Glare
4
また逢えた事は、嬉しいのだ。
嬉しいのだ、けれど。
けれど───。
「───Good morning!元親、元就、佐助、それと幸村!」
「お、政宗。おっす」
「はよー」
「………あぁ」
「───ッ…!」
そう、元気に挨拶してきたのは、
かつての、竜。
「…お早う、ございます。…政宗殿」
かつての自分にとっての、
天。
「Ah?何だそれ?」
幸村の机の上に出された英語のノートを覗き込み、不思議そうに首をかしげる政宗。
そんな政宗に、佐助は政宗も忘れたの?と笑う。
「英語の課題。今日までだよ?」
「Oh…俺とした事が忘れてたぜ」
「英語を忘れるなんて、政宗にしちゃあ珍しいな」
昨日眠かったんだよ!と笑いながら元親と佐助と話し始める政宗。
それを見つめていた幸村と、ふと幸村を見た政宗の視線がかち合う。
「あ、幸…、」
「そ、某、今日は日直でござった!今すぐ職員室へ行って参りますっ!」
何か言い掛けた政宗から逃げるように、席から立ち上がって全速力で職員室に向かって走りだす幸村。
そんな幸村を見て、佐助と元親は首をかしげた。
「ちょ急に何、旦那ー?走ったら危な…って速いなー…」
「…幸村って政宗の事ぜってぇ避けてんよな?何かしたのか?」
「…いや…」
憶えは無いと首を振る政宗に、佐助と元親は迷惑そうな元就を巻き込み、“何故幸村が政宗を避けるのか”について論議し始める。
そんな話し合いを聞きながら、政宗の隻眼は、幸村の出ていった教室のドアをずっと、見つめていた。
**********
その頃の幸村は、といえば。
廊下を走るなと教師に怒鳴られ引き続き説教されそうになったのを何とか逃れ、職員室に向かって歩いていた。
ずーん、という効果音が聞こえてきそうな位に暗い雰囲気を纏わせて、幸村はゆっくりと廊下を進む。
(…また、政宗殿を避けるような事をしてしまった…)
その胸の中に、そんな自己嫌悪を渦巻かせて。
別に、幸村は政宗を避けている訳では無い。
寧ろ、会話したり、一緒に笑ったり、前世の“幸村”では出来なかった事をやりたいと、幸村は思っていた。
けれど。
全く同じ顔、声、髪、瞳。
嫌でも重なる、前世の影。
そして、前世の政宗に抱いていた敬意や罪悪感、謝罪や憧れ、そして、叶う筈の無い、恋心。
いやでも溢れ出てくる感情のせいで、どうしても政宗と純粋に会話したりする事は出来ないのだ。
(…うぅ…。佐助達と同様、今の政宗殿と前世の“政宗”殿を重ねてはいけないとは分かっているのに…)
分かっていても、全く変わらない容姿に性格では重ならない方が無理、というものだ。
(それに…、重ねて、余計辛くなるのは…、俺、だ…)
何故なら───、
と、不意に幸村は泣きそうに、顔を歪める。
───解っては、いた。
けれど、改めて考えてみると、その事ががとても哀しくて。
とても、淋しくて。
不意に、泣きそうになる。
(…いかん、こんな所で泣いては…っ!)
そう思った幸村が、必死に目元を学ランで擦っていると、後ろから幸村にかけられる声。
「───幸村!どうした?」
「…っ、お、お館様っ!」
紅くなった目元を隠すように俯き加減では有りながらも、幸村は元気に“お館様”に返事をする。
「い、いえっ!何でもありませんっ!あの、某、今日、日直ですので、日誌を…」
「おぉ、ならこのプリントもついでに教室へ持っていってはくれんか?まだ儂は持っていくものがあってな」
「勿論ですお館様っ!」
「では、頼んだぞ幸村」
「はいっ!」
嬉々として頷く幸村を一、二回撫でてから去っていくお館様。
最初ニコニコとしてその背中を見送っていた幸村は、何時の間にか己が段々と笑顔を消し、段々と離れていく広い背中を見つめ再度泣きそうになっている事に気付き、直ぐ様回れ右をして教室へ向かう。
『先の戦、御苦労であった。また、大将を討ち取ったそうじゃな?ようやった幸村!儂は鼻が高いぞ!』
前世の面影を、記憶を、声を。
重ねて辛くなるのは、己。
何故なら、佐助も、元親も、元就も、お館様も。
そして、政宗さえも。
この世界に誰一人として、“幸村”を憶えている者はいないのだから。
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