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恋愛仕掛けのオレンジ

ぽかぽか、ぽかぽか。
暖かく、緩やかに差し込む午後の光には、そんな擬音が良く似合う。
7:3の割合で空を駆け抜ける雲は、煩過ぎず、おとなし過ぎず悠々と視界に溶け込む。
使い古された言葉にしてみれば、こんな日がずっと続けばいいな、と言ったところだろう。
幸せなうちに瞳を閉じる事が、こんなにも甘美で贅沢な事だとは。

「ただいまシンゲンー!留守番ありがと!」
「ご苦労様…」

幸せから目を開けば、そこにはまた別の。否、それ以上の幸せが目に入る。
それは自分の愛しい女性と、その子供(正確には女性と呼ぶにはまだ少し早いしっかり者の少女と、血よりも深い絆で結ばれた大人びた雰囲気を持つ竜の子)。二人とも、手には大きめの土色の紙袋を抱えていた。
その袋に目をやれば覗かせたのは橙色の丸い形をした果物、てっぺんについた緑色の星形のヘタが橙色をよく映えさせている。

「お帰りなさい御主人、御子さん。もう買い物は終わりましたか?」
「うん、今日はまとめ買い出しじゃなくてデザート用の果物の買い出しだけだったからさ」
「タイムサービス、節約、節約…」
「コ、コーラル…!」

のんびりと流れる時間に身を任せるのも悪くない。
以前よりも家族の数は減ったものの、ラウスブルクの住人達は時間があれば城から下りて顔を見せに来てくれる。
至竜であるコーラルも勉強の一環として、こうしてまた「忘れじの面影亭」で住み込みをしながら母親と宿屋の手伝いをしており、敵対していた幽角獣や月光花の妖精との響界種である彼らも宿屋の従業員として働いていたりする。
変わっていないようで、変わった生活も、慣れてしまう前から居心地が良い。

「まぁ、うん。今日はこれが安かったからね」
「なるほど。蜜柑ですか」
「みか、ん…?」

こちらの世界では聞き慣れない名詞にフェアとコーラルは首を傾げた。
シルターン出身であるシンゲンはたまにこちらの世界のものではない言葉を口にする事がある。それはシンゲンにとってはとても自然な事であるから仕方のない事なのだが、嫌な事はない。
鬼妖界シルターンの言葉はどこか不思議で力のある言い回しが多い。他の世界の言語よりも少し難しく考えつかないような喩えを用いて紡がれた言葉がまた妖しさを醸し出している。
特に自称早熟のコーラルは、シルターンの言葉や文化にとても興味があるらしく、時間を見つけてはシンゲンにシルターンの事を聞き勉強している。
特にシンゲンの持つシルターンの楽器、三味線はコーラルの大のお気に入りで、最近は三味線の弾き方も習ったりしているのも見かけていた。

「この果物、シルターンではミカンって言うんだ?」
「なるほど、また一つ、勉強…」

シンゲンは二人の方へ一歩歩み寄ると近い方のフェアが持った紙袋の中から果物を一つ取り出した。
傷めないように優しくクルリと回すと、ふむ、と小さく頷く。

「良く似てますがシルターンの蜜柑ではありませんね、蜜柑はもう一回り小さくて、皮が薄いですから」
「あ、ちょっと違うんだね?」
「同じ種類、だと思われる…」
「そうですねえ、柑橘類の仲間だと思いますが…」
「カンキツ、ルイ?」

またまた聞き慣れない名詞に首を傾げる二人。
シンゲンはにっこり笑って、手に持った果物を少し上げて二人に見せるようにかざす。

「こういった系統の果物の種類をそう呼びます、やはりこちらの世界ではメジャーじゃないみたいですが」
「なるほど、なるほど…」
「じゃオレンジも柑橘類なんだ」

すっと差し出されたオレンジを受け取りながらフェアは改めて果物を見る。
手に持ったオレンジに集中していると、腕にあった紙袋の重さが消えた。すぐに顔を上げればシンゲンが片手で軽々とオレンジの詰まった紙袋を抱えている。
シンゲンは優しい。
コーラルにも「御子さんも」と手を向けるが小さく首を振って「僕は大丈夫」と返す。
コーラルはフェアの負担が減っただけで満足していたらしい。

「やっぱりシルターンの言葉は難しいよね」
「うん…でも、僕はこの雰囲気とか、好き…」
「自分の故郷を好きと言ってもらえるのは少々こそばゆいですが嬉しいもんでござんすね」

何か不思議な気分ですね、と楽しそうにシンゲンとコーラルが会話をかわす。
その光景だけで幸せを感じる自分は単純なのかと思うと少し笑えて来る。
それでも以前一人きりで生活していた事を考えれば、この細やかな幸せはこの上ない極上の贅沢なのかもしれない。

「…あ」
「どうしたのコーラル?」
「大した事じゃ…なんか、オレンジが…お母さんとシンゲンに似てるな、って…」

突然不思議な事を口に出すコーラルに、今度はフェアとシンゲンが疑問符を浮かべる。

「お母さんが、このオレンジの実で…、シンゲンが、このヘタ…」
「何か二重の意味で傷付くんですが…」

何がとは言わないが多分三人とも「二重」の意味は理解しているのだろう。
事実が事実だけにフェアもフォローがしずらい。

「誤解、良くない…。確かに歌は下手だけど…シンゲン、演奏は上手…」
「コ、コーラル…!」
「…はっきり言われると寧ろ清々しいですね」

笑顔を浮かべたまま多少の暗いオーラを出すシンゲンに、コーラルは構わず続ける。

「オレンジのヘタは…木に実ってる実を、落ちないように支えてる、から…」
「おや、」
「お母さんと、シンゲンに、そっくり…」

直ぐに意味を理解したシンゲンの隣で、理解するのに少し時間がかかったフェアの顔が熟れたトマトのように赤くなる。
にこりと小さく笑って紙袋を抱えたまま先へ走りだすと、数メートル先でくるりと振り向くと二人を見つめた。

「エニシア達が来るまで、僕がお店見てるから…、お母さん達は、ゆっくり来ていいよ…!」

コーラルはそのまままた振り返ると小走りで食堂の方へと走って行ってしまった。
紙袋を持ったシンゲンと、未だ顔を赤くしたフェアはその場に立ち尽くす。
この妙な気遣いに嬉しさ以上に恥ずかしさが込み上げてきて、いてもたってもいられなくなったフェアはオレンジを持ったままの手に力が入った。

「わ、私も…!シルターンの、言葉とか、雰囲気とか…好きだよ…!」
「ん?それはありがとうございます」
「シ、シンゲンの…故郷だもん…!」

フェアはコーラルが走って行った方向へ走りだす。

「それ!ちゃんと食堂に持ってきてよね!」

降り注ぐ陽の光が暖かい。
吹き抜ける風が心地よい。
くすぐったいのは鼻をくすぐるオレンジの香りか、愛しい少女にかけられた言葉か。

「ヘタ、も、まんざらじゃないですね…」


「こんなんじゃ…、全然冷えないよ…」

頬に当てたオレンジのひんやりとした温度が直ぐに温かくなる。

これが幸せでもそうでなくても、取り敢えず。
オレンジの温度で上がった頬の温度は下がりそうにもない事だけは確か。










恋愛仕掛けのオレンジ
(今日はあの子のおやつは抜きにしてやろう)







シンフェ

ギアエニED後シンフェ+コーラル。リィンバウムって…オレンジはオレンジで良いのかな…!?
タイトル元ネタはとある映画なんだけど分かる人いるのかな…!?

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あきゅろす。
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