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あの人がいた。



「あ、はい。」


体育館の中は、主に見に来ている保護者の声でざわざとしていて、生徒の声は聞こえない。


まあ、生徒はまだ、初日で緊張しているんだろうけど、保護者の声の方が響いてるって、誰の入学式なのか、微妙な感じだ……。


僕を体育館前から救出してくれたのは駒沢先生と言って、僕の担任だそうだ。


現代文担当で、どうも、彰の小説ファンらしい。


さっきから、保護者の声に交じって、僕に彰の小説がいかにすごいか、熱弁してくる。


一様、彰の小説の才は、僕もすごいとは思っているけど、正直、今は先生の話は煩わしい。


壇上の上で読まなきゃいけない、原稿の再確認をしたいのに……。




「駒崎先生!彼は、小松君ですか?」


「あ、宮部くん!そうだ。この子は……小松君?」


「あ、はいっ!」


先生の話を遠い目で聞いていると、思考が何時の間にかトリップしてたみたいだ。


先生の言葉で我に返ると、綺麗な顔立ちの美少女が立っていた。


短めの、ふわっとした色素の薄い茶髪に、くりくりとした目が愛らしい。


あれ、ここ男子校じゃなかったっけ……。え……。ってことは、この人、男!?


「なにか?」


どうも、驚きすぎて、凝視してしまったようで、彼は、眉をひそめている。


や、やばっ!この人、先輩……だよね!?


中学時代、割と上下関係の厳しい部活に入っていた僕は、すぐに恐縮してしまう。


「あ、いえ……すいません。」


僕の態度に、悪気がなかったと理解してくれたのか、彼はため息を一つ吐くと、また話し始めた。


「では、小松君。次の合図で、壇上に登ることになるから。やり方は、事前に知らせた通りだから、出来るね?」


「あ、はい。大丈夫です。」


それじゃあ、頑張ってね、と言って、美少年の先輩は元いた場所へと戻って行った。



正直、大丈夫じゃないけど、ここは、出来ると言うしかない。


緊張と、不安で今すぐ、体育館から退場しちゃいたいが、任されたからには、男として全うしないわけにはいかない。


僕は、ごくりと唾を飲み込む。


やばい、そういえば、僕は人前に立つのが大の苦手だった。



不安に駆られておろおろしていると、ふと、僕と同じように体育館の脇で待機している青年が目に入った。



「え……?」



……そんな、あり得ない。


僕は、おそらく2年生だと思われる生徒をがん見していた。


黒い漆黒のサラサラの髪。眼鏡の中の、少し眉の酔った凛々しい顔立ち。


かなり背が高くなって、体格も良くなり、髪型も変わって……、僕が知っている人物よりかなり大人っぽくなっているが、間違いない。



「せん、ぱ……。」


僕は、高鳴る鼓動を感じながら、声にならない掠れた声をだした。


『新入生の抱負。新入生代表、小松和樹。』


「はい……。」


一瞬、その人は、僕の声に反応したようにこちらを見た気がしたが、僕は、マイクの合図に、もはや放心状態で、舞台の真中へと歩み始めていた。

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