1
碧く、広大な草原が目の前に広がる。
その草々の動き、そしてその声は恰も、滄海の波のようだと海を知る者が昔、語っていた。
さわさわと草々を鳴かせた清風が、蒼い外套を羽織った男の頬を撫ぜて行く。
男は、青い草の爽やかな香りを胸一杯に吸い込みながら、海を知る者の言葉を思い出す。
――この音、この光景。
揺蕩う滄海の如し。
冬を運ぶ風、
我が心に望郷を呼び起こさん。
海が如何様な物なのか、男は知らない。
だが、海を知る者の言葉は、瞳を閉じると青い海原を思い起こさせた。
「孟鐫(モウセン)殿、如何なされた」
瞳を閉じ、傾いた太陽の光を浴びながら溜息を吐いた男に、背後から栗毛馬に跨がった、壮年の男が声をかけた。
孟鐫と呼ばれた男は徐に黒い瞳を開き、声の主を振り返る。
「これは謄蛍(トウケイ)殿……。少し、考え事をしておりました」
孟鐫の隣に轡を並べた壮年の男は、にっこりと目尻に皺を寄せて微笑んだ。
「考え事かね。若い頃には、大いに悩んだ方がよい……ただ、戦場で悩んではいけないよ」
低く、優しい声で謄蛍は言う。
孟鐫は深々と頭を垂れ、苦笑した。
眼前には草原と、その先には敵影がある……そう。ここは戦場なのだ。
[次#]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!