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命短し恋せよオトメ

「何てゆうか、憐れよね」

突然に発した幼馴染みの言葉を理解するのにはちょっと情報が足りない。
賄いの夕食の後片付けをするフェアは、紅茶を啜りながら自分を見ているリシェルに視線を移す。
割りと珍しくもないリシェルの理解不能な言葉には慣れているつもりだったが、少しばかり心当たりがあるものだからガラにもなく心臓が一回ぴくりと跳ねた。
リシェルが言っている意味と自分が思っている意味が同じだと考えたら、持っていた皿を落としそうになる。

「な、何の事?」

無駄だと分かっていても一応遠慮がちにその意味を恐る恐る尋ねる。

「何って、シンゲンの事に決まってんじゃない」

ああ、やっぱり。
微かな希望に期待した自分を責めるべきだと横切った思考が消されるのは割りと早かった。
コーラル達を守ると決めた事件が解決してから早一月、その事件解決の決戦前夜に結婚しようと言ってくれた変な男。
一緒に住むようになって三月は経つと言うのに期待を裏切るくらいに何もない(まぁ何かあるのなら事件が終わってからだから実質一月だろうが)
リシェルは面白がるネタが悲しいくらい何もない事に、不満を通り越してもう憐れみの目をシンゲンに向けたようだ。

「何かさ、本当に何にもないんだもん。見ててシンゲンに同情しちゃうわよ」
「そ、そんな事言われても…」
「あんたもさぁ…、いや、怖いってのは分かんなくもないわよ?けど待ってくれるって言われたって、いつまでも待ってくれる保証なんてどこにもないんだからね」

言葉とか態度じゃないと、伝わらない事ってのもたくさんあるのよ。と、何か諭されるように言われた言葉にちくりと胸が痛い。
分かっている、頭では分かっているのだ。
今までにも何度かキスを迫られた事はあった。けれどいざとなって怖くなっていつも逃げ出してしまっているのが現実。
それでも次に顔を合わせれば何事もなかったように接してくれる。シンゲンの大人の優しさに甘え続けていられるのもそう長くはない。
自分はリシェルの言うとおり、怖くて怖くて仕方がないのだ。
自分も好きだと認めて、そういう関係になったら、今までに築いてきたモノが音を立てて崩れていくのではないかと。

「あんたは本当にまだまだ若いから良いけどさ、シンゲンはそこそこ若いって言っても良い大人なんだから。身を固められる時間もあんたより短いんだからね」

それ忘れちゃダメよ、と飲み干したティーカップをカウンターの上に置く。
うっすらと紅色の残るカップの底を見ながら小さく頷くと、ぽんぽんと優しく頭を叩かれた。

「じゃ、あたしは帰るわ。また明日の昼に来るから」

リシェルはにこりと笑うと、ごちそうさま、とテーブルの上に置いてあった自分のバックを肩に掛けると早足で玄関の方へ向かう。
そんな幼馴染みの後ろ姿を見ていたら妙に照れ臭くて嬉しくなって、気付いたら声を上げていた。

「ありがとリシェル!おやすみ!」

振り向かずにヒラヒラと手をふる彼女にもう一回微笑みを落とす。
これが終わったらシンゲンに会いにいこう、と、後片付けの続きを始めた。








下弦の月の光が照らす夜は、満月の夜とはまた違った雰囲気を纏う。
月夜はマナがたくさん降り注ぐ為に日光浴とは違う魔力を蓄える力があるのだと、以前リビエルが言っていた。
サプレスの住人ではない自分には、確かにとは分からないが、太陽の光とはまた違う心地よさを感じているのは確かだ。
ひんやりとした涼しさにふわりと身体に纏う優しい光、それでいてほんの少しだけ妖しさを醸し出す空間は言葉には表しがたい美しさを持つ。
そこに不思議なくらい自然にに流れだすのは、大好きな、音。

「また弾いてたの?」

リインバウムでは殆んど見かける事のない楽器を弾いていた男は、フェアの声に紡ぎだした音を静かに止める。
シルターンに古より伝わるというこの楽器、名を三味線と言った。前に弦だのバチだの説明をしてもらった事はあるがいまいち良く覚えてはいない。
自分にとって、大切な人が持っている優しい音を造り出す楽器、と言う認識だけで充分なのだ。

「ええ、こんな綺麗な月夜に打たないなんて月夜に失礼ですからね」
「でも曇り空でも弾いてるよねシンゲン」
「気持ちの問題ですよ」

はは、と笑いながら座っていた段差の隣をぱっぱっと払うと「どうぞ」と手をかざす。
好意に甘えてなるべく音を立てずに一人分の半分だけ間を開けてシンゲンの隣に腰を下ろした。

「…リクエストしてもいい?」
「ええ、あなたのお願いなら何でも」

じゃあ、と言い掛けた途端にシンゲンの曲が始まる。
ゆっくりと流れるシルターンの子守唄、自分の一番好きな曲だ。
何で、という顔をしたフェアに、
「違いましたか?」
と穏やかな澄ました顔で笑顔を向けるこの男にどこか苛立ちを覚えたが、それはただの照れ隠しなのだと気付き何も言わず目を閉じて曲に集中した。
メイトルパの妖精と名も無き世界の人間との響界種である自分はシルターンと何の繋がりもないが、シンゲンの織り成す音はどこか懐かしくて暖かい。
以前シンゲンに父親の事を話した時に父親がいた名も無き世界とシルターンには酷似している点があると言っていたのでその所為かもしれない。
だが、個人的には好きな人の好きな音に惹かれている、それだけの理由で良いのだ。

「きれいな音…」
「そりゃあ御主人の為に弾いてますから」

にっこりと何のためらいもなくそんな言葉を投げられるとこちらが恥ずかしくなる。

「、っ、良く…そんな恥ずかしい事平気で言えるよね…」
「御主人の為なら何度だって言ってあげますよ」

いつもそう。
シンゲンはこうやって陰りも霞みもない想いをいつだってぶつけて来てくれる。
それは嬉しさと同時に、とてもとても重たいもので。受け取ったら、潰れてしまいそうで。
自分は何一つ与えてあげられないのに。

「御主人…?」
「え?あ、ごっごめん!」

物思いに耽ると周りが見えなくなってしまう癖も彼に好意を寄せられてから。
頭で思っているよりこの想いはどうやら深刻で。じっと見つめてくる亜麻色の瞳に妙に恥ずかしくなって、思わず目を逸らして俯く。
ゆっくりと近づいてきた掌に気付いて心臓の運動が速くなる。
髪に触れられた指の感触に頬が紅潮していくのが分かる。

「…フェア」

逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ。
心の中でリピートする。心臓の音がうるさい、けれどそれが緊張を紛らわしてくれると言い聞かせる。
優しく近づいてくるシンゲンの大きな身体に思わず縮こまる。
思い切りぎゅっと瞳を閉じて、頬に添えられた手に身を任せた。

今日こそ応えよう。
いっぺんには返せないけれど。それでも少しだけ、少しだけでいい、あなたが好きだと言う事。

「……っ」

この何とも言えない時間が妙に長く感じる。
多分自分は今凄く変な顔をしている。
いつもならもうシンゲンを突き飛ばして逃げている頃だけれど。
上がった体温と心拍数に耐えながらその瞬間を待つ。
ゆっくりと触れられた暖かい体温を感じたのは、思っていた箇所より少し離れて。

「(ほっ…ぺ…?)」

恐る恐る目を開いたと同時に、シンゲンの綺麗な顔がゆっくり離れていく。
一拍おいて、触れられていた手の体温が離れていくのが少し名残惜しい。
夢か現か判別のつかない空間の中で、甘い甘い空気と甘い甘い微笑みが思考を麻痺させていくのが分かる。
暖かい水の中にいるような感覚は、自分をこの上なく堕落させていってしまうのか。

「ありがとう、ございます」
「え、と…あの、ええ…と、!」

疑問と困惑に絡まれている思考は今の頭では解決できそうになくて。
にっこりと満足そうに微笑んだシンゲンは、すくりと立ち上がると頭に手を置いて自分も立つようにと促した。

「無理はしないで下さい御主人。さぁ、もう部屋に戻りなさい」

ふわりと離れた体温が優しくて残酷だ、と思う。
ガチガチに緊張していた身体はもう歩くのがままならないくらいに芯が抜けていた。

「おやすみなさい、御主人」
「…う、うん」

おぼつかない足でふらふらと自室の方へと歩きだす。
唇が触れた箇所が妙に熱い。
ぐるぐると巡る想いを整理するには身体が火照り過ぎている。
想いを返すつもりだったのに、気持ちに応えるつもりだったのに。
また貰ってしまう。いつも、いつも。

「…っ!」

さっきまでの自分が嘘のように、しっかりとした足どりで振り替える。
いや、嘘じゃない。まだまだ全然体温は上がっているし頬は熱を帯びている。
けれど気付いたら足はシンゲンの方へ向かっていて。気付いたら足は走っていて。
思い切り叫んだ、もう目の前にいる相手の名前を呼んでいた。

「シンゲン!」
「御主人…?どうし…」

言い終わるが早いか。シンゲンの肩掛けの裾を思い切りよく引っ張る。
自分が信じられなかった。まさか自分がこんな行動に出るなんてさっきまでは考えてもいなかった。
けれど、唇に感じる相手の温もりは、嘘じゃない。
先程頬に触れてくれた暖かさと同じ温もり。

「…お、おやすみっ!」

少しばかり乱暴に離した唇を隠すように下を向いたまま直ぐに振り返るとフェアはまた走り去ってしまう。
月夜に残されたシンゲンは唖然と立ち尽くす以外に出来る事がなかった。
柄にもなく身体が熱くなり、吹き抜ける夜風がじんわりと染み入るようで心地よい。

「(…ああ、もう、)」

紅潮した顔をを隠す為か、触れた唇の感覚を守る為か。
掌で口元を押さえたまま、シンゲンはその場にへたり込んだ。

「今日は、眠れそうになくなったじゃないですか…」


多分今夜は、

この熱で、

夢に入る事は出来ないのだ、と。













命短し恋せよオトメ
(だって人の時間は短いのよ!)







シンフェ

は、恥ずかしい…!自分が一番恥ずかしい…!
押せ押せフェアたんにたじたじなシンフェもすきです(ああそう)

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