短編
2
ブブブ…
胸ポケットで震えるケータイの振動に、思わずビクリと体が跳ね、周りを見渡した。
誰もいないことを確認し、ケータイのディスプレイを見る。
知らない番号からの電話。
怖い。怖い、怖い怖い怖い。
今まで見下してきた人間たちが怖い。
踏みにじってきた愛情が怖い。
なおも手のなかで震え続けるケータイに、恐る恐る通話ボタンを押し、耳に運ぶ。
「…はい」
『会長?』
馬鹿だ。
こんな時でさえ、君の声が聞こえる。
『もしもし?会長?』
幻聴にしてはあまりにリアルに鼓膜を刺激する優しい声。
そんなまさか。
だって君はもう、ここにはいない。
俺が、この手で、君の居場所を奪ったのだから。
『会長…』
「…ああ」
『久しぶり』
喉がカラカラで、思うように声が出ない。
本当か?本当に君だというのか。
「雪…村…?」
思わず出た言葉に、電話口からくすくすと笑い声が聞こえる。
懐かしい笑い声に胸が高鳴る。
叫び出しそうなほど震える心と、相反して冷めていく脳。
なぜ?
そう、なぜ今、君から。
君もまた、俺を追うのか。
俺に、君からも逃げろと言うのか。
君が俺を傷つけたいと言うなら、俺は、逃げることなどできはしないというのに。
君が傷つける傷ならば、その痛みさえもきっと甘いんだろう。
「俺が憎いか…」
『会長』
「何だ…。なんでも言ってくれ」
『…』
黙り込む雪村に、急に不安になる。
何もない、と言われたら…
君に言うべきことなど何もない、と言われたら…
俺は耐えられるだろうか。
「なあ…何か、何か言ってくれよ」
『…では』
ようやく発した君の声が強張る。
『正直に、答えて』
「…ああ」
『会長。…大丈夫?』
甘やかすように、労わるように、俺に尋ねる声。
あの時のまま、何もかわらず俺に降って来る優しい声。
「…大丈夫じゃ、ない」
『うん』
「大丈夫なんかじゃないんだ…」
『助けてほしい?』
「…助けて」
震える声を誤魔化すこともできず、それを口にした途端、一気に溢れ出てきた。
「…俺の、俺の側に帰って来てくれ」
『…君のためなら』
ああ、なんと強く美しい君。
本当はずっと叫びたかった。
君がいなくなってから、ずっと堪えていた涙が溢れて止まらない。
君の存在が、俺の全てを救ってくれる。
唇から漏れる嗚咽に、君はしょうがないなぁと笑った。
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