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第一章
3

時々、少し離れた所でカリカリとペンを走らせる風香を目の端に入れながら、俺は目の前で行われている稽古に見入っていた。
いや、正確に言うと、幸介を見ていた。
あの日、二人と出会い、話をするようになった。
それから、いつの日からか、自分に注がれる視線に気付いた。
けして頻繁ではなく、本当に時々。
でも、だからこそ、気になった視線。
別に嫌な感じではない。
むしろ優しい、自分を包み込んでくれるような、心地よい視線。
一度だけ、その視線にわざと目を向けた事があった。
そして、その一瞬目が合ったのが、幸介だった。
何だろうとは思ったけど、目を逸らした後の幸介が何だか恥ずかしがっていて可愛くて、思わず笑ってしまったのを覚えている。
多分、それまでのも、その後からのも、幸介なんだろうな。
ぼうっと思いを廻らせていたら、目が合った。

「あ…」

幸介はすぐに目を逸らした。
稽古で暑くなっていたのか、顔が少し赤かった。
これは、俺が幸介を見ていて、それで目が合ったのだから、今までの目が合った回数にはカウントされないのかな、などと変な事を考えていたら、幸介がこちらに向かってきた。
前に胡座をかいて座る。

「暇だった?」
「ううん。そんなんじゃない。お前も光も、楽しそうだなって思って」
「ははっ、うん、楽しいよ。まぁ、光のほうが楽しそうだけどな」

学校ではあんなに嫌がっていた教えるという事もあくせくしつつも、笑いながらしている。

「いいな、お前ら」
「ん?…知哉もやってみるか?」
「いや、いいよ俺は。運動は嫌いじゃないけど、体術系は苦手だし。でも…」
「でも?」
「ちょっと幸介!何サボってんだよ卑怯だぞ!」

俺が少し間を置いた所で、ちょうど教えていた事が終わったのか、疲労困憊といった顔をしつつ光が幸介に叫んできた。
子供達も休憩なのか、畳の外に出て座っていた。
光はドカドカと歩いて、まだ黙々と絵を描いている風香の前に座った。

「もーイヤだ!というかムリ。教えるのは疲れる。倍疲れるー」
「お疲れ光」
「ありがとー知哉」

水分補給にと置いてあったペットボトルを渡す。

「…っはぁー。あ、風香、まだ描いてんの?」
「ん、もうちょっと…よし、出来た!」

じゃん、と俺らに描いた絵を見せる。
一枚の紙の上に何体もの人間が描かれていた。

「上手いなー」
「すっげー風香」
「ふふっ、ありがとう」

満足そうに紙を鞄の中にあるファイルに入れている。
また新しい紙を出しているから、まだ描く気なんだろうな。
幸介と光は柔道着の襟を扇いでいる。
そこに、一人の男の子がパタパタと小走りにやってきた。
男の子に気付いた幸介は、すっと腰をずらして、ちょうど俺の前にその子が来れるようにした。

「にーちゃん、とーちゃんいつかえってくるの?」
「さー、でも、もうすぐじゃねーかな」
「そっかー。ねぇ、この人たち、にーちゃんの友だち?」
「俺と光のな。知哉と風香。挨拶しとけ」

目の前で繰り広げられる会話。
あれ、にーちゃん…て。







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