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乖離と別離の狭間にて

心臓が軋む音がした。
世界が壊れる音がした。
欠けたものはただ一つだけ。
五体満足、なのに一つだけ足りない。
大切なものだったはずなのに、無くしてしまえば其れは―――。




「…妙な夢だな」

目が覚めて最初に見たのは如何にも高級そうなベッドの天蓋だった。
はて、海賊たる俺が何故こんなところにいる?
昨日は確か店でキッドと飲んでいて、途中でハートの海賊団の連中が乱入してきて…、そこから先の記憶がないな。
まさか酩酊した上で娼館にでも来たのだろうか。最近そういった行為をした記憶がないからそうかもしれない。
ストイックに体を鍛えても、雄の本能には中々抗いがたいものだ。

「ぅ…ん…?」

身体を横たえたベッドの隣で微かな呻き声がして、少し低いが艶っぽいその声にやはりそうかと身体ごと横を向けば。

「…は?」

隣にいたのは、男。
おいまさか男娼か。
男でも構わず抱いてしまうほどに飢えていたのか俺。

「え…誰…?というか、ここ、どこだ?」

向こうも気がついたのか、俺の顔を見るなり肩を竦ませて上体を起こすので、俺も釣られるように起き上った。
待てよ、こいつ、ハートの海賊団の…。

「まさか俺はお前を抱いたのか」
「は?抱いた?…む、待て、記憶がない」
「昨夜の記憶なら俺にも無い。だが、状況から察するに…」
「ああ、いや違う」
「何がだ」
「昨夜の記憶では無くて、全ての記憶が無い。なんだこれは、記憶喪失か?」
「は!?」

ハートの海賊団の、いつもトラファルガーの一歩後ろに控えている男、たしか…ペンギンとかいったと思うが。
そいつは俺のセリフを遮ったかと思うと、甚く冷静にとんでもないことを平然とのたまった。

「私は誰、此処は何処。わからないのはこの二つだが、この二つが解らん時点で記憶喪失確定だろうな。
あぁ、後、お前が誰かもわからない」
「待て、お前なぜそんなに冷静なんだ」

余りに冷静すぎて逆に演技しているようには見えないから本当に記憶が無いんだろうが、にしたって
記憶喪失ならもう少しうろたえそうなものだ。
俺なんて昨晩の記憶がなくて朝目が覚めたら隣に男がいたってだけで十分焦っているのに。

「解らないことに対して焦っても仕方ないだろう。なあ、お前は誰だ?俺が誰か知っているか?」
「…俺はキラー、海賊だ。そしてお前も。名前はペンギン…だと思う」
「そうか、海賊か。言われてみれば磯臭い気もするな、お互いに。だと思う、というのは?」
「俺とおまえはそもそも交流が無い。どころか会えば互いの船長の面子をかけて牙を剥く様な仲だ」
「ほう。ならば今の状況は俺がとてつもなく不利だな」
「…記憶の無い奴に斬りかかるほど落ちぶれてはいない」
「ふっ、それは有り難い」

能面のように変わらない表情でこちらを見ていた奴が、最後のセリフを吐きだすとともに少しだけ口角を上げて笑った。
こんな顔で笑う奴なのか。
そもそも普段は帽子を深く被っていて顔なんてまともに見たことが無かった。
極稀に帽子の隙間から覗くギラリと光る獣のような眼の光だけが記憶に残っているが、いまのコイツからは
そんな気配は伺えない。

「まあアレだ。そんな関係性の俺たちがなぜ床を共にしていたのか全く解らないが、まあ良いだろう。
悪いがキラー、俺が所属しているという海賊団の元まで送ってもらえないか」

こうなったらお前だけが頼りだ、なんて今度こそ笑いながら言うペンギンが、なぜか愛おしく思えた。

「良いだろう。すぐに出る、支度しろ」
「ああ」

そうして俺はペンギンをハートの海賊団の船の近くまで送って行った。
ああ見えて自船の部下には面倒見のいいトラファルガーのことだ、直ぐに記憶喪失に関する処置をとるだろう。

俺とアイツが何故同じベッドにいたのか。
俺は何故アイツの笑顔をまた見たいと願うのか。
そして何より、娼婦でさえ仮面をつけたまま抱く俺が、アイツの前で仮面も武器も外して、夢を見るほど
深く寝入っていたのか。
なにもかも解らないまま、俺はペンギンに背を向けた。


別たれた道は、再び交わることはあるのだろうか。





乖離と別離の狭間にて
大切な一人を忘れた男と全ての記憶を失った男。




2012/09/25
忍瀬焔










『はにたま。』 忍瀬焔さまより、サイト40000hitキリ番リクエストを頂きました!4万打おめでとうございますv
リクエスト後、速攻の返信ありがとうございました!かっこいいいい!!(叫) そうですよ!こういう「お互い記憶喪失」
ありですよね!男の人と同衾していたというのに至極冷静なペンギン、すんなり受け入れているキラー。この2人、
もともと付き合っていたんだとしても なかったとしても、もう一度恋に落ちればいいんですよ、激しく同意します!
キラーはペンギンと付き合ってる事がまるっと抜け落ちてますよね。でもこの出会いの後 恋愛に発展していくような
雰囲気ですよね〜vv そこら辺りを想像するだけでwktkします♪ 
本当にリクした1時間後には完成品が届いていたような勢いでした^^ いや、30分後だったかも・・・ その上この
完成度と萌えツボをついた作品、求めていたモノが届いたー!と乱舞しました、ありがとうございます!



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あきゅろす。
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