Glare
5
「…で、何だ?幸村」
結局、其の不毛な争い(真夜中の高校生による本気のじゃんけん)の勝者は、政宗であった。
勝ち誇った様に笑みを浮かべる政宗に見惚れたのか。
政宗の言葉に幸村は軽く怯み、そして挙動不審に視線をきょろきょろと彷徨わせながらぼそぼそと言う。
「い、いえ、その…」
「Ah?」
「ま、政宗殿と、こうして話しているのはとても楽しいし、嬉しい、のですが…」
「Han…?」
「その、今更かもしれませぬが…夜も更けたのに、家に帰らずとも大丈夫でござるか?」
「…何がだ?」
「へ?」
「だから、何が?」
「その、御家族が心配なさって、」
「其の辺は、断って来たから心配要らねぇ」
「そ、そう、ですか…」
何故かフン、と鼻を鳴らし幸村の言葉に不機嫌になってしまった政宗。
其の反応に疑問を抱くものの、淀みなく言われてしまえばどうしようもない。
若干眉を潜めながらも、幸村は政宗の言葉に頷くしかなかった。
「…幸村は、大丈夫なのか?」
「へ?あ、はい。父上に話はしてありますので…」
「そうか…悪ィな、幸村」
「い、いえ!………え、ええと、其れで、政宗殿は先程何を言おうとしたので…?」
再び襲って来た沈黙を必死にやり過ごそうとした幸村は、無理矢理に笑おうとして引きつった顔を政宗に向け一つ首を傾げた。
幸村の問いに政宗は軽く目を瞬き、そして思い出した様に小さく声を出してからばつが悪そうに頭を掻いた。
「Ah…別に、大した事じゃねぇ…。その、幸村と同じで…」
「同じ…?」
「、アンタ、真面目だろ…?だから、こんな時間に出て来て本当に大丈夫なのかと思ってよ…」
不安そうに此方を見つめてくる政宗に顔を赤くしながらも大丈夫だと何度も幸村が繰り返せば、不安げだった政宗の口元にも漸く笑みが浮かぶ。
微笑んだ政宗に安心したのか、幸村にも漸く無理矢理の笑顔ではない自然な笑顔が浮かんでいた。
中々に珍しい光景である。
「…何か、やっぱお前で良かった」
「へ?」
暫く見つめ合い沈黙が落ちる中、そう口を開いた政宗。
政宗の言葉に何の事かと首を傾げた幸村に、政宗は一つ笑った。
「…俺、家出して来たんだよ」
「なっ!?い、家出でござるか!?」
「Yes…ちょっと、居づらくてな」
居づらい?と政宗の言葉に首を傾げた幸村に、何が可笑しいのか政宗の口元には薄く笑みが浮かぶ。
(居づらい、とは…?)
どういう事なのかと目をぱちぱちと瞬かせた幸村に、政宗は酷く珍しい物を見る視線を向けた。
「…母親が、な。帰って来てんだよ」
ずっと幸村と合わせて居た視線を急にするりと放し、政宗は闇夜に浮かぶ月を見上げ、ぽつりと呟いた。
「ま、政宗殿の、母上殿が…?」
「Ha…あっちは俺をどう思ってるんだか知らねぇけどな」
月光に眩しそうに目を細め、何処か投げ遣りに言葉を放った政宗に、幸村は漸く一つの事実を思い出す。
(っ、そういえば…“政宗殿”は、実の母親に殺され、かけたと…片倉殿が、言って…)
さぁ、と一気に幸村の血の気が引く。
無論、幸村が思い出している『政宗殿』と『片倉殿』は前世での二人の事であり、現在の政宗が母親に嫌われているとか謂う情報は幸村には無い。
だが、幸村は自身の状況───例えば前世と同じ親だとか、同じ容姿だとか、現世の自身は前世の自身の影響を強く受けている状況にある事───と目の前の政宗の様子から、現在の政宗も母親に嫌われている事を瞬時に理解したのだ。
(ッまさか、此の時代でも、殺されかけたと謂う事は無いだろうが…然し、政宗殿は…)
幸村が聞いた政宗の母親──義姫の政宗に対しての態度は、酷い物であった。
罵倒、暴力、無視…仕舞いには毒殺未遂。
然し政宗は何を言われても下を俯いたまま、されるがままだったと、幸村は聞いている。
政宗は、母親の事を嫌えなかった。嫌える筈も無かった。
たった一人の、実の母親だから。
何をされても愛して欲しいと願っていた政宗が、一度死んで別人になって、それでも。
それでも、未だ実の母親に愛されていない、のか───?
「政宗殿ッ…!」
そんな悲しい事が有るのだろうか。有っても、良いのだろうか?
「Ah?」
突如叫んだ幸村に、政宗は月を見ていた瞳を声の方へ向けた。
不思議そうに幸村を見た瞳は、疑問以外の感情を浮かべては居ない。
其れが余計に、無性に、悲しく感じられた。
「っ、」
「幸村…?どうした?顔色悪ィぞ?」
何を言ったら良いのだろう。何が言えるのだろう。どうしたら、どうしたら傷付けずに済む───?
勢いに任せ政宗を呼んだのは良いものの、何を言ったら良いのかと言葉に詰まる幸村の顔色を見て、政宗は心配そうに眉を寄せる。
「幸村?」
「っ…」
「おい?」
不安そうに近付いて来た政宗に答える事もせず、幸村はどうしたら良いのかと頭を悩ませた。
余りにも反応を示さない幸村をどう思ったのか、政宗は大丈夫かと幸村に触れようとする。
然し其の寸前、政宗の手首が、がしりと掴まれた。
言う迄もなく其れは幸村の物で。
急に触れた幸村に驚いたのか、びくり、と政宗の身体が震えた。
「幸村…?」
不思議そうな政宗の声に答えずに、幸村は俯き気味だった視線上げる。
視線を上げた幸村は、酷く苦しそうな、泣きそうな顔をしていて。
そんな幸村に戸惑った様に政宗は黙り込み、二人は他に誰も居ない真夜中の路地で静かに見つめ合った。
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