Glare
4
───…そういえば、あんなに必死に走ったのは何時ぶりだろう───…。
**********
「────…っ、」
走る、奔る。
今の時間も、どんな道を走っているのかも、偶にすれ違う人の視線も、儘(まま)ならない呼吸さえも気にせずに、只、奔る。
必死過ぎるせいか其の顔に何時もの温和な表情はなく、寧ろ鬼気迫る表情の為通行人に若干避けられたり犬に吠えられるのも気付かない。
(───…っ、政宗、殿…!)
そう、其の思考を埋めるのは唯一人。
(政、宗殿…!)
唯、一人だけだった。
**********
「っ、ま…政宗…殿…!」
「ゆ、幸村っ!?」
恐ろしい速さで政宗との待ち合わせ場所まで辿り着いた幸村は、当然の如く死にかけていた。
「だ、大丈夫かよお前!」
そんな幸村を見て目を見開き、そして焦った様に取り敢えず飲め!と持っていたお茶のペットボトルを幸村に渡す政宗。
汗を流しながら荒い息で必死に自分の名前を呼ばれたら、それは焦るだろう。
「…っ…!」
政宗の言葉にこくりと頷き、そして勢い良くお茶を飲み干す幸村。
御約束の様に蒸せた幸村に更に政宗が焦り、かなり必死で其の背を擦(さす)り、漸く二人が精神的に落ち着いた頃には、既に日付が変わっていた。
「ま、政宗殿…!すみませぬ、お茶…」
「い、いや…それ位気にすんな…。
べ、別にあんまり喉とか渇いてなかったし…幸村のが危なかっただろ…」
勢いでお茶を全部飲み干した幸村から、政宗が若干視線をそらしつつ答える。
そんな政宗を見て紅くなりながら、幸村も視線をそらしつつ声をかける。
「そ、そう、ですね…」
「…だ、だろ?」
「え、えっと、政宗殿!」
「お、おぅ!?」
「そ、その…!」
「あ、あぁ…」
「えっと、あの…」
「な、何だ…?」
「あ、の…………、」
「……………」
「……………」
沈黙。
(だから…っ!何をしているのだ俺は!早く話さないと政宗殿が困る!)
「あ、あの…こんな時間に、どうかなさったのですか?」
沈黙に対してのお決まりの台詞を心中で叫ぶのを忘れず、そして幸村は一つ息を吸い込みなるべくゆっくりと喋る様に心掛けながら言葉を発する。
「Ah…そうだな、その…取り敢えず、こんな時間に急に呼び出して悪ィ」
「い、いえっ!」
「その…何だ、何か用があったのかって言われたら、特に無かったんだが…」
「そ、そう…なのですか…」
「…その…悪ィ…」
幸村の言葉に少し困った様に微笑んだ政宗にパニックになった幸村は、問題はないんだと云う事を伝えようとした。
…まぁ其処までは、幸村にしては頑張った方であろう。
「い、いえっ!そ、某は…、政宗殿とお会い出来て嬉しかった故…!」
「そ、そう…………Ahhhhhッ!?」
「……む?…ぬぉぁぁぁぁぁぁっ!?」
…予想通りと言うべきなのか、はたまた予想外と言えば良いのか。
人間慣れない事はするべきでは無いと云う事だろうか。
「い、いえ、今のはそういう意味ではなくッ!」
必死になって先程のうっかり出てしまった本音の言い訳をする幸村だが、それを聞いているのかいないのか政宗は相槌も打たないまま下を向いている。
(不快な思いをさせてしまっただろうか…!?)
「す、すみませぬ政宗殿…某…」
「…Me too.」
「へ?」
「…俺、も。幸村と会えて、嬉しい」
小さな小さな声に俯き加減だった顔を上げて見れば、幸村の視線には頬を紅く染めた政宗が映る。
「幸村が…わざわざこんな時間に来てくれた事も、幸村に会えた事も、今こうして話せてる事も…俺は、すげぇ…嬉しい、から」
そう言って、恥ずかしいのか一瞬上げた顔をまた俯かせてしまう政宗。
ぼそぼそと呟かれた言葉はとても聞きにくい物であったのだが、幸村にははっきりと其の言葉が聞こえて居た。
「───ッ!!」
瞬間、幸村の紅かった顔に更に朱が増した。
聞き間違いでも妄想でも夢でも何でも無く此れは確かに現実だと確認した事で、政宗がそう言ってくれたのだと再認識し、更に幸村の顔が紅くなる。
「っ、ま、政宗、殿」
「Ahっ!?な、何だ幸村ッ」
「そ、その…、そ、某も、今、こうして政宗殿と居れる事が、とても…とても、嬉しい…です」
「…ッ!!そ、そう、か」
紅くなった顔を必死に上げ、視線を合わせながら幸村は政宗に返す。
すれば元々紅かった政宗の顔も更に朱を増し、そして矢張り恥ずかしいのか政宗は幸村の顔から視線を外した。
「………」
「………」
(…ずっと黙ったままでは…っ恥ずかしくて、持ちそうに無い…)
恥ずかしさからくる沈黙が余計に気恥ずかしく感じた幸村は、とにかく何か会話を、と口を開く。
「政宗殿っ!」
「幸村っ!」
「「へ?」」
が、然し。
全く同じタイミングで口を開いた政宗と見事に声が被ってしまって、二人揃って間抜けな声を出してしまう。
「あ、いえ政宗殿からどうぞッ!」
「No!幸村から言えっ!」
「いや、政宗殿の方が少し早かったですからっ!」
「It is different!幸村の方が早かっただろッ!」
其処から二人の言い争いに発展し、こんな深夜に近所迷惑だと気付いた二人がならじゃんけんで決めようとじゃんけんをしてやっと其の言い争いに決着がついた頃には、もう既に時計の針は午前一時を刻もうとしていた。
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