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愛の歌 〜ever love〜
休息
時刻は午前3時。
ひんやりとした空気が辺り一帯を覆っている。
大抵の乗客が暖かいバスの中に留まっている中、奏はただ一人外に出て、夜風に当っていた。

夜のサービスエリアは静かだ。
高速道路を走り行く車の音だけが響き、頭上には吸い込まれそうなくらい深い闇が広がっている。

普通なら奏もバスの中で休憩時間を過ごすところだったが、今日は外に出て興奮冷めやらぬ頭を冷やす必要があった。

―― 随分励ましてもらったなあ・・・

頭の中には静雄からもらった激励の言葉が渦巻いている。最後に見せてくれた穏やかな表情も離れない。自分が人前で泣いてしまった恥ずかしさも加わり、顔から火が出そうだった。

「よっ、奏ちゃん!!」

ふと名前を呼ばれて振り返ると、後ろにトムが立っていた。地黒なのか、春先にも関わらず、小麦色をした肌の色が真っ暗な闇の同系色となっている。

「田中さん!!・・・おお、肌と風景が同化してますね。」

奏がオーバーリアクションをとって冗談を言うと、トムは「ハハハ」と笑った。

「俺にまで関西のノリ吹っかけないでくれよ。」

「何人たりとも例外は認めませんよ!ちゃんとツッコんでくださいね!」

「参ったな、こりゃ。」

トムは笑顔を崩さない。いつも冷静で大人の対応をする彼は好感が持てる男だ。

「田中さんも夜風に当たりに来られたんですか?」

「俺?可愛いらしいお嬢さんがこんな真っ暗な所に一人でいたんじゃ危ねえから、護衛に来たのよ。」

トムが膝をつき、右手を胸に、左手を前方に動かし、典型的な「王子様ポーズ」をとってニヤリと笑うと、瞬時に奏の「お笑いレーダー」が反応する。

「もーそんなん言われたら調子のっちゃいますよ、私!!!!」

奏はわざとらしくテンションを上げ、トムの肩をペシリと叩いた。背中に力が加わり、トムは一瞬バランスを崩しかける。

「アハハ、本当に面白い子だな。」

ゆっくりと態勢を立て直し、立ち上がるトム。
その姿を見た奏は「ノッてくださってありがとうございました。」と言って、ガッツポーズとウインクをした。

他愛ないやり取りの後、タイミングを見計らってトムが口を開く。

「………静雄のことなんだけどさ…。」

「はい。」

深刻な話題なのだと悟った奏は真面目に話を聞き始めた。

「あいつの口からどのくらい聞いてる?」

「何がですか?」

「力が強すぎることとかさ…。」

「ああ、あの週間少年ジャンプ顔負けの超自然的な力ですよね?」

全く気まずさを感じていないのか、しれっとして奏は答える。

「うーん…えらくポジティブな記憶の仕方だなあ。」

トムは思わず苦笑した。
人は他人の欠点について話す時、ほとんど必ずと言っていい程、表情や話し方に変化が出てくる。
憐れみや同情心、非難、怒り等が込められるからだ。
しかし奏は違う。
まるで静雄の欠点が長所であるかのような話しぶりだ。

―― まあ、だから…かな…。

彼女と会ってから静雄の様子がおかしかったのも、すぐに相手の人間性を見抜くことができるはずの自分が弦楽奏という人間をつかみかねていたのも、このような所から来ているのだと、トムは感じた。

彼女は一般的ではない。浮世離れしている。
どこか違う視点で物を見ていて、常識や先入観に一切捕われない、まるで自由人のような、そんな人間・・・。

だからこそ、静雄と親しくすることができるのだ。
モヤがかっていた彼女の人間像が少しだけハッキリしたような気がした。

「あいつがいない内に話しておこうと思ったことがあってさ。」

「・・・はい。」

トムの口から語られる静雄の過去。
彼は幼い頃から「怒りを抑えられず、強い力を放ってしまう」体質に悩まされていた。ただ人に愛されたかっただけなのに、距離は広がっていく一方。そしてある日静雄は好きな人を傷つけた。護ろうとしたのに、うまく力を抑えられなかった。以来、彼は自分の力に抵抗することをやめた。


「あいつはあの変な力のせいで自暴自棄になってた時期もあったんだよ。本当はもっと人を好きになりたいし、自分のことも好きになってほしいんだろうけど、不器用なんだよな。だから奏ちゃんが自分の力を誉めてくれたことが嬉しかったのかもしれない。」

「私がですか?」

話を聞いて伏し目がちになっていた奏の瞳が大きく見開かれる。トムは彼女の方を見ながら頷き、話を続けた。

「・・・俺はあんなに嬉しそうに人と会話する静雄を久しぶりに見た。・・・これからも静雄と仲良くしてあげてな。」

トムは少しだけ口角を上げ、穏やかにほほ笑んだ。
中学の頃から今もずっと面倒を見続けている後輩に新しい友人ができたことが嬉しかったのかもしれない。

トムと静雄の間にある信頼関係を思い、奏は心があたたくなるのを感じた。本日一番の笑顔で返事をする。

「はい!!!」

太陽のような明るい笑顔。
元気のある声。

間違いなく今の奏は世間一般に「可愛い」といわれる部類に入っていた。トムでさえ一瞬、胸の奥が高鳴ってしまう程に。

―― ・・・静雄の奴、ハマりすぎないといいけどな。

奏に気付かれないよう、苦笑するトムであった。

―――――――――――

窓からさす朝の光が眩しいと感じ、瞳をうっすらと開けるといつもとは違う光景が広がっていた。

そう、ここは自分の部屋ではない。バスの中だ。

寝ぼけ眼で周囲をキョロキョロ見回すと左隣りには自分の上司、右隣りには昨日出会った就活生がいる。二人ともまだスヤスヤと寝息をたてて眠っていた。

ポケットから携帯を取り出し、時刻を確認する。

―― 7時か……。

就活談義を終えたあの後、3人共「そろそろ寝よう」ということになり、午前2時頃に就寝した。

途中バスがサービスエリアに停車し、両隣がゴソゴソと動いていたような気がするが、あまりはっきりとした記憶は残っていない。

他の乗客もまだ深い眠りについているようだし、二度寝でもしようかと思っていると、

「間もなく大阪に到着いたします。」

という運転手のアナウンスが聞こえてきた。

―― 二度寝…できなかったな…

内心悔しく思いつつも、バスを降りないわけにはいかないので、ノロノロと体を動かしながら準備を始めた。

「トムさん、起きてください。」

肩を揺すって上司を起こす。

「うーん、もう朝か?」

眉間に皺を寄せながら、ゆっくりと自分の体を起こすトム。まだ頭が上手く働いていないらしく、ある一点を見つめたままボーッとしていた。

「はい。もうすぐ着くらしいですよ、大阪。」

「おお、ありがとな。」

「おい。起きろ、弦楽。」

反対側の女学生にも声をかけ、ポンポンと頭を軽く叩く。

「………。」

うっすらと目を開け、何も言わず、トムと同様、ボーッとしている。

「……もうすぐ大阪着くらしいから、ちゃんと準備しろよ。」

親が子供に言うような台詞。奏はそれを聞いても黙って頷くだけだった。その姿を見てなんとなく微笑んでしまう自分がそこにいた。

―― …ガキみてぇな奴!

弦楽奏が準備をし始めたのは到着5分前のことである。

―――――――――――

「本当に大丈夫ですか、お二人とも?良かったらオフィスまでご案内しますよ。江坂なら地下鉄の御堂筋線1本で行けますし、バイト先も近いので。」

午前7時半。夜行バスを降りてから、奏の案内でトムと静雄の二人は大阪市営地下鉄「梅田」駅までなんなくたどり着くことができた。

「いや、奏ちゃんの住んでいる所は逆方面なんだろ?わざわざ俺達に着いてこさせるのは悪いし…。」

初めての大阪。確かに案内人がいるのは非常に有り難い話だが、彼女の家の最寄り駅「淀屋橋」とオフィスの最寄り駅「江坂」は7駅も離れている。そこまで足を運ばせるわけにはいかないと思い、トムは奏の申し出を断った。

「でも…お二人にはお世話になりましたし、お礼を…。」

「いいって。ガキは帰って早く寝ろ。」

食い下がる奏の言葉を静雄が遮った。

「あー!!子供扱いしましたね!!言っておきますけど、私は平和島さんと2歳しか変わらないんですから!!」

奏も負けじと静雄に反論するが…

「寝ぼけた顔で言われても全く説得力ねぇよ。いーから、今日はちゃんと寝て明日から就活頑張れよ!」

静雄の「就活頑張れ」の一言で言葉に詰まってしまった。

「奏ちゃんの気持ちは嬉しいけど、まあ俺も静雄が正論だと思うわ。俺からも…就活頑張って!また池袋で会えたら、声かけてなっ!じゃっ!!」

「えっ、あっ、ちょっ…!!」

奏が言い返す間もなく二人は去ってしまう。しかし冷たい態度ではなく、むしろ二人の言葉に暖かさすら感じていた。あまり睡眠をとっていなかった自分を気遣かってのことだったのだろう。奏は前を歩く二人に向かって叫ぶ。

「平和島さん!田中さん!ありがとうございました!!また会えたらよろしくお願いしますねー!!!」

歩いていた二人が振り返り、奏に手を振る。奏も大きく手をふりかえす。二人が改札を通り、階段を降りるまで、その姿を見つめ続けた。

束の間の休息。
明日から再び始まる就職活動という戦い。
しかし奏は以前ほど憂鬱な気分ではなく、何かから解放されたような自由さを感じていた。

―― よし!!

軽い足取りで改札を通り抜ける奏の姿は太陽の日差しにも負けることなく、美しく輝いていた。

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