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夢と現に道化は来たりて



私は道化師。

夢と現の狭間で生きる、
道化となりませう。







「一本!それまで!」

高々しい声が響くと同時に周囲のどよめきが耳に入る。
決して悪い意味ではない筈なのに良い気分はしない。

真新しい竹刀を握り直し、摺り足、と呼ばれる方法で定位置まで後退し形だけの礼儀をとる。
否応なしに身体に染みてしまった動作に軽い嫌気を覚える。
どよめきが騒めきに変わると背後からの気配の少し後に声と手拭いが降ってきた。

「お疲れ、凄いなシンゲン!」
「あ、ありがとう」
受け取った手拭いで額を拭いながら、好意で差し出された友人の手へ持っていた竹刀を預ける。
「しっかしいつ見てもお前の剣さばきは凄いよな」
「あんまり嬉しくないけどね」
「何でだよ、もうここの門下じゃお前に勝てるの師範代くらいしかいねーじゃん」

預かった竹刀に手と顎を乗せ、心底評価してくれる言葉がとくと苦い。
謙虚と言われるものの真の意は本当に遠慮したいもので。
感謝の言葉が労いの言葉だけに向けられた事を友人は知らない。



鬼妖界の中ではそれなりに有名な里のに自分は住む。
その里一と唄われる剣の流派の跡取りがこの自分で、物心つく前から剣を持たされ振るって来たものだから多少の実力は当たり前でならないわけで。
まだ齢十五だが年相応以上の実力をつけしまったから厄介なものなのだ。

「こんな才能…俺だってあげれるもんならあげたいさ」
まめが潰れて硬くなった掌を見つめながらぼそりと呟く。
練習後、道場の直ぐ裏にある自宅には真っ直ぐ帰らずにこうして人気の少ない里を意味無く歩くようになるのが習慣だった。

「誰かの為に、ね…」

誰が為に剣を振るう。
それを理解するにはまだ若すぎるのかもしれない。
否、理解する自分など想像しがたいし想像したくもなかった。
それが分かった時点で大人になるという事を知っていたから。
諦めるくらいならあらがえ、と言うのは確か父親からの言葉だった。
多分それは、違う意味を込めた言葉なのだろうが、それを使って誤魔化している自分は果たして大人か子供か。
子供のフリをした大人ほど、汚いものはない。
自分の手を、心を見たくなくて、紛らわすように下を向いた。

「それでも、俺は…」
「よう少年、ちょっくら尋ねたいんだが…」

突然背後から言葉が降る。
驚愕と焦りに思い切り良く振り向いて護身用の小太刀を素早く引き抜き構える。
なんてこと、まったく気配が読めなかった。

「そんな物騒なモン向けんなよ少年、俺はちょっと道を尋ねたかっただけだって」
「お前は…」

過信しているわけではない、しかし自分は気配には鋭い方だ。
剣術の稽古としての一環でもあったが、元々気配に敏感な体質をしている。
考え事をしていたとはいえ、こんな背後にまで近づかれても気付けなかったなんて。

「その足運び、…只の旅人じゃないだろう、何者だ?」
「おいおい、どっからどう見ても只の旅の吟遊詩人だろ?」
「吟遊、詩人?」

三十路手前くらいだろうか、少し長めの後ろ髪をゆるりと束ねている青年。
両手を上げて困った顔で苦笑いを浮かべる男をよく見れば、質素な藍色の着物を着流し、腰には小さめの荷袋、そして背中には深緑色を基調に控えめな赤と白の装飾が施されている三味線。
武器らしい武器は確かに見当たらず、確かに見る限り只の吟遊詩人であった。

「…な?、まぁ確かにお前の言うとおり以前は剣客みたいなもんをやってたが…」
「だろうな、」
「今は御覧の通り、流浪の旅芸人よ」

男は屈託のない顔で笑ってみせると、未だ殺気の消えないシンゲンに向かって言葉を放つ。

「どうこうするつもりはねぇからよ、取り敢えず、丸腰なおっさん相手に刀向けるのは止めてくんねえかな」


そう。
掛けて欲しいかったのは、慰めでも、同情でもない。
何でも良い。何かの答えを持っている誰かの、

嘘偽りのない言葉だった。














シンゲン過去話。

長くなりそうなので2つか3つくらいに分けます。
捏造が止まらない!

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