Glare 7 「嗚呼、お帰り幸村……と、ええと、お友達、かな」 自転車も使わずに自身の足だけで行ってしまった息子を心配して起きていた幸村の父───昌幸は、漸く鳴らされた玄関の呼び出し鈴に安堵し、そして同時に困惑していた。 視界に映るのは、少し不機嫌そうではあるが見慣れた息子の姿、そして───。 「ええと、取り敢えず、上がって。幸村、玄関の電気、消しておいてね。後、シャワー浴びておいで。風邪引くから」 あんなに急いで、更には自転車も使わずに駆けて行った幸村に昌幸は笑い掛け、幸村が小さく頷き風呂場へ向かうのを見届けた後、政宗に一度手招きをした。 「最近暖かくなってきたといえ、夜はちょっと寒いからね。風邪引かない内に中に入りなさい」 「ッ、あ、はい……」 緊張と困惑の入り混ざった複雑な表情をしながら、政宗は昌幸の手招きに小さくお邪魔します、と呟いて靴を脱いだ。 其れにお邪魔しちゃって下さい、と返しながら、昌幸は鼻歌を歌いながらキッチンへ向かったのだった。 ********** 鼻歌が、聞こえてくる。 曲名は知らない。 只、父上と母上が学生の頃に流行った歌らしいので、昔の曲であろうとは思う。 ───そう言えば父上に礼を言っていない。 夜中に騒ぎ、家を出、仕舞には他人を連れて来て家に上げてしまった。 後でちゃんと礼を言わなければ。嗚呼、礼だけではなく謝罪もしなければ。 明日も仕事なのに、こんな時間迄起こさせてしまって───と其処迄長々と考えて、そして幸村は一つ溜息をついた。 (政宗殿……ご迷惑では、なかっただろうか) 行く所が無かったとはいえ、政宗を強引に家に連れて来てしまった。 碌な説明もせずに、強く腕を引っ張って。 拉致、と言われても否定は出来ないかもしれない。 でも、あのまま政宗を放っておくなんて出来なかった。 一対一の繋がりが少なかった自分に連絡をくれた事、会えて嬉しいと言われた事、何より自分を頼ってくれた事。 以前“幸村”だった時に、“政宗”から個人的に連絡を貰った事なんて無い。 会えて嬉しいと言われた事なんて、無い。 頼られた事だって、勿論無い。 だから、かもしれない。 例え恋い焦がれている“政宗”と違う、今生きている政宗が起こした行動だと分かっていても、それでも。 (酷く、嬉しい) 個人的に連絡を貰えた事、会えて嬉しいと言えた事、何より頼られているのだと分かった事。 以前の“幸村”では考えられない事だ。 (嗚呼、でもやっぱり、政宗殿を連れて来なければ良かったかもしれぬ) 政宗に、“政宗”の影を重ねてはいけないのだと言うのは、分かる。 どれだけ“政宗”を想っても、叶わない物だと言うのも、分かる。 政宗に“幸村”が抱いた“政宗”への想いを、重ねて、更に押し付けるのが間違いだと言うのも、分かる。 (確かに、今の政宗殿は“政宗殿”と瓜二つだが、政宗殿と“政宗殿”は絶対に違うのに) そう解っているのに、どうして、何故、自分は重ねてしまうのだろう。 あまつさえ何の関係もない人を巻き込んでしまうのだろう。 そんな事を悶々と考えてみても、答えは目の前には落ちてこない。 自分が愚かなのだろうか。 自分がいけないのだろうか。 自分が、前世の事等忘れ、今この時代の真田幸村として生きていけば、何もかも上手くいくのだろうか。 (───……今更、何を) 今まで───今の時代に生まれてから───幾度となく思い至って来た思考に、幸村は首を振る。 (そんな事、考えたって意味はない) 何故ならこんな物は只の無い物ねだりだからだ。 現実から目をそらして、自身の都合の良い様に考えているだけの、手前勝手な妄想でしかない。 知らなかったら、覚えていなかったら、何て全て『もしも』の有り得る事のない話である。 (嗚呼、でも……) シャワーから断続的に放出される温かい湯を感じながら、幸村は目を閉じる。 聞こえてくるのは自身の息遣いと身体を打つ湯の音。 (いっそ、このまま、) このまま、前世の記憶も、前世の彼への想いも、流れていってくれれば楽なのに───。 (……なんて、) 馬鹿みたい、だな。 その一言を飲み込み、自身の思考回路に小さく溜息をついた後、諦めたように幸村は一人自嘲した。 [*前へ] [戻る] |