とはいえ実年齢からすればまだ子供のマスター。その若さで僕らボーカロイドを複数所有出来るのは、単に身内に関係者が居るからだろう。
そんな彼女の、本心。その場に泣き崩れてしまって、肩に手を添えて慰めるしか出来ない自分。
「…例え、人格が変わっても兄さんは兄さんです。直せるのは、貴女達『人間』しか居ないんです。…僕達を、見捨てないで下さい…」
「…見捨てないわ…絶対に。だって家族だもの…!当然よ!!私達の大切な家族ですもの!!」
依然として訳のわからない呂律をたて並べていたカイトが、マスターの叫びを聞いて声を止めた。驚いて二人でカイトを見ると、静かな瞳で此方を見つめ返してきた。
《ますたー》
電脳に直接響くカイトの声。それは壊れる前の、ても何処と無くちぐはぐとした違和感のある声。
「マスター…。兄さんが、『マスター』って…」
「…え?カイト?」
マスターにはやっぱり聞こえていない。
《ワスレテクダサイ》
「忘れてって…兄さんっ!?」
《モウ、だめソウデス》
《カゾク…カナシマセタクアリマセン》
響く声をそのままマスターに伝える。顔を赤くしてマスターが怒鳴った。
「ダメとか言わないで!!直すんだから!!また学校行って何をしたとかの話聞かせてよ!?」
《ゴメンナサイ…ゴメンナサイ…ゴメンナサイ…》
人工の瞳が曇っていく。『ごめんなさい』を繰り返しながら。
「嫌よ…嫌よカイト!いやぁぁあ!!」
《――――――――――》

ゴトッ…と音をたて再び台の上に転がった無機質なその身体。開いたままの瞳は、光を帯びた深い蒼から真っ暗な黒い色へと変わっていた。
マスターの叫びは、声となって出ていなかった。


最後に聞こえたカイトの声。

―――忘れないでいてくれるのなら、それはとても嬉しい事。でもだからこそ、笑っていて下さい。

僕は、それを今だ伝え損ねている。

**********

この家からKAITOが居なくなってから半年が過ぎた。
最初は皆塞ぎこんだまま無気力な生活を送っていた。マスターも口に出さず、だけど他の皆の事ちゃんと考えてくれて、通常通りに振る舞っていた。
それでも辛さからか、仕事の時間が極端に長くなった。

日に日に時間は過ぎて。少しずつでも皆元の生活に戻ろうと必死に自分に言い聞かせた。


(兄さんに限った事じゃない)
有機で造られた自分達は、それでもやはり機械である。壊れる可能性は、人間が死に逝くように常に隣にある。
P〜PP〜 ♪PPP ♪
余り使う事のない携帯が鳴った。使わなさすぎてイマイチ使い方がわからないそれを、何とか繋げる。
「っと。どうかしたのリン?」
『出るの遅いわよっ!何処に居るの?』
電話の相手はリンだった。いきなり怒られるのはまぁ仕方無いか。
「使い方がイマイチわからないんだごめん。今、適当に散歩してる…」
この半年、まともに学校へは行っていない。そもそも行く必要はなかったのだが、他のメンバーが行きいたいと言い出し通学する事になった。
「サボり魔!!…まぁいいわ。すぐ戻って来れる?
全員揃ってからにしたいんだって…マスターが」
何かあったのかと尋ねると、困ったような悲しいような…それでいて嬉しいような、よくわからない声が返ってきた。

「うん、新しい『お兄ちゃん』が、来るんだって…」


**********

慌てた。
とにかく急いでいたから、普段使わない裏道を走った。不慣れな道だったから、何度か転けた。
こんなに、家って遠かったっけ?
近いと思っていた公園。水の流れる音は心地好くて四季折々の花が咲き誇る噴水の広場でよく過ごしていた。
その場所から家へ。ただひたすら走った。

「ただいまっ!!」
玄関を抜けメンテナンスルームへ。入り口のドアで皆が固まっていた。
「遅いですわよ?待ちくたびれましたわ」
お嬢様口調のグミにおでこをつんっとさされた。ごめんと謝ると許してもらえた。
「また僕が最後なんだね」
「レン殿が一番遠い地に居られたのでござろ?我々は皆学校に居た故」
「タクシーで帰ってきたの♪」
ミク姉さんの言葉に思ったのが、遠い近い関係無い気がする…という事だけだった。
「マスター。全員揃いました。入っても宜しいですか?」
ドアをノックしてカイコが尋ねた。一番嬉しそうだ。兄さんと違うとはいえ彼女のベースはKAITO。まるで半身が帰ってくるような気分であろう。すぐにマスターから入室の許可が降り、中に入ってゆく。

マスターと、その脇のプロジェクターに知らない少年が居た。
「ん?」「え?」「あら」
かなり薄い紫…と言うより碧に翠が更に混ざったようななんとも言えない色の髪。そしてプラグに繋がれたその身体は、小さい。
下手するとリンと同じ位の背丈かもしれない。
「えっと…マスター?この…子が新しいKAITO?」
「そうよ?瑠海叔母さんから貰ったの」
「マスター…これじゃお兄ちゃんじゃないよぅ?」
間違いなくこの少年が新しい家族となるKAITOらしい。しかし兄じゃなくどちらかと言えば弟だ。
「叔母さんが言うには、プロトタイプなんですって。だから同じモジュールでも、少し変わってるらしいわ。
さぁ、そろそろ起きて挨拶しなくちゃね?」


何処かの民族衣装のような服。
基本のマフラーにはピンクの花が二つ。紫色のマフラーはゆったりと巻いている。
白のハーフコートは裾が広がって紫のグラデーションに金の鎖模様。腰には慌てウサギが持ってそうな大きな時計を鎖で巻いていた。
翠がかった碧の髪に羽飾りを一本差して、少年は起動音とともに瞳を開いた。

「おはよう?気分はどうかしら?」
「……………」
起動したてでボンヤリしてるのか、反応がない。
「おーい?聞こえてるかしら…?

どうしよう…何か間違えちゃったのかな私」
手順通りに操作したんだけどな…?と不安そうに顔を覗き込むマスター。
「どうしたでござるか彼は」
「寝坊助なんですかね?あーえっと、カイトさん?」
何故か『兄さん』とは呼べなかった。
心の何処かで、『兄さん』はあの人しか居ないと今だ思っているのだろうか…。
「…………かいと?」
眠たそうな目付きのまま自分の名前を呼んだ。『?』は要らないだろう?
「起きた?私わかる?」
「マスター……」
良かったちゃんと稼働した!と喜ぶマスター。あい変わらずぼんやり顔のまま微動だにしないカイト。
一通り皆が自己紹介をしたあと、夕食には早いけどお祝いにと外で食事をする事になった。
プラグを外してプロジェクターから落ちたカイト。
段差なんて、数センチあるかないかの台から、彼は躊躇なく自らの足を絡めて躓いて転けたのだ。
「だ、大丈夫?」
突然の出来事に驚き起き上がらせるカイコ。痛くないのか無表情はそのままに平気とだけつけた。
「…あんなお兄ちゃん…やだ…」
リンがボソッと呟いた。側に居たグミとミクも何か囁きあっている。
「なんか動き悪いですね?おかしな所あるんなら、マスターに言った方が良いですよ?」
起動したてってこんなだったかな?とふと自分達の時を思い出す。いや、リンなんかは元気にはしゃいでたよな?
とか考えた瞬間にまた転けた。何か躓くものはあったかな…?
「カイトさん?手、繋ぎましょうか」
これ以上転けるとそれこそ故障しかねない…。相手の返事を待たずにその手をとった。
「………なまえ」
「? さっき言いましたけど…鏡音レンです。貴方の弟…なんですよ一応」
「……なまえ…」
車に着くまで彼は『なまえ…』と繰り返した。本気で大丈夫かなと不安になった。

**********

「お兄さんって言うかは弟って感じだね」
「良かったわね〜レン。弟出来て」
車で20分程度にあるファミレス。大人数なのでテーブルを二つ使った。
「なに食べる?」
「私これ食べたい!!」
各々メニュー表を片手にあれよこれよと注文をいれる。カイトの番になってメニュー表を睨む(無表情のまま)
「カイトさん?何が好きですか?」
「…花」
ファミレスに来て花を注文する人はいないだろう。
メンバーが苦笑している姿が見える。
「此処は食事をする為の施設ですわ。早く決めてくださらないかしら?」
「早くして〜お腹空いた〜」
「マスター、先に注文していても良いですか〜?」
女三人衆は煩いなぁ…。同じ女性型のカイコは大人しくて優しいのに。
ベースのKAITOがそれだけ優しかったんだなと今更実感する。しかし隣のこいつは正直同じKAITOだど思えない。
「カイトさん、早くしないと食いっぱぐれますよ?決められないなら、僕と同じのにします?」
メニューを探す仕種すら見せず固まっているカイト。僕の言葉に不思議な色身を帯びた瞳を向け頷いた。

**********

家路について、此処からは自由時間という事で全員がバラけた。それに小さな違和感を感じたのは僕だけだろうか…?
「カイトさんも部屋に戻りますか?」
「へや…?」
あ、そうか…。間取りも知らないまま外へ連れ出したんだっけ?ていうか、この人の部屋は何処だろう?
「待ってて下さい、聞いてきます」
マスターの部屋へ行き場所を聞いて、カイトを案内した。部屋の位置を伝え損ねた事をマスターは特に何も言わなかった。
「じゃあまた明日。おやすみなさい」
「レン」
部屋の前で別れを告げて自室へ向かおうとして、呼び止められた。
「ありがとう」
変わらない表情で、抑揚のない声で。告げられた感謝の言葉。大した事なんて何もしていないけれど。
それでもこのボンヤリした彼の記憶に、自分の名前を刻んで貰えていた事が何となく嬉しかった。
「これ位なんでもないですよ。おやすみ、小さな兄さん」
笑って手を振って部屋に入った。後で風呂に行こうか…。今行くと誰かと鉢合わせるかもしれないし。


「……………」
部屋に入って、中を見回して、天井を見上げたままカイトは立っていた。
「へや…、部、屋…」

**********

あれから結構な時間がたった。そろそろ風呂場も空いてるだろうと着替えをもって部屋を出た。
階段に向かう途中、カイトの部屋が開いてるのに気付いた。
「流石に鍵の掛け方、わからない訳ないですよね…」
別に家の中だし。危ない奴が居たらそれこそがくぽ辺りが日本刀を片手に天誅をかますだろう。
だから安全な筈なんだ。それなのに気になってしまって…。部屋を勝手に開けて中へ侵入した。
今回のはやけに世話の焼ける兄さんというか、弟ってこんな感じなのか?自分のポジションも弟だけどもう少ししっかりしてるはず…。
「? わっ」
中に入ってまず視界に映ったのは幽霊の如くボンヤリと立っているカイト。彼はずっと天井だけを見詰めている。特に天井には何もない。
その後見た、部屋の中。異常な位殺風景だ。

まず、ベッド。僕達のみたいに個性に合わせたタイプじゃなく簡素なモノ。
そしてクローゼット。多分中身は…無いと思う。
(突然とはいえ、マスター何も用意してない…?
僕らの時は…色々貰った…)
「……レン」
「うわっ、すみません勝手に入って…」
「ねむい…」
視線はずっと上を向いたまま、此方を全く見ずにそう言った。
「眠いんなら眠って大丈夫ですよ?皆もう好きに過ごしてますし」
「…」
窓の外から街灯の明かりが入ってきていて、小さな身体を照らす。壊れた人形のように生きる事を止めたような立ち姿に、思わず腕を掴んでいた。
「…?」
「あ…えと、お風呂、入りませんか?」
何か考えて起こした行動じゃなかったら、その場を繋ぐ為に口から出た。
入る。そう言っているのだろう瞳を見つけ、風呂場へ連行した。
彼は素直に付いてきた。

浴室に座り込んでシャワーからお湯を浴び続けていたので、髪を勝手に洗ってあげた。
「……きもちいい……」
「身体は自分で洗うんですよー?って、カイトさん此処で寝ちゃダメですよ!?」
「……つめたい…」
「眠気覚ましです。眠いんなら早くあがって寝ましょうね?」

世話の焼ける小さな兄さん。
僕の中でこの人は完全にこう位置付けた。

「じゃあ今度こそおやすみなさい」
「………」
殺風景な部屋の前。おやすみを告げても、今度は何も返ってこない。
「カイトさん?」
自前の衣装しか無かったので、とりあえず僕のパジャマを一着着せたら、やっぱり少し大きくて。辛うじて袖の先から指が少し見える。
「…おや…すみ…」
その短い単語が出てくるまで少し時間がかかった。普通ならこういうタイプの奴は苛立つモノなんだけど、この人だけにはそれが沸かない。
「どうかしたんですか?何かあるのなら、僕が聞きますから言って下さい?」
「……。
……ひとり…」
「ひとり?一人で、寝れませんか?」
ぽつりと漏らされた声にそう尋ねると首が大きく縦に振られた。完全に、子供だ。
「…ふっ。仕方ないですね。じゃあ僕の部屋へ」
手を引いて、数メートル先の部屋へ向かう。
カイトさんと僕の部屋と部屋の間に、もう一部屋あった。その部屋の前で引いていた手が立ち止まった。
「部屋…だれ?」
「…もう居ないんです。病気で死んでしまった兄さんの部屋だったんですよ」
この一言でだいたいの予想はできると思う。登録されてるマスター情報に子供は居ないし、僕らが『兄』と呼ぶのは、『一種(ヒトリ)』KAITOしかいないから。
「そぅ…」
納得したのか動き出した。
主の居なくなった部屋は、この半年誰も踏み込んだ事のない空間となっていた…。

**********

カイトが来てから三日が過ぎた。
仕事へ行くマスター。学校へ行く他のメンバー。
逆に家から一歩も出ないカイト。学校へは行く気のない僕。必然とカイトとの交流が増えた。
話慣れると、何が言いたいのかわかるし無表情の中の変化もわかり始めた。

今朝もマスターは早朝から仕事で、他のメンバーも登校準備が済み玄関へ集まっていた。
「レン殿はまだ学校へは参られぬか?」
「そろそろ来られませんとおバカになりますわよ」
「このあたしと同じ顔して馬鹿になったら許さないわよ?恥さらしとして顔の形変わるまで潰してあげる♪」
「リンちゃん女の子が怖い事言わないのっ。でも本当、コンクールの選抜もあるし、レン君なら受かると思うわ。だから早く出てきてね?」
がくぽ、グミ、リン、カイコが毎朝恒例の挨拶を投げ掛ける。
「カイコ姉さん。僕より姉さんの方が人気あるんじゃない?」
「当たり前よ!!サボり魔の誰かと違ってお姉ちゃん超カッコいいんだから!!」
「私もお姉ちゃんとデュエットしたい〜!!カッコいい歌、一緒に歌うんだ!!」
リンにイーっ!!と軽く叱られミク姉さんが本音を漏らす。ほんと、カイト兄さん同様カイコ姉さんも大人気だ。
「…おはよう…」
珍しくカイトが玄関に現れた。いつもはこの時間に現れる事は無いからちょっと驚いた。
「おはようございますカイトさん」
「皆もう行こう?」
途端に場の空気が冷えた。
「そうですね、バスに乗り遅れちゃいますし…」
「そうでござるな。そなたも一度学校へ来られるとよい。なかなかに楽しいものぞ?」
がくぽがにこやかに笑って言った。でも、その笑顔も冷たい…。そして
「無理よ、四六時中転ける人は学校なんて向いてないのよ。家の中で無駄に過ごしてれば良いわ」
声も表情も完全に冷えきったリンが言った。
人懐っこくて誰にでも明るく、これでも優しいリンがそんな事言うなんて…信じられなかった。
「…何よレン」
「リン…?ちょっと言い過ぎだろう?」
「本当の事でしょう?じゃあねサボり魔のレン君。精々『おバカなレン』のレッテル貼られないようにしといてよね!!」
そう吐き捨てて皆が出ていった。誰もリンの言葉を咎めなかった事が、辛かった。
「…なんで僕が辛いの?」
ぽんっと頭に手が乗せられる。ビックリして振り返るとカイトが僕の頭を撫でていた。
「…かなしいの?」
辛いと漏らした僕に同調したのか、微かに眉を下げそう訊ねられた。
「僕よりカイトさんの方が悲しくなるべきなんですよ?今日はどうするんですか?」
「レンは、がっこう行かないの?」
この三日で僕とだけはまともに会話が出来るようになってきた。他の人と喋ってる姿は見ないから知らないけど。
「もともと行く必要ってなかったから。皆が行き始めて通う事になっただけで」
「ぼく…」
「行ってみますか?外に出るのも良い事ですし」
視線を下げて言い淀むけど。その続きを何となく予想して先回りして訊ねる。
肯定の仕種があって、私服ではちょっと不味いから制服に着替えた。
「ぼくも?」
「はい、これ着てくださいね」

**********

授業中の学校は静かだ。騒げば立ったままその授業を受けるはめになるから静まり返るのは必然だが。
「…何してるの?」
「勉強ですよ、語学、数学、地理歴史、あと外来語の授業もあります」
「たくさん」
「まだありますよ。ここから外見えるでしょう?」
廊下からこの学校の校庭が見えて、学年はわからないけど男女別に体育の授業を受けていた。
「走るの」
「走ります」
「それだけ?」
「んー…まぁ走る以外の事もしますけど」
無言のまま窓ガラスにへばりついてそれを見ている。何が楽しいのかはわからないけれどずっと見ていた。
「カイトさんって運痴っぽいですよね。体育会系ってより文系ってイメージ。あぁでも見た目だけっぽいですね〜」
「…ばかにしている?」
「せめて平仮名から卒業しましょうね?」

最初は単語が多かった。会話を始めると、どうも片言な所がある事がわかった。
ボーカロイドは言葉の意味も理解出来ないと、心を込めて歌えない。だから基本的に言語力は高いはずなんだけど…。
「初期型ってこうなんですかね?真っ白なメモリーに、自ら取り入れたりするのかな?」
僕の台詞に理解を得ないようで。深く考えたりせずまたガラスの向こうの景色を眺めた。
〜〜♪♪〜〜♪〜〜♯〜〜〜♪……
歌声が聴こえてきた。この声はカイコ姉さんだ、独特のハスキーヴォイスは高く、よく響くからわかりやすい。音楽室を飛び越え学校全体に響いていそうな歌は、他教室で授業を受ける生徒の癒しとなっていると聞いた事があった。
そう言えばコンクールの選抜って言ってたっけ。姉さんなら楽勝だろうな…。
「うた…うた」
「…(-ω-;)カイトさん、『歌』ですよ。せめて音楽関係はしっかりしてくださいお願いします」
本当に子供だなぁ…。小学生レベルかも…(汗)
「そう言えばカイトさんはどんな歌歌うんでしょうか?KAITO曲結構出回ってるから、カイトさんに歌って貰いたいです」
「歌…おしえてもらえなかった。
ぼくは、歌うの?」
『歌』の発音が良くなっている。やっぱり吸収して覚えるのか…。ちょっと漢字ドリルでも買って教えようかな…。
「そうですね、マスターに曲いれてもらって、僕と一緒に練習しましょうか」
こくんと頷く仕種は、自分より幼い体格のせいか可愛らしく見えた。



カイトさんの表情の変化に気付いてあげられれば良かったのにと、後で深く後悔した。


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