Glare
3
紅は、嫌いだ。
突然だが、俺には前世の記憶というものが存在する。
他の者は、元来持っていない物らしい。
その事を気にした頃もあったが、もう十六も生きていると今更そんな事は気にならない。
勿論、俺が前世の記憶を持っている事を知る者はいない。
俺が誰にも言っていないからだ。
本来前世の記憶というものは排除され、人は何も知らずに生まれてくる。
前世での罪や縁を忘れ断ち切る為に。
何処ぞの怪しい宗教団体の言葉を信じるなら、神は全ての万人をお救いになる、何故なら現世の罪は来世で救われ、来世は生まれ変われるからだ、とは多分そういう事なのだろう。
…ならば、前世の記憶の有る俺は何なのか。
罪からは、所詮逃げられないというのだろうか。
俺は、赦されないというのだろうか。
…まぁそんな事をぐだぐだと考えても分かる筈もない。
唯、俺が分かるのは。
俺は紅が嫌いだという事。
そして。
俺は、よっぽど神というモノに嫌われているのだろう、という事ぐらいだ。
**********
「おーっす幸村ー」
「あー、旦那おはよー」
「おはようでござる、元親殿、佐助。…おはようございます、元就殿」
「…あぁ」
声をかけてきた銀髪の青年と、オレンジがかった髪を持つ青年、そして不機嫌な顔をした青年に、幸村はにっこりと笑って挨拶をした。
此処は幸村の通う高校、私立婆裟羅学園の2‐Aの教室である。
座席が近い事も有り、彼ら───幸村、佐助、元親、元就は仲が良い。
無論、幸村は座席が近い事だけで彼らと仲が良い訳では無いのだが。
自分の席に荷物を置き、幸村は席に座る。
「旦那ー今日の英語の課題やってきたー?」
「む?英語の…、…やってない…」
「そんな事だろうと思った。はい、課題」
「むぅ、かたじけない!」
───何処にでも有るような、珍しくも無い光景。
珍しくも無い、普通の高校生活。
けれど、幸村にとっては、地獄のような、時間。
「にしても、慶次と政宗はおせぇなぁ…」
政宗。
その名前を聞いた瞬間に、幸村の肩は小さく震えた。
そんな事に気付く様子も無く、ぺらぺらと元親と佐助は話し始める。
「慶次も政宗もお説教されてるんじゃない?まつさんと小十郎さんに♪」
「有り得るよな〜。慶次と政宗だし」
「だよねぇ…。慶次と政宗も大変だよ」
あはは、と笑いあう元親と佐助の会話を打ち切るように、幸村は佐助に勢いよく課題を返す。
「さ、佐助っ!課題、終わったぞ!」
「え?もう?早くない?」
「と、途中までやってあったのだ!助かったぞ、佐助!」
「へー…どういたしまして!」
途中までやってあったとはいえ、早すぎやしないかと首をかしげつつ、佐助はノートを机の中にしまう。
「あ、そういえばさー、2‐Bの…なんつったっけ、元親に告白してきた子。あの子どうなったの?」
「あ?あー、アイツなぁ…」
…良かった。
上手く話題がすりかわった事に、幸村は内心ほっと安堵する。
「あー…。そりゃ、御愁傷様…」
「ホントだぜ…。おい佐助、元就、誰か良い女紹介しろよ…」
「……………知るか」
「元親に回すほど恵まれてないもん、俺様〜」
三人の会話に耳を傾け、幸村は小さく溜め息をつく。
そっと、幸村は目を閉じてみる。
耳に流れ込んでくる、三人の声。
その声で、ふと脳裏に浮かぶのは、目の前に居る三人の姿─────では無くて。
今目の前に居る三人とそっくりな、けれど別人の姿。
『だーんなっ!何やってんの?…ってまた団子!?太るよ!?』
『おぅ、幸村!今日は鮪持って来てやったぜ』
『真田幸村、か…。相も変わらず暑苦しいな貴様は…』
橙の髪を持ち、迷彩の服を着た、いつも傍に居てくれた、世話焼きな忍の青年。
銀の髪を持ち、左目を眼帯で覆い、魚を土産に度々現れた“鬼”の異名を持つ青年。
さらさらした茶髪を持ち冷めた目で此方を見て、何故か太陽に向かって叫んでいた青年。
それは前世での三人と、前世の“幸村”との記憶。
「───と、ちょっと聞いてるの旦那っ!?」
「え?…あ、あぁ、悪い」
「全く!ちゃんと人の話聞いてよね旦那!」
そこに居るのは確かに別の存在の筈だ。
何故なら、彼らには、前世の記憶など無いのだから。
分かっている。
頭では、分かっているのだ。
その人達が、別人な事位。
その人達は、前世とは違う人生を歩んでいる事位。
その人達と、前世のその人達とを重ねてはいけない事位。
けれど。
けれど、重ねてしまう。
嫌でも、重なってしまう。
そして、思うのだ。
俺は、よっぽど神というモノに嫌われているのだろう、と。
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