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『香奈の部屋』
後編

それからも付き合いは続いた。
俺は血の滲むような努力の結果、有名な大学に進むことが出来、彼女は…。

「……。」

目の前で寝ている。
…ここ、病院のベッドの上で。
日に日に彼女の身体が弱まっていき、これまで生きていられたのも奇跡らしい。

「…聖人…くん…。」

それから何時間経ったのだろうか?
俺はずっと彼女の顔を眺めていた。

「目が覚めたか?」

目を開けた彼女が俺を見る。

「寝てるのも飽きるから。」
「…そうか。」

一日の大半を寝て過ごしている彼女。
いや、寝ていることしか出来ないのかもな。
そんな彼女が俺のことをじっと見ている。
いつものことだが、今日は何故か少し違う風に見えた。

「どうしたんだ?」
「…今の内にね、聖人くんの顔をよく見ておこうと思って。」

…縁起でもないことを言うなよ。
そう思っただけで、言葉にならなかった。
俺を見る彼女の瞳があまりにも真剣だったから。

「私はもう…ダメみたいだから。たくさん支えてもらったのに、聖人には何一つしてあげられない。」

唐突な彼女の言葉。
普段悲観的な言葉を言わないのに…。

「そんなことないって!俺は…お前の笑顔にどれだけ助けてもらったと思ってんだ…?」

俺はその笑顔を見たくて…彼女には笑っていてもらいたくてこれまで頑張ってこれた。
頭が悪かった俺が大学に進めたのも偏に彼女への思いがあったから。
ちゃんとした会社に就職して、彼女と明るい未来を築き上げたかったから…。

「…でも…多分、もうその笑顔を見せてあげることも出来ないから。」

笑顔を見せる彼女。
だけど、それが無理してるのもよくわかる。

「だからね、私のことは忘れてね?あ、でも、時々でいいから思い出して欲しいんだけどね?」
「な、何を言って…?」

忘れろだなんて…そんな言葉聞きたくない!

「…聖人くんならきっと私よりもいい女性に出逢えるから。そしたら…その彼女のことを大切にしてあげて。私の分まで幸せにしてあげて。」

と、彼女は咳き込む。
…とてもつらそうに。

「わかった、約束する。約束するから、もう…!」

慌てて約束する。
でも今は…彼女以外の女性のことを考えるなんてとても出来ない。
出来るはずもない。

「…約束、だよ…?…幸せになってね…聖人くん…。」

最後に本当の笑顔を見せ、彼女は再び目を瞑る。
眠ったようだ。
幸せそうな寝顔。
そんな彼女が死の淵に立っているとは到底思えない程だった。
俺達の関係はまだまだ続く…その時の俺はそう思いたかった。
そう…信じたかった…。





だが…彼女が目を覚ますことはもう二度と…。





「…それから、何年経ったんだろな?」

今日は彼女の命日。
毎年欠かさず墓参りに来ている。

「亡くなってもこれだけ想ってくれるなんて幸せだと思うわ。」

隣りにいるのは妻。
妻には彼女のことは随分と昔に話したことがある。
未だに好かれてるなんて妬けちゃう、なんて冗談も言ってはいたが。

「彼女は亡くなった。もうこの世にはいない。だからと言って、見捨てるわけにはいかないだろ?」

そう、もう会うことは出来ない。
だからと言って、彼女との想い出が消えたわけでもない。
昔の女性のことは忘れた方がいいのかもしれないが…彼女は恋人以前に俺に大切なことを教えてくれた恩人だから。

「その優しいところも、惚れた理由の一つなんだけどね?」

そう言い、笑う妻。
妻とは大学で知り合った。
一応知り合いだったが、大学を卒業し、そのまま会わないと思っていた。
だが、偶然…本当に偶然かはわからないが、再会し、そのまま付き合うこととなった。
彼女が亡くなってから数年。
いつまでも引きずってると怒られちゃうだろうしさ。
墓参りは妻と付き合い始めた頃から反対されるかと思ってたが…意外と簡単に承諾してくれた。
一緒に連れて行くという条件付きではあったのだが。

「…今日は君に会わせたい人がいるんだ。」

後ろで退屈そうに辺りを見回している少女を呼ぶ。
まだ幼稚園に通い始めたばかり。
…そう、俺達の子だ。

「もっと早く会わせてあげたかったんだが…まだ幼くってさ。無理に連れてくるのも大変だと思って連れてこれなかったんだ。」

その間は妻の両親に面倒を見てもらっていた。

「…いい妻に巡り合えて、子供にも恵まれた。約束通り、幸せに暮らしているよ。だから、安心してくれ。」

彼女との約束。
約束を守ることで彼女のことを未だに想っているのか、見捨ててしまっているのかはわからない。
だが、この選択を間違いだとは思っていない。
思ったら…それこそ彼女に対する裏切りだと思うから。

「…じゃあ、俺達はもう行くから。」

一年間の出来事は大まかにはさっき説明した。
これ以上ここにいてももう話すこともないだろうしさ。

「一年後にまた来るよ。」

そう言い残し、俺達はこの場を後にする。
たった二十年…成人式を迎えることすら出来ずにこの世を去ることになった少女。
近年自ら命を絶つ者もいれば、生きたくても生きることが出来なかった者もいる。
そんな彼女達のことを想うと命を軽く扱ってはいけないことを思い知らされる。
だから、俺は生きる。
彼女の為にも意地でも生きてやると決めた。

「もし再び彼女が人間に生まれ変われるとしたら…その時は幸せになって欲しいわね?」
「そうだな。だが、あいつ自身が不幸だと思っていたのかもわからないけどさ。」
「心から愛した人と、死によって無理矢理別れさせられたのよ?私なら不幸だと嘆くもの。」

そう言われるとそうかもしれない。

「…でも、だからこそ、あなたと生きられた時間はとても幸せだったのかもしれないわね?」
「…そうだったことを願うばかりさ。」

少なくとも、俺はあの頃も幸せだった。
彼女も幸せだと思ってくれたのなら俺も嬉しい。

「…もし次に巡り合えたら…その時はまたよろしくな?」

空に向かって呟く。
この声が届いたかはわからない…。






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あきゅろす。
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