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愛の歌 〜ever love〜
激励
突然すぎる上司からの通達に静雄の頭はついていかなかった。

「出張…ですか?」

「ああ…さっき上から言われたんだけど、俺とお前、明日大阪に出張だそうだ。」

「………。」

虚をつかれると咄嗟の反応が鈍くなる。静雄はどう答えてよいのかわからず、黙り込んでしまった。

――マジかよ…

出張も大阪に行くのも初めてだ。
しかも大阪からやってきた女学生と出会った日に「大阪出張」を命じられるなど誰が予測できるだろう。

「うちの会社の支社が大阪にあるのは知ってるだろ?」

まだうまく言葉が出てこないため、静雄はコクコクと頷いて返事をする。

「なんかな、大阪の方に一人借金作って逃げ回ってる奴がいるらしいんだけど、厄介なことにソイツ逃げ足が速すぎて捕まらないんだと。それで東京の方からも援軍を呼んできて総動員で捕まえることになったらしく、俺とお前が駆り出されてるってわけ。」

「どんだけ足速いんすか、そいつ・・・。」

やっと出て来たのが何故かツッコミの言葉だった。関西人と話すとツッコミ上手になるのか、と心の中で思う。

「確かにな。つーかそこまで逃げる余力があるなら、風俗通いなんてしないで真面目に働けって感じだよな。」

トムがふぅとため息をつく。彼も静雄同様、チンピラ風の恰好をし、白とも黒とも言い難い仕事をしているが根は真面目だ。いつも呆れたような仕草をして仕事をするのもその所以だろう。

「そうそう、静雄、夜行と新幹線どっちがいい?」

ふとトムが思い出したように言った。

「いや、俺はどっちでもいいっすけど・・・。」

「俺さあ今月ちょっとキツイから、夜行でもいいか?交通費ちょっと浮かしたいんだよ。」

片手をあげて、一昔前の「お願いポーズ」をするトム。静雄は交通手段など何だっていいと思っていたので、特に返答に困らなかった。

「はい、夜行でいいっす。」

「悪いな。次の取り立て先の回収が終わったら、一端家帰って用意してくれ。チケットは俺がとっとくから。」

「はい。」

会話が打ち切られ、二人はオフィスを出ていった。次の取り立て先へ向かう途中、静雄は相変わらず上の空で、ある一つの雑念に捕われていた。

―― 大阪か・・・。

浮かび上がってくる関西弁の就活生。
全く自分を怖がらず、「優しい人」だと評した変わり者。

―― あいつ、面接どうだったんだ?

なんとなく気になった。
取り立て先に向かう途中はずっと就活生を目で追い、仕事の最中も、トムと別れてからも、ずっと頭の中は彼女の面接がどうなったのか、という疑問でいっぱいだった。心の中に彼女のことを応援している自分がいた。

大阪に行く準備が整い、午後11時頃にトムとバスに乗り込んだ。一番乗りだったらしく、バスの中には誰もいなかったので、一番後ろの広々とした席を陣取る。すると荷物を置くなりトムが「ちょっと外で飲み物を買ってくる」と言って出て行ったので、一人でダランと足を伸ばして席に座っていた。5分たつかたたないかの内に別の客がバスに乗り込んできた。他の席が空いているのにも関わらず、一番後ろの席までやってくる。静雄は「変わったやつだな」と思っていたが、その客が「お隣、失礼します」と言って自分の横に来た時、その姿に驚くこととなった。

「あれ、お前・・・」

目の前に自分の頭の中をジャックしていた就活生、弦楽奏がいたのだ。またもや突然の事態に見舞われ、頭がついていかず、上手く言葉が出てこない。

「お前・・・確か昼間の。弦楽っつったか、名前。」

「えっ。あっ。」

奏もまさかの偶然に驚いたのか、最初はその一言を言うので精一杯な様子だったが、少しの間を置いて昼間同様、愛想のよい笑顔を浮かべながら、次の言葉をつなげた。

「えっと確か週刊少年ジャンプに出てきそうな主人公系キャラの平和島さん!!」

「どんな覚え方だ!!」

静雄は普通に「平和島さん!」か「あの時はどうもありがとうございました!」と言われると思っていたので、彼女の急なボケに思わずズッコケそうになってしまった。反射的にツッコミをいれ、純粋に疑問に思ったことを尋ねる。

「つーかよ、何でお前がここにいるんだ?」

「いや、大阪に帰るからですけど・・・どちらかというとそれ私のセリフですよね?」

―― 確かにそうだよな・・・。

奏に切り返され、自分の質問が的外れだったことに気づく。静雄は別に包み隠す必要もないと感じ、正直に理由を話した。

「・・・出張で大阪に行くことになったんだよ。」

「へえ、最近はバーテンダーさんも出張しはるんですね。」

面白いことを聞いた子供のように奏の目が輝く。一方の静雄は「何を言ってるんだ」と言いたげな表情で、彼女を見る。

「・・・。」

「あれ、どうしました?私、なんか変なこと言いました?」

露骨に変な顔をされたからか、奏は少し心配そうに呟いた。静雄はそこでようやく自分の説明不足で彼女が誤解していることに気がついた。

「いや、別に。そうか言ってなかったよな、そういえば。」

もう既に奏には自分の秘密を少し暴露している。この際、仕事のことを話しても問題はないだろうと思い、自分の現在の職業や、その職につくまでの経緯、更には前職がバーテンダーで、その仕事をしていた時に弟から大量のバーテン服をもらったため、普段からそれを着用している、という話まで彼女に聞かせた。静雄が話をしている間、奏は余計な口を挟まず、ただひたすら楽しそうに彼の話を聞いていた。好奇心に満ち溢れた奏の瞳。静雄はつくづく変わった奴だと思い、フッとほほ笑んだ。

「じゃあ平和島さんは企業人なんですね。」

「まあ、一応な・・・。」

企業人とは一般の民間企業で働いている人間たちのことだ。静雄も正社員として雇用されているので、理屈上「企業人」という部類に入る。しかし大抵の人間は静雄の仕事をきちんとした仕事だと認めてくれない。暴力を振るうことしかできない社会からのはみだし者たちが、食っていくために人から金を奪いとるヤクザな仕事についているとバカにする。だからこうもあっさり「企業人として働いている」と言われるとなんだか調子が狂ってしまう。この後会話をどういう方向に持っていこうかとあれこれ思案していると、ちょうどよいタイミングで上司が戻ってきた。

「静雄、悪いな。荷物の見張りさせちまって・・・って誰だ、その子?」

トムの視界に入ってきたのは真っ黒なリクルートスーツに身を包んだ小柄な女性。最初は社会人かと思ったが、まだ幼さの残る顔を見て就職活動中の大学生だとわかった。特別美人というわけではないが、顔立ちは整っていて可愛らしいお嬢さんといった感じだ。何故その就活生が静雄と一緒に談笑しているのか、トムの頭の中にあるのはそれだけだった。

「ああ、トムさん。俺が昼間遅刻した原因です。」

静雄が隣にチョコンと座っている女学生を指差しながら言うと、女学生も負けじと指を差し返しながら反論した。

「ちょっとどんな紹介ですか、それ!!もっとこう・・・俺が昼間休憩中に出会ったユーモアセンスに溢れた美しい女性です、とか言えないんですか!」

「誰だよ、それ・・・。」

眼前で展開されるボケとツッコミに唖然とするトム。
静雄がキレずに他人と話を続けていること自体かなり珍しい。加えてド天然の彼がツッコミの側に回っているのも変だ。それに一緒に話している女学生は言葉に訛りがある。おそらくこのバスで東京から居住地に帰るつもりなのだろうが、何故よその人間がこうも静雄に馴れ馴れしく話しかけているのか理解することができなかった。

「つーか、マジで誰だ、その子?」

考えるだけ時間の無駄なので、トムは結局ストレートに疑問をぶつけることにした。

するとトムの問いにバーテン男とリクルート女がこれまでの経緯を語り始める。静雄が昼間の休憩時間に町でチンピラに絡まれている女性を助けたこと。その後、力を抑えきれずに鉄骨が女性の頭上に落下しそうになったこと。落下寸前に奏が飛び出し、女性を救ったこと。その後少し会話し、奏が関西から来た就活生とわかり、彼女を面接会場まで案内したこと。そして偶然静雄の出張と彼女の帰宅時間と手段が重なり、ここで再会したこと。

2人が話し終えた時にはもう1時間経っていて、わずかな客達を乗せた夜行バスは1つ目のサービスエリアに着いていた。全てを聞いたトムは最初、「そんな偶然ってあるもん?!」とただただ驚いていたが、二人が嘘をついている様には見えなかったので、有り得ないこの出来事を仕方なく受け入れることにした。ここまで話を聞いておいて黙っているのも気が引けるので、彼は眼前の女学生、弦楽奏に話題を振ってみる。

「大阪から就職活動で遥々東京に。そりゃ御苦労さんだったなー。」

「ありがとうございます。」

奏は深々と頭を下げ、笑顔を浮かべた。

―― えらく普通の子だな・・・。

礼儀正しい振る舞いをする奏に拍子抜けするトム。次はどのような話題を振ってやろうかと思っていると、口を閉ざしていた静雄が奏に話しかけた。

「・・・で、お前今日の面接はどうだったんだよ?」

「・・・・・・・・・。」

静雄の言葉に奏はあからさまに動揺する。いつもと違って一言も発さず、目を伏せ、表情を強張らせている。その様子を見た静雄はすぐに彼女に何があったのかがわかった。

「上手くいかなかったのか?」

遠慮がちに聞いてみる。
奏はうつむいて、コクリと頷いた。
静雄もトムもどう声をかけたらいいのかがわからず黙り込む。

夜行バスのドアが閉まり、サービスエリアを出発する。他の乗客たちも会話することなく眠っていたので、車内にはエンジン音だけが響いた。

暫くの沈黙を置いて、奏が呟く。

「・・・・・・折角ES通過したのに、またお祈りされる・・・。」

「「・・・・・・・・・。」」

トムと静雄の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。シリアスな雰囲気が一気に崩れ落ち、二人はお互いに顔を見合わせ、肩をすくめた。

「トムさん、今のどういう意味ですか?」

静雄が首を傾げながら尋ねると、トムも全くわからないといった表情で首を横に振る。

「とりあえず慰めようにも意味わかんねえから、ちゃんと説明しろ。」

困ったような静雄の声を聞き、奏は相変わらずうつむいたまま、消え入りそうな声で言葉の意味を説明した。

就職活動には学生達の間で頻繁に使われる専門用語というものがある。
ESとはエントリーシートの略で、選考の一番最初に提出する応募書類のことをいう。簡単に言うと履歴書のようなものだが、履歴書とは違い、企業独自の質問が記載されていたりする。例えば「当社でやってみたいことは何か」「下記の欄を使って自由に自己PRせよ」、奇抜なものだと「○○というテーマで作文せよ」などがある。中にはエントリーシートを選考過程に含めない企業もあるが、大半の企業はこの書類選考の形式を導入し、多くの学生達を足切りにしている。一流の企業では3万人の応募者がエントリーシートの選考によって3千人に減らされてしまう。エントリーシートは就職活動をする学生達にとって最初の難関といっても過言ではない。
次に「お祈り」だが、これは企業から届けられる不合格メールのことだ。このメールの文面は大抵決まっていて、「この度は当社の選考にご応募いただきまして、ありがとうございました。慎重に審議いたしましたが、残念ながら○○様は次のステップにはお進みいただけない結果となりました。末筆ながら、○○様のご活躍をお祈り申し上げます。」と書かれている。もはや定型文と化してしまっているので、学生たちはそれを皮肉って「お祈りメール」あるいは「お祈り」と呼ぶのだ。連絡者のみに合格するというタイプの場合は、「サイレントお祈り」と言ったりもする。

就活生の間でしか通用しない専門用語は他にも多々存在するが、書き出していけばキリがないので、今回はこの2つの説明で終えておくことにする。

端的に言うと奏は「せっかく書類選考を通過したのに、面接で落とされる」と言ったのだ。

「・・・やっぱり就職難の時代だけあって、俺たちの時とは全然違うな。」

トムが敢えて「時代がよくない」ということを強調した。彼は静雄の理解者というだけあって、他人の感情の動きを正確に把握し、その状況に最も適した言葉を選ぶことに長けている。露骨に慰めることはせずに、婉曲的な物言いで奏の心を落ち着かせようとした。

「そうっすね。」

トムとは対照的に不器用で気配りができない静雄は、シンプルな言葉で同意し、彼なりの気遣いを見せる。

しかし二人の慰めも、負の感情に侵された奏の耳には届かない。

「・・・でも通過している人たちもたくさんいるんで、時代のせいにしていてもいけないと思うんですよ。」

奏はうつむく。膝の上で握り締められた二つの拳が震え、声も少し掠れていた。

「アピール方法を変えないといけないなって思ってるんですけど、攻略法なんて誰も教えてくれないし。」

「「・・・・・・・・・。」」

トムも静雄も何も言わなかった。いや、正確には言うことができなかったのだ。かける言葉が見つからない。まともな就職活動の経験がない二人はアドバイスができないのだ。中途半端な慰めの言葉は逆に彼女を傷つけるだけだ。彼らにできることは、彼女が落ち着いて自分の気持ちを語りだすまで、沈黙を保ち続けることだけだった。

一方、奏は葛藤していた。
彼女は今まで「泣いたら自分に負けてしまうから、辛いことがあっても絶対に弱音を吐いてはいけない」と自分に厳しく生きてきた。
しかし今その信条に反したいと思う程、彼女は追い詰められ、泣き出したい衝動に駆られている。

今ここで泣くべきか。自分を奮い立たせて明るく振舞うべきか。

静雄とトムが作ってくれた沈黙を経て・・・

「・・・もしよろしければ、今日の私の面接の内容聞いていただけませんか。」

奏はいつもの笑顔を見せた。

「えっ?でも俺たちで参考になるかどうか・・・。」

奏の言動にトムは戸惑う。彼の頭の中には「彼女がこらえきれず泣いてしまう→自分が慰めてあげる→慰めることにより、あわよくば恋愛フラグ」という構図ができあがっていたからだ。落ち込みかかっていた女性が笑顔を見せて、前向きに頑張ろうとするシーンなど、全く予想だにしていなかった。

「企業人の方々に聞いていただければ、何か掴めると思うんです。お願いします!!」

奏は頑なだった。静雄はそんな彼女の表情に違和感を覚える。表面上は笑っている顔。しかしその瞳の奥には何かが潜んでいる気がする。想像しえない強大な力を持った何かが。

凛とした瞳。
火のついた瞳。

その瞳にただならぬ物を感じ取った静雄は、躊躇っているトムを無視し、自分の意思を伝えた。

「いいぞ、話せよ。」

―― え?静雄?

「ありがとうございます!!それじゃあ早速お願いします!!」

トムの戸惑いが更に強くなる。静雄が自分を無視して意見することは珍しい。そもそも今日は彼の行動の大半がいつもと違っていて、全く予想することができなかった。
目の前の女学生も今一つどんな人間なのかがわからない。

―― なんつーか、今日は空回りしてんな、俺。

横で話し始めるバーテン男とリクルート女のペアを見ながら、トムはこっそりため息をこぼした。

―――――――――――

「・・・という感じだったんですけど、どうですか?」

「うーん、俺はすごく良いと思ったよ。しっかりした女の子って感じでさ。企業が合わなかっただけなんじゃねーかな。」

20分くらいの時間をかけて、奏は面接を再現した。彼女の記憶力は正確で、面接の内容には一字一句の狂いもなかった。トムはその時点で、弦楽奏が能力の高い人間だということに気がついた。

加えてしっかりとした話し方。入学と同時に遊び呆ける大学生とは違い、しっかり勉強してきたというエピソード。トムは何故彼女が受け入れてもらえないのかがわからなかったので、お世辞でもなんでもなく、思ったままのことを口にした。

「ありがとうございます、田中さん!あの、平和島さんは・・・?」

トムに一礼をした後、静雄にも感想を求める奏。

「・・・。」

静雄は何も言わず、奏の顔を見ている。彼の眉間には深い皺が刻み込まれていた。

「平和島さん?」

池袋の人間ならよく見る静雄の怒りの表情だが、奏がそれを見るのは初めてだ。さすがの彼女も少し緊張したのか、神妙な面持ちで遠慮がちに話しかける。

「・・・・・・気に入らねえ。」

暫くして静雄が言ったことはそれだけだった。

「え・・・?」

「お前らしさが全然出てねえよ。」

「お、おいっ?!静雄?!」

優しい言葉でもかけるのかと思いきや、いきなり奏を責め立てるような口調で意見を言い出す静雄。トムは「やめておけ」という意味で慌てて静雄の腕をつかんだが、静雄はトムの方を見向きもせずに腕を振り払う。

「お前の良い所はシリアスな場面でも冗談言って雰囲気良くする明るさじゃねえか。今の話しぶりじゃ、全然それが伝わってこねえ。無理して自分をよく見せようとしてるよ。」

「………。」

核心をついた静雄の言葉。反論の余地など全くない。奏は苦しそうに顔を歪めた。

「俺はトムさんのコネで入社したから、偉そうなことは言えねえけどさ。お前の話聞いてたら、就職活動って恋愛みたいなもんじゃねーのかなって思ったんだよ。」

「恋愛・・・?」

今度は思ってもみなかったことを言われる。就職活動を恋愛に例えるという独特の描写表現が気にかかり、奏の歪んでいた表情が少しずつ落ち着いていく。

「そのESだの、面接だのが企業へのラブレターだって思えばいいんじゃねえのか?ラブレターって単に「好きだ」っつっても伝わらないだろ?そいつのどこが好きだとか、何で良いと思ったのかとか、どうしてそいつじゃないとダメなのか、っていうのがないと絶対に伝わらない。」

一息に言った後、静雄はふうと息をついた。そして奏の瞳を真っすぐ見つめながら、語り始める。

「それからさ、お前、マニュアル化してねえ?」

「え?」

「さっき、ずっとアピール方法とか攻略法とか言ってたけど・・・俺、方法なんてないと思うんだよ。恋愛とかもテクニックとか言ってる奴らいるけど、そんなことはないよ。絶対に大切なのは気持ちだ。そりゃ気持ち伝えても無理な時はあると思う。片思いとかがそれだろ?こっちがいくら好きでもダメな時はある。だけどどうせダメなら飾らないでありのままの自分をぶつければいいじゃねえか。その方がすっきりするだろ?飾る必要なんか絶対にねえよ。」

「・・・なんつーか俺、頭悪いから上手く言えねーけど・・・、お前は俺と違ってきちんと大学に行って一生懸命勉強して、人間的にも明るくていい奴なんだから、負けんなよ。」

そこで静雄は一端言葉を切った。
そして少しの間をおいてから、奏の肩に手を置き、力強い声で最後の一言を言う。

「・・・絶対にお前なら大丈夫だよ。」

真剣な眼差し。
力のこもった腕。
「飾る必要はない。有りのままの自分でいい。」という言葉。

救われた気がした。企業からお祈りメールをもらうたびに、自分の人格を否定されたように感じていた。自分は要らない人間、間違った人生を送ってきた屑のような人間なのだと、自分で自分をおとしめ、気がつけば必死で気に入ってもらえるよう、自分を偽っていた。こう言えばいいんだ、こう言えば落とされなくて済む、有りのままの自分は要らない人間なのだから。

しかし静雄は違った。
彼だけはしっかり自分と向き合っている。会って数時間しかたっていないのに、自分の良さをきちんと見てくれている。

飾り立てたキザな台詞とは程遠い、厳しめの激励。しかし今までで1番心に響いた言葉だった。

刹那、奏の心の中で何かが弾けた。
弾けた感情が溢れ出す。
止め処なく流れ出す。

抑えることのできない感情の波は、涙となって彼女の瞳から零れ落ちていった。

悔し涙ではなくてうれし涙。
泣いているはずなのに清々しさを感じた。

しかし奏の心情がわからない静雄は慌てふためく。

「わ、悪い!!俺、言い過ぎたよな?マジでゴメンな。就職活動やってない奴に偉そうに言われたくないよな?」

この時の静雄にはまさに「あたふた」という表現がピッタリだった。彼は他人を傷つけてしまうことに人一倍、敏感だ。「涙=傷つける」という先入観から冷静な判断ができず、ただただ平謝りをすることしかできなかった。

奏はそんな彼の仕草が可笑しくて、泣きながら微笑んだ。

「・・・優しい人。」

小さな声で呟く。

「あ?何でだよ?」

本日(正確にはもう翌日だが)、3度目の「優しい」コールだった。泣き笑いをする奏を見て、静雄は怪訝な表情をする。

「こんなに私としっかり向き合ってくれた人、今までいなかったから・・・嬉しくて・・・。」

「・・・・・・。」

静雄は目を臥せた。
気まずいわけではない。居心地が悪いわけではない。
また無意識の内に照れくささを感じていたのだ。

「・・・じゃあさ、今日は好きなだけ泣いたらいいんじゃねえか?」

「え?」

「今まで溜めてきた分を発散させてリセットすればいいだろ。明日からまた頑張れるように・・・今日は思い切り泣けばいい・・・。」

昼間同様少し顔を赤くする。
自分らしくないカッコイイ台詞を言ってしまったことに恥ずかしさがこみ上げてきたようだ。

奏はようやく昼間同様の本物の笑顔を見せることができた。

「・・・はい!!」

奏の笑顔を確認した静雄は「よしっ」と言って、彼女の背中をポンと叩き、髪の毛をワシワシと撫でてやった。

―― そうか・・・静雄の奴・・・。

一連のやり取りを黙って聞いていたトムは悟った。何故恐ろしく短気な後輩がこうも長い会話を続けているのか、何故彼がこの女学生を励ましたのか。
全ての疑問の答えをようやく見つけることができたトムはほのぼのとした暖かい光景を見てフッと優しく微笑んだ。

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