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逃げた幸せと、消えた記憶



「え?」


世界から音が消え去ったかのような一瞬だった。
実際には消えていないというのは分かっているが、自分の精神や神経と言った脳内の回路が一旦すべて途切れたかのような静寂だった。
何かがおかしい。反射的にそう思った。何か、違和感がある。どこに?分からない。どこかに。


「…っ、」


何故かうまく息が吸えなくて喘ぐようにして肩で呼吸をした。肺に酸素が入っていないような息苦しさを感じる。
さっきの違和感は何だ。この体がうまく動かないのは何のせいだ。
悪魔の実の能力かもしれないし、覇気かもしれない。分かっているのは身体のすべてのパーツが回路を遮断されたかのように鈍くしか動かないことくらいだ。
敵ではないにしても自身の第六感が何かの異変を告げているのかもしれない。
それにしても頭がうまく回らない。身体だけでなく脳にも麻酔をかけられたような気分だ。上手く神経回路が通じていないような気がする。
それでも鈍い思考回路に舌打ちをしながら確認した自分の右腕は、変わらず銃を握っていた。
安全装置は外れている。その瞬間に感じる安堵感は何度も自分を生かしてきたものだろう。
撃とうとしていた。銃を握っていたのだから当たり前だ。
撃とうとしていた…?

………………何、を?


「……え?」

急に思考回路が真っ白になる気分がした。
右手にあるこれは、銃だ。それは分かる。それ以外が分からない。
何を撃とうとしていた?誰を撃とうとしていた?何のために、どうして。
その瞬間押し寄せてきた息が出来ないほどの莫大な恐怖に全身が震えた。
自分の内側の柔らかい部分を外気に晒しているような、恐ろしく無防備で愚かな状態に陥っている気分だ。
息が吐けないような緊張状態の体が押し寄せてきた恐怖で強張った。
その拍子に銃が手を離れかけて、慌てて取り落さないように両手でそれを持ち直した。
分からない。
自分が誰で、今何をしようとしていたのかさえ、思い出すことが出来なかった。
ただ、とてつもなくその状態は恐ろしかった。
握力もろくにない震えた手で安全装置が外れた銃を扱うなんて正気の沙汰じゃないと、普段の自分なら気付きそうなことにも気付かないほどの恐怖に心が竦んでしまっていた。
だから、その直後に響き渡った背後からの銃声にみっともないほど反応するのが遅れたのだ。



ぱぁんっ!!

「っ!?」


その瞬間、背後にあった瓦礫の陰に飛び込みつつ銃を構えたのは身体がそれを覚えていたからだった。
警戒しながら辺りを見回して、そこでようやく今居る場所が廃墟のような石造りの家の残骸だということを認識することが出来た。時間は夜。こちらを狙撃してきた存在は、視認出来ていない。
息を顰めて気配を探ろうとしたのは無意識だった。
何も思い出せないのに身体だけが動いているような感覚は恐ろしくも奇妙でもあった。それでも身体が動かなければ死んでいるかもしれないと思えばそれについて考えることは命取りだということは分かった。


「おい、誰かいるのか」
「!」

おそらく、聞き覚えのない声だったと思う。
それでも暗がりから不意にかけられた声に身体はびくりと反応した。呼吸と鼓動の音がうるさくなる。
見つかったら死ぬんだろうか。そんな恐怖と、わけのわからないことの連続に疲弊した相反する感情が生まれていた。
敵か、味方かは分からない。
投降すれば命を助けてくれる相手かもわからない。
それでもどくどくと早鐘を打つ心臓が冷静であることを許してくれなかった。
此処でこうしていても相手を苛立たせるだけだろう。


「……ここに、いるけど」

やっとの思いで上げた声はややぶっきらぼうな感じになってしまった。しかしそれについては敵意があるとはみなされなかったようで、瓦礫の陰から体を起こしたこちらを見つめていた相手は何も言わなかった。
相手との距離は二十メートルと言ったところだろう。
所々血と泥で汚れた白いつなぎを着たその人物は、ショットガンのバレルをこちらに向けながらやや憮然とした表情で立っていた。
気難しそうに口元にぐっと力が入っていた。分かることと言ったらそれくらいで、とりあえずすぐに撃たれることはないということは分かった。
両手をあげて降伏の意を示せば、ぐっと眉間にしわが寄ったようだ。気難しそうな表情がさらに気難しそうになった。

これからどうなるんだろうとため息を吐きたかったが、それより早く目の前の男が口を開いていた。


「おい」
「え?」

「俺は、誰だ?」


そんなことを聞かれても。と思ったが、とりあえず目の前の人物が自分と同じ境遇で、さらには敵か味方かグレーゾーンに居ることだけは理解出来た。
理解して、何となく脱力感に襲われた。なんだこれは。なんなんだこれは。
こらえきれずため息をつけば、目の前の人物は気難しそうな表情のまま首をかしげて見せた。
一体なんだと思えば「ため息をつくと幸せが逃げるぞ」と真面目に返されて少しだけ頭にきた。
頭にきたが怒鳴り散らす気力も言葉も返す余裕もなく、ひらひらと手を振ってそれに返してもう一度ため息を吐いた。





逃げた幸せと、消えた記憶






お前は誰だと問えない状況はこんなにも、もどかしい。



end?








2012/05/23/wed












いやだ、どうしよう格好いい!あぁ、やっぱり有希さんの文章好きだぁ〜vv 毎回毎回ツイッターでおねだりしてすいません
ついつい、ちょうだいv をしてしまうのです、快く応じて下さってありがとうございます!オフが忙しくて大変なところを本当に。
千堂のくいつきの速さったらもう…でも幸せv  文中に名前は出ておりませんが、バンさん×ワカメさんです。「名前が
出てないから誰で想像してもらってもいいですよ」との事ですが、分かりますよね? ワカメさん視点です。なんかこう、
こんな時にも生真面目っぽい感じのバンさんの表情とか目に浮かびます。この二人、記憶が無いまま再び恋仲に
なってくれたりしないかしら・・・性格的に合わなさそうな二人がいつの間にかそんな関係になっていたりしたらと思うと
ときめきます!この二人のこの後を想像するだけで、もう・・・もう・・・(悶絶) 素敵な出会い(?)場面ありがとうございました!


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