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忘却の海


―不可解なこと、理論でどうにもならないこと、そんな摩訶不思議な出来事全て、このグランドラインという海のせいにしてしまえばいい―



――………



薄気味悪い海域、そんな海中を進む潜水艦が一隻。
陽の光の届かない海の中は今が昼なのか夜なのか判断がつかない。だが、慣れてしまえば誤差はあるものの大体の時間は体内時計でわかるというもの。
この男もまた、慣れてしまった者の一人だ。



「いつの間にか寝てたのか。そういや今潜水中だっけ?大体夕方の六時くらいかなあ」



最後に腹に物を入れた時間から今の空腹感を読み取り、ちらりと壁にかけられた時計を見やる。が、暗くて指針までは見えなかった。まあ大体そのくらいだろうと当たりをつけて部屋を出る。
当たっていればコックが夕飯の準備をしている筈だ。
そこまで考えてふと疑問が浮かぶ。何かが足りないような、ぽっかりと穴でも空いたような、妙な気持ち。



「夕飯の時っていつも一人で食堂行ってたんだっけ…?」



何度首を捻ってもわからない。そしてこんなことを考える自分もわからない。子供ではないのだから一人で食堂に向かうことなど当たり前ではないか。なのに何故疑問に思う?それこそ疑問だ。
そんなことを考えながら、食堂の扉をくぐればコックがテーブルに料理を並べているところだった。



「お、タイミングいいな。あれ?今日は船長と一緒じゃないのか」



「船長?」



「いつも一緒に連れてくるじゃないか。珍しいこともあるもんだ。そうだ、まだ少し時間かかるからちょっと呼びに行ってくれよ」



そう言ってコックは厨房に引っ込む。男は仕方ないかと、もう一度廊下に出ると船長室に向かって歩き出した。
そこで先程からの疑問の正体が段々わかってくる。
確かにここは船なのだから、船員をまとめる船長がいるのは当たり前。そして自分は船長室の場所を知っている。この船に乗って長いのだからこれも当たり前。
ただ一つわからないこと。



「船長ってどんな人だったっけ…」



ぽっかりと抜け落ちた物が今ならわかる。自分が今まで着いてきたその人、この船の長たる人物が、顔も名前も声も何もかもが浮かんでこない。
他は全てわかるのに。船の内部、船員の顔、勿論自分自身もわかる。それなのにただ一つ、ただ一人の人がわからないのだ。



(どういうことだ?なんでいきなり?)



頭の中をぐるぐると疑問ばかりが駆け巡る。
しかし、見えてきた見慣れた扉に一時思考を中断せざるを得なくなった。
軽くノックをして扉を開ける。そこにはソファーで寛ぐ痩身の男。揃いのつなぎは着ていないが、彼のパーカーに刻まれた笑う髑髏が、そして彼の放つ何かがこの船の主たる様を醸し出していた。



「船長、夕飯です」



とりあえず何か言わなくてはと、コックに呼んでこいと言われた内容を告げる。船長と呼ばれた人物は、扉の前に立つ男を見ると怪訝そうに眉を潜めた。
そして出てきた言葉は…



「お前、誰だっけな?うちの船にいたっけか」



「奇遇ですね。俺もアンタがわからないんですよ。でも、アンタが船長だってのは納得してる」



「俺もお前がクルーなのはわかる。クルーじゃねえ奴にそのつなぎは着せない。だいぶ長く着てんなそれ。そっから古株なんだってのもわかる。けど、名前も顔もわかんねえ」



「二人揃って記憶喪失なんですかね」



「まあここはグランドラインだからな」



「「何が起きても不思議じゃない」」



声を揃えてそう言えばどちらからともなく笑いあう。
忘れたならばもう一度知ればいいだけだ。
そのうち何か思い出すこともあるだろう。
言葉を交わした感じ嫌な気は全くしない。きっと二人は気が合う。ならばまた親しい間に戻れる筈だ。そしてまた忘れてたとしても、また親しくなる。そういう運命に違いないと、どこか確信にも似た思いが湧き上がる。
それは逆に考えれば二人は切っても切れぬ縁ということ。
そんな絆とも言うべきものが、二人の根底に根付いているのだとしたら、それはなんと素敵なことだろうか。



END.













泡沫ーウ タ カ ター/姫宮楓さまより頂きました、原稿中のお忙しい中、ありがとうございます!!
二人とも妙に落ち着いているのが互いの中にある自信に基づいているんですよね、
この二人の絆の深さを感じさせます。しかも記憶が抜け落ちてるのに"足りない"って分かるあたり、
どれだけ自分の中で大きな割合を占めているか、さり気に表現されてたりして///
もちろん本人は自覚ないんでしょうね、でも美味しいです^^ 関係が深まっていくのを再び楽しむくらいの
前向きな二人になるんじゃないでしょうか、素敵なキャスロ、ありがとうございました!


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あきゅろす。
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