第二章 1 「あー、ヤバい、遅刻しそうかも。こっから走ったらまだ間に合うかな…でも、少しくらい遅れても…担任だって時間にはルーズなんだから…しかも、テスト返ってくるし、もう行きたくないかも…」 光は、学校玄関前でぶつぶつ言いながら歩いていた。 遅刻しそうだといいながら歩いているのは、間に合おうという気があまりないからだ。 周囲には時間もぎりぎりだからか、あまり人はいない。 このままサボってもいいかな…などと考えていたら、後ろから肩を掴まれた。 「!?」 「あ、…悪い、驚かせた?あの、この学校の人だよな?」 驚いて振り向くと、随分と背の高い学ランの男が立っていた。 学校なんだから、学ランは当たり前なんだが、どこか違和感があった。 大人びた顔立ちと、幸介みたいに背が高いだけじゃなく、がたいもよかったからだろう。 光は鼓動が激しくなっていくのを感じていた。 「…うん、そう、ですけど…」 「あのさ、職員室って、どう行ったらいいか教えてくれねえ?どこに何があんのかぜんぜん分かんなくて」 「えっと…。職員室は、ここ、生徒玄関すぐに右に曲がって、まっすぐ廊下歩けば、右っ側にある…」 「そっか、分かった、引き止めて悪かった。ありがとな」 人当たりのよさそうな笑顔で、その男は去っていった。 久しぶりにドキッとした。 鼓動がやむのをじっと待つ。 チャイムが鳴り始め、今度はまた別の意味でドキッとしながら、走って教室に向かった。 「今日って、一時間目国語だよなぁ…なんでやばそうなものが一番最初に返ってくるんだよぉ」 「しょうがないだろ…それに、前日まで一番勉強しただろ?大丈夫だって。絶対今までで一番いい点取れるって」 「…教えてもらった手前、そこまで言われたら悪い点取れないじゃん!」 教室では知哉と幸介が喋っていた。 テストがわんさか返ってくる夏休み前の今日、集中補習に参加するかしないかの運命がかかっているので、周りはざわついている。 知哉もやばいやばいと言っている一人だ。 「去年より普通の補習も増えるのに、それに加えて集中補習はやだなぁ…」 「大丈夫だって、知哉。お前よりやばそうな奴が一人いるだろ」 「…それって光に酷くない…って、そういえば光、遅くない?」 「あー、ホントだな、まだ来てないし。あいつ、もとからそんなに早く来るやつじゃないけど…テスト返しがそんなに嫌だったか…」 「さすがにこれは遅刻かな…電話してみる?」 電話をかけようと携帯を取り出したら、ひょいっと幸介が取り上げる。 「かけない?」 「あ、いや、つか…」 扉を指差す。 バタバタと大きな足音が近づいてきた。 あ、と知哉が思った瞬間には、見ていた扉がガラッと音を立てて開いた。 「セーフ!?」 「光!」 「セーフだよ、まだ担任来てない」 息を切らしながら鞄を机に投げ置き、つっかれたー、といいながら二人の方に来た。 「幸介、よく分かったな、光が来たって」 「まー、しょっちゅうこいつが道場に駆け込んでくるの聞いてたからな。で、寝坊か?テスト返しが嫌だったか?」 「やー…どっちも。なんだけどさ、何か、学校入る前になんか話しかけられてさ」 走ったからか、ぼさぼさになっていた前髪を留めなおしている。 「誰に?」 「見たことない奴」 「なんて?」 「職員室教えてってー」 そう光が言ったところで担任が遅れて入ってきた。 立ち歩いていた生徒がゆるゆると座っていく。 全員が座ったところで、担任はこほんと咳払いをした。 「今日は、突然ですが、転校生がいるので、紹介してからテスト返しをします」 担任の一言に、教室が音を立てる。 さっきより騒がしくなった。 「時期、変じゃない?」 「そうだな、普通二学期で入ってくるよな」 こそこそっと知哉は幸介に耳打ちする。 チラッと光と風香を見ると、わくわくしたような顔を二人ともしていた。 「じゃ、入って。簡単に自己紹介してね」 ガラッ、と扉が開く。 長身の男が入ってきた。 知哉は目を見開いた。 息を呑んでしまい、幸介にどうした、と聞かれたが、返すことが出来なかった。 「石森直樹といいます。今日からここの学校に通うことになりました、よろしくお願いします」 [次へ#] [戻る] |